〜盛夏の一コマ(彩菜さん編)〜
―この夏、私…草鹿彩菜は、一つの決断をした。
それは、これまで色々な理由から避けてきたこと…そして、おそらくこれからもよほどのことがない限りしたりはしないと思うことを、その日に限りすることしたというもの。
その決断をしたのは主に二つの理由があったからなのだけれど…そのうちの一つの理由のため、まだ暑い中、一人家を出る。
服装がいつものものとは全く違ったりするからちょっと緊張したけれど、道行く人に不審な目では見られてはいないみたい。
まずは一安心、だけれど…。
「夏の日差しは、やはりまぶしいわね…」
今日はサングラスもかけていないから、いつも以上にそう見える。
あれは一種の変装としてかけていたのだけれど、こうしていると意外と役立っていた様に見える…とはいえ、今の服装にはあまりに似つかわしくないからかけられないけれども。
「…あの、少しよろしいですか?」
そんなことを暑い中考えながら市街地を抜けようとしたのだけれど、ふと駅のあたりで声をかけられた。
「ええ、何かしら…って」「…あ」
足を止め振り向いた私、それに声をかけてきた主は顔を見てお互いに固まってしまった。
「…何を、しているんですか?」
冷ややかな声を浴びせてくるのは、服装や顔立ちなどクールなのに手にしたアイスキャンデーがものすごく浮いている女の人…私のマネージャをしている榊原氷姫さんだ。
まさか、こんなところで会ってしまうなんて…でも、私を探していたというわけではなさそう。
「えっと、そういう氷姫さんはこんなところで何をしているの?」
「質問を質問で返さないでもらいたいですけれど…私は、スカウト活動です」
そういえば、そんなこともしているとか…この暑い中、大変ね。
「全く、暑い中制服姿の女の子がいましたから声をかけてみましたら、まさか…そういう趣味だったんですか?」
「そういう趣味って、どういう趣味かしら…でも、えっと、やっぱり今の服装、おかしいかしら」
今の私が身につけている服装は、この氷姫さんの出身校である私立天姫学園高等部の制服。
もちろん私はそこの生徒ではなくって、高校も普通に卒業をしている年齢…だから、そんな私がこの制服を着るなんて見た目からして無理があるのかも、なんて思ってしまう。
「いえ、よく似合っています。学園の生徒に実際にいたら、人気が出そうですね…私も知らずに声をかけてしまいましたし」
けれど、氷姫さんから返ってきたのはそんな言葉で、ちょっと言いすぎなのではないかと恥ずかしくもなってしまう。
「で、そんな服装でどちらへ、何をしに?」
今日は完全なプライベートの日だから答える必要はない…のだけれど、氷姫さんが私のことを心配してくれているのは解っている。
「ええ、少し学園のほうに…この格好は、学園に行くにはこちらのほうが目立たないかな、と思って」
そう、この制服はそうした理由のために、学園にいる…かつて私の生命を狙ってきた、けれど今は逆の立場になった人からもらったもの。
夏服に冬服と両方貰ったけれど、今はもちろん夏服…サイズなどは問題ない。
「そうですか」
と、学園へ行く理由は聞かないのね…察してくれている、ということなのかしら。
「とにかく、別に何をしていても結構ですけれど、イベントが近いのですから体調を崩すことなどない様にしてくださいね」
「ええ、解っているわ…氷姫さんこそ暑さに弱いのだから、スカウトなんてそこそこで切り上げなさいよね」
氷姫さんと別れ、一人学園までやってきた。
校門は開け放たれているけれど、言うまでもなく今は夏休みであり、人の姿はほとんど見られない。
そんな中何をしにきたのかといえば、さっきの氷姫さんが口にしていたイベントに関連して、あの子に会いにきたの。
イベントというのは、この町の夏祭りで行われるミニライブのこと…私はそれに、同じ事務所に所属するアイドル声優ユニットの二人とともに出ることになっている。
これまで、そうしたものには一切でないことにしていた私…だけれど、今回は唯一の例外ということで出ることにしたの。
その理由は、もしかすると私の大切な二人の少女に見てもらえるかもしれないから…。
そのうちの一人、私の実の妹である瑞葉には直に会いにいくわけにはいかないから見てくれるのを願うだけなのだけれど、もう一人のあの子には…今から伝えにいこう、というわけ。
「どこにいるかしら…」
夏休みも学園にいる、ということだったけれど…。
この服装で会いにいくのははじめてだから、どういう反応をされるかしら…少し、緊張するわね。
いえ、そもそも私がこういう仕事をしているということ、あの子にきちんと伝えていたかしら…もし言っていなかったら、ステージを実際に見てもらうまで伏せておく、というのもいいかしら。
ステージのあとは、あの子と花火など一緒に見られたらいいわね…。
そのためにも、今日はあの子…天川梨音さんに会わなくてはいけないわね。
「温室か、それともスタジオのほうかしら…」
その日のことがどうなるかは解らないけれど、今日会うことができたらそれだけでも幸せなことよね。
-fin-
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