特別棟に入った私がやってきたのは、上映室や音楽室の隣にある小さな部屋。
 防音壁に囲まれていて、色んな機材などのあるそこは、小さいながらも立派なスタジオです。
 ほとんど使われていない場所ですけど、そんなのはもったいないですし、私が有効に利用してあげてます。
「さてと、それじゃ今日の声優部の活動は、と…」
 そんなことをつぶやきますけど、声優部っていっても声優さんを愛でたりするのじゃなくって、自分で声を出していくほうです。
 私は声優さんを目指してて、それで日々ここで色々練習したりしてるわけです…っていってもこっそりですし、声優部のほうも実際に部活として登録されているわけじゃなくって私が勝手に一人でしてるだけなんですけど。
 とにかく、まずは発声練習を軽くして…と、そうですね。
「…来夢、どうせいるんですよね? 出てきてもらえませんか?」
 扉を開けて誰もいない廊下へ向けて声をかけてみると、この学園の生徒じゃない小柄…っていっても私も大きくないですけど、とにかく一人の少女がどこからとも泣く現れました。
「お嬢さま、お呼びですか?」
 ちょっとボーイッシュな雰囲気もある彼女は白楼来夢といって、私は頼んでいないのに実家からの命令で私の周囲の警護をしているいわゆるSP。
 ずっと付きまとわれてるみたいで普段はあんまり気分がよくないんですけど、今からしたいことは一人だと味気ないですから利用しちゃいましょう。
「ちょっと、私のお手伝いをしてください…中へきてもらえますか?」
 戸惑う来夢をスタジオへ入れて、マイクの置かれた机の前に座らせる…私はその向かい側の、やっぱりマイクの前に座ります。
「あ、あの、お嬢さま、何をするんですか?」
「はい、今日はラジオトークの練習をしようと思いまして…さすがにこれは一人じゃさみしいですから、一緒にしてもらえますか?」
 奈々穂先輩の歌を聴きましたから歌の練習でもよかったんですけど、たまにはこういう変わったことをしてみるのもいいかな、って思ったんです。
「そ、そんな、私がそんなこと…え、えっと、第一、前から思っていたのですが、将来お嬢さまが働きに出る必要なんてないと思いますよ?」
 なのに、来夢は自分がしたくないからって、全然解ってないことを言ってきました。
「それに、声優になるにしても、お嬢さまの自由に声色を変えられる能力があれば、練習なんて…」
「…もう、来夢は全然解ってません。私は自分の声で声優さんになるのが夢ですし、それにもしその能力を使ったとしても、それだけじゃ立派な声優さんにはなれないんですよ?」
 まず演技力がいりますし、体力とかも…日々の努力なしではなれないんですから。
 まぁ、奈々穂先輩みたいに演劇部に入れば結構力がつくとは思うんですけど、ね…って、奈々穂先輩が声優さんを目指してる、って話は聞きませんけど。
「解ったら、さっさと手伝ってください、いいですね?」
「え、えっと…お、お許しください、こういうことばかりはとても…!」
 あっ、一目散に走って扉を開けて逃げていっちゃいました…もう、困ったものです。
 声優を目指すもの、トークも練習しておきたいのに…って、あれっ?
 来夢が走り去った扉の外に、誰かが立ってるのが目に入りました…見たことない人です。
「えっと、あなたは…誰ですか?」
「私は中等部の冴草エリスだけど、そういうそっちは? それに、この部屋はあによ?」
 冴草エリスさんっていえば聞き覚えがあります…学園でもかなり有名な人ですよね。
「はい、私は高等部一年の松永いちごで、ここは滅多に人のこないスタジオです…って、私はよく使ってますけど」
「ふぅん、こんな部屋があったの…無駄にお金をかけてるわね」
 偶然きちゃったって感じみたいですけど、なかなかいい声をしてますね…これは、お願いしてみてもいいかもです。
「それにしても、エリスさん…いいところにきