〜すみれさんの普通の一日〜

「う〜ん、今日もいいお天気」
 ―朝、目を覚ました私はカーテンを開けて、外を眺めながら大きく伸びをする。
「今日も一日、しっかり頑張らなきゃ」
 うんうん、さっそく出かける準備を…と、その前に。
「やっぱり、これがなきゃはじまらないよね…サクサクサク」
 朝ごはんはもちろん取ったけど、そのあとでチョコバーを食べちゃう…うん、これで今日もしっかりやっていける、かな?

 ―私は山城すみれといって、天姫学園って大きめの学校のある町にある事務所に所属する声優。
 このお仕事を選んだのは声にはちょっと自信があったし、アニメとかも好きだったし、それに楽しそうだったから。
 実際には楽しいことばかりじゃなくってかなり厳しい世界だけど、でもやっぱり自分の頑張った結果がかたちになっているのを見ると嬉しい…と、恥ずかしいところもあるけど。
 そんな私は事務所に行って…今日はお仕事の予定はないけど、空いていればスタジオとか借りようかな、って。
 それに、事務所にいる人たちにもできれば毎日会いたいし…元気な姿が見られたらそれだけで嬉しいものだし、何か困ったりしてたら力になったりできるかもしれないもん。
「あっ、夏梛ちゃんだ…おはよ」
「山城さんでしたか…はい、おはようございます」
 事務所の廊下で会った、ゴスいおよーふくを着た子に声をかける。
 その子は灯月夏梛ちゃんといって、声優であると同時にアイドルもしてるっていう、アイドル声優っていうのかな…そんな子だからとってもかわいい。
 多分、今のこの事務所の中なら一番売れっ子かも…と、それはもちろんいいことなんだけど…。
「ぶぅ、夏梛ちゃん? 私のことはああ呼んでほしいなぁ」
「あっ、そうでしたね…センパイ?」
「うん、よろしいっ」
 何だかいいよね、このセンパイって響きが。
 もちろん私もセンパイって呼ぶべき人のことはそう呼んでる…梓センパイは一番尊敬するセンパイだけど、今日はいないみたいで、いないといえば…。
「今日は麻美ちゃんは一緒じゃないの?」
「あっ、はい、麻美は別の別の収録があって…」
 私が言ったのは、夏梛ちゃんの同期で彼女と一緒にアイドルユニットも組む石川麻美ちゃんのこと。
「そっか、さみしかったりしない? これでも食べて元気出して?」
「い、いえいえ、別にさみしがってなんてないですよ? ま、またすぐに会えますし…」
 差し出したチョコバーは遠慮されちゃって、これは私が食べるしかないか…サクサクサク。
 でも、あんなことを言いながら夏梛ちゃんは少し顔を赤くしてる…微笑ましいよね。
「んっふふ、いいよね、好きな子と一緒に活動できるなんて」
「あ、あぅあぅ、別に別にそんなこと…あります、けど」
 私の言葉にさらに赤くなっちゃったけど、夏梛ちゃんと麻美ちゃんの二人はユニットを組んでる以上に恋人同士、ってわけ。
「活動も順調みたいだね。麻美ちゃんはあんまりアイドル向きじゃない子な気がするし、夏梛ちゃんがしっかり支えてあげてね」
 って、これは麻美ちゃんがかわいくないとか、そういう意味じゃないよ?
「はい、ありがとうございます」
 その意味が解ってもらえたみたいで、彼女もうなずいてくれたし。
 つまり、麻美ちゃんは清楚で世間知らずなお嬢さまで世間の荒波とかに無縁な感じの、っていうところなんだよね…夏梛ちゃんっていう支えがいれば、心配ないって思うけど。
「でもでも、私たちのことをうらやましく思ったりしちゃうんでしたら、センパイも誰かと一緒に活動したらいいんじゃないですか?」
「…え、私が? う〜ん、それは無理かな…サクサク」
 私は夏梛ちゃんや麻美ちゃんみたなアイドルっていうかわいらしさはないし、それに声優一本で活動していきたいもん。
 あんまり固定したイメージを持たれたくないから、雑誌とかへの露出も極力控えてるくらいだし…といってもアイドル声優を否定してるわけじゃなくって、これは路線の違いかな。
 うん、私は私に合った道を行く、ってね。

