〜盛夏の一コマ(叡那さま編)〜
―学園も夏休みという時期になり、私…九条叡那もほぼずっと社にいることが多くなった。
社の務め、特に『紅玉の巫女』としての使命はおろそかにしてはならないから、それも当然のこと。
けれど、そんな私の周囲の状況は、少し前までとはずいぶん変わってきているかしら。
「叡那さま、お昼ごはんの準備ができましたので、おいでくださいまし」
そう呼びにきたねころに促され社から家へ戻り、食事を取る部屋へ向かったけれど、そこにはすでに皆が待っていた。
ねころとヘキサさんはもちろん、ティセ、それにカティアさんなども夏休みということで姿があり、ティアさんやセニアさんなどの姿もある。
「では、いただきましょう」
少し前に行ったエリスの誕生日の日の様な賑々しさ…食事は静かにするものだとは思うけれど、こういうのも悪くないかしら。
「叡那、今日の午後からは…その、覚えてるわよね?」
もちろんそのエリスも私の隣にいるのだけれど、その様なことを訊ねてきた。
「ええ、もちろん。食事の後に準備をして、行きましょう」
「…うんっ」
とても嬉しそうな返事…そんなに楽しみにしていたのかしら。
「あっ、そういえば叡那おねえちゃんたちは二人でお出かけだったよねっ。じゃあ、ティセたちはみんなでプールに行こうよっ」「ぴこぴこ…うん」
「あっ、プールもいいわね…ねぇ叡那、私たちも今度行かない?」
ティセたちの言葉に反応したエリスがそう訊ねてくるけれど、正直に言うと私はプールや海といった場所は好きではない。
「水着なら私が…今度一緒に選びに行こ?」
特に、その水着を着て人前に出る、というのがね…。
「…そうね、構わないわ」
けれど、エリスが望んでいるのだから、私は小さくうなずいたのだった。
昼食が終わって、午後はエリスと出かける予定があるので、そのための準備。
といっても私は装束から外出用の服装へとさっと着替えただけ。
「エリス、もう準備は終わったかしら?」
別室で着替えている彼女のところへ行ってみる。
「あっ、叡那、もうちょっと…って、あ…」
部屋へ入ると、返事をしながらこちらへ顔を向けた彼女がなぜか固まってしまった。
「…どうしたのかしら?」
「あ…う、ううん、叡那の着物姿もやっぱり素敵で、見とれちゃって…」
「…全く、その様なことはないでしょうに」
確かに私は装束姿でいることのほうが多いけれども、それでもたまにこの服装も見ているはず。
「そんなこと…って、でも叡那、ライブにその服装で行くの?」
「ええ、何か問題かしら」
「う〜ん、いや、叡那なら暑さは気にならないんだろうけど…」
やはり洋服のほうがよい、ということなのかしら…けれど、私は学校の制服以外の洋服は持ち合わせていないし、こちらのほうが落ち着く。
「…まぁいっか。『GA』のキョージュさんも普段着和服だし…って、あっちは叡那ほどは高級そうな服ではないんだけど…」
…GAの教授?
どういった人なのか解らないけれども…その様なことを言うエリスが着替えていた服も少し気にかかった。
「エリスのその服は? 普段、そういった服を着ているのを見たことはなかった気がするんだけど…」
「あぁ、これはね、ゴシック・ロリータって種類の服なのよ。今日のライブの主役の一人、かな様がこういう服を好んでてね、ライブに行く子もゴスロリを着てくことが多いんだって」
かな様、とは私には多少ついていけていないところがあるのだけれど、これから私たちが見に行くことになっている舞台に出るかたのこと。
今日は私がエリスの誕生日に魔導書と一緒にチケットを贈った、灯月夏椰さんと石川麻美さんという二人のかたの舞台当日…といっても歌のものだけれど、ともかくそれを見に行く。
「だから、エリスもその服を?」
「そう、かな様が買ってるお店と同じお店で買ったの。叡那も一緒に行ければ、和風ゴシックの服とかあったんだけど…そういえばあの店員さん、キョージュさんに似た雰囲気よね。無口だし、和服が似合うし…って、叡那とも似てるのかな? とにかく、この服…どう?」
「ええ、とてもよく似合っている…かわいらしいわね」
「も、もう、そんな…」
恥ずかしそうにされてしまったけれど、そうした仕草もかわいらしい。
「あっ、でもまだ完全じゃないの。髪のほうもちょっといじりたくって…」
「そう、ならば私がしましょう」
エリスの後ろに立って、ツインテールを一度とき、今の彼女の服と一体のもので結いなおしていく。
「こうして見ると、エリスの髪も長いわね…それに、きれいね」
「そ、そんなこと…叡那に言われても全然そんなふうに思えないんだけど」
「…そう?」
「うん、だって叡那の髪のほうがずっと長くてきれいだし…」
そう、かしら…けれど、何だかこうしたひとときに幸せを感じる。
ともあれそうした会話を交わしているうちにエリスの髪も結い終わり、準備はこれでよい。
「さて、そろそろ行きましょうか」
「うん…でも叡那、本当に大丈夫?」
「何がかしら?」
「これから行くアサミーナとかな様のライブって、叡那には全く解んないでしょ? それがちょっと…ね?」
なるほど、そのことを気にしていたのか…確かに、私はこれから見に行くものの知識を全くと言ってよいほど持ち合わせていない。
「その様なこと、気にしなくともよいわ」
けれど、私はそう言って微笑みかける。
「エリスが、私と一緒に行きたい、と望んでくれたのでしょう?」
「そ、そうだけど、だから余計気になっちゃって…」
「私も、エリスと一緒に出かけられるのは嬉しいことなのだから」
「あ…う、うん」
やさしく頭をなでると、ようやく彼女も笑顔を取り戻してくれた。
「それに、エリスが興味を持っていることだもの、私もどの様なものなのか知っておきたい。だから、一緒に行きましょう」
「…うんっ」
-fin-
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