 まぁ、アイドル路線なんて私には論外なんだけど、一緒にお仕事できたらいいな、っていうか…ちょっと気になる子がいる、っていうのはあったりする。
 それはセンパイのことじゃなくって、私よりちょっと後輩になる子のこと。
 毎日の様に事務所へ顔を出すのも、その子のことが気になる、っていうのも大きいかも。
 で、夏梛ちゃんと別れた後に確認したんだけど、その子はまだきてなかった。
「う〜ん、大丈夫かな…?」
 その子の今日の予定は午後からだからまだ心配する様な時間じゃないんだけど、それでも気になっちゃうのは、その子がちょっと面倒くさがりやさんだったりするところがあるから。
 そういう意味も含めて気になる、っていうわけで…お散歩がてら、ちょっと様子をうかがうことにする。
 とはいっても、その子は学生でもあって、しかも天姫学園の学生寮で生活してるから、こうして外を歩いてても会う機会なんてまずないわけなんだけど…って、あれっ?
「…ん? あそこにいるのって…」
 事務所からそう離れていない公園で、ベンチに座ってる人影が目に留まった。
 その人影は大きく伸びをした後で携帯ゲーム機を取り出したりしてるんだけど…こんなところで会えるなんて。
「わぁ…里緒菜ちゃんだ、こんにちはっ」
 その人影の座るベンチへ駆け寄るけど、座ってる子はちょっと目をそらしちゃった。
「こんなところで会うなんて、奇遇だね」
「あ…はい、奇遇ですねー?」
 ベンチに座ってたのは片桐里緒菜ちゃんっていって、事務所の後輩にあたる声優の女の子。
 気になる子、というのは彼女のことなんだけど、その彼女はといえばそのままゲームをはじめようとしちゃってる?
「うんうん…って、あれっ? 何だか反応薄いよ〜?」
 そう声をかけながら隣に座ってみる。
「そんなこと…ないですよ? 別に事務所の先輩に会ったからめんどくさいとか思っていませんよ?」
 彼女はそうい言いながらもゲームをしようとしていた手を止めてくれた。
「そっか、よかった…嫌われてたりしたらどうしよう、なんてちょっと思っちゃったよ」
「う…まぁ、いいですけどね」
 そこで言葉を詰まらせたりされると不安になっちゃうんだけど…大丈夫、だよね?
「で、どうしたんですか、こんな場所で」
「うん、私はお散歩中だったんだけど、里緒菜ちゃんこそこんなところでどうしたの? 外にいるなんて珍しい気がするんだけど…でも、私は嬉しいけどね」
「私は学校の終わりに買い物をしてきただけですけど…嬉しい? どうしてですか?」
「だって、里緒菜ちゃんってあんまり外出とかしないイメージがあるもん…そんなの健康とか、色々よくないよ?」
 そう、彼女は引きこもってごろごろしたりするのが好きみたいで、そこが心配になっちゃう。
「外出する必要がないからですよ…。ちゃんと、ごはんも食べ…たっけ?」
「…って、もうっ、そんなことも忘れるなんて、大丈夫?」
 やっぱり心配になっちゃって、じぃっと見つめちゃう。
「うっ、近いです顔」
 あ、ぷいってされちゃった。
「あ、ごめんごめん。でも、ごはん食べたかも忘れるなんて、しょうがないなぁ…はいっ」
 何本か常備してるチョコバーの一本を差し出す。
「…何ですか、それは?」
「えっ、チョコバー知らないの? おいしいよ…サクサクサク」
 私も一本手にして食べてみる…ん、おいし。
「いえ、知ってますけど…くれるんですか?」
「サクサクサク…うん、おなかすいてるでしょ?」
「え…い、いただきます」
 戸惑った様子ながらもチョコバーを手にしてくれた。
「うん、いくらでもあるから、遠慮せずにどうぞ」
「どんだけ買い込んでるんですか?」
「チョコバーはいくら持っていても多すぎるってことはないんだよ」
「そ、そうですか?」
「だって、こんなにおいしいんだもん…里緒菜ちゃんも食べてよ、ねっ」
「仕方ないですね…サクサク」
 そうして彼女も食べてくれて…たくさん持ってると、こうやって人に食べてもらうことができるからいいんだよね。

 せっかくこうしていい天気の中で里緒菜ちゃんに会えたんだし、チョコバーを食べながらお話しする。
「里緒菜ちゃん、学校にはちゃんと行ってるみたいでよかった」
 家にいるのが好きだっていうからちょっと心配だったけど、さすがにそこまではなかったみたい。
 ちなみに、彼女が通う天姫学園は麻美ちゃんの出身校でもあるんだけど、夏梛ちゃんは私と同じ学校出身だったりする。
「…この間先生にたたき起こされましたけどね…」
 で、あの子はそんなことを言ってきたりして。
「それは、寝てる里緒菜ちゃんが悪いよ?」
「まぁ、解ってますけどね?」
「それなら、ちゃんと授業受けて、ね」
「うっ…善処します…」
 う〜ん、里緒菜ちゃんって眠そうにしてることが多いけど、睡眠が足りないのかな…。
「うん、でもお仕事はしっかりしてるんだよね…えらいえらい」
 今日も様子を見ようとは確かに考えたけど、彼女がお仕事をさぼったりしたことはなくって…思わずなでなでしちゃう。
「うっ…私、別に好きで働いてるわけじゃないですから」
 あ、ちょっと恥ずかしそうになっちゃった。
「そう? でも、お仕事のときの里緒菜ちゃんは本当にすごいって思うよ?」
「そんなことないです、普通です。だいたい…あの二人に較べれば地味なものですよ」
「普通、かぁ…私はそんなことないと思うんだけど。でも、あの二人、って…夏梛ちゃんと麻美ちゃんのこと?」
 目立ってる、って意味でまず思い浮かんだのがその二人なわけだけど、里緒菜ちゃんは私に近いタイプだと思うし…。
「…何だか羨ましいな、って…」
 と、あの子がそう呟くのが聞こえた…?
「えっ、羨ましいって、夏梛ちゃんと麻美ちゃんが? あれっ、じゃあ里緒菜ちゃんもアイドル活動とかしたかったの?」
「まさかー。そんな面倒なこと、御免こうむります」
 うん、里緒菜ちゃんならそう言うよね。
 でも、それなら何が羨ましかったのかな…もしかして、あの二人みたいに想い合う子同士が一緒に何かをする、ってことがかな?
 だとすると、里緒菜ちゃんにもそういう子がいるのかな…って、あれっ、夏梛ちゃんとお話ししたとき、私は里緒菜ちゃんと一緒なら嬉しい、って思ったよね…。
「…センパイ、どうかしたんですか?」
「あっ、ううん、何でもないよっ」
 うん、色々難しく考えるのはやめておこう…センパイ、って呼んでもらえてとっても嬉しいし。


    -fin-

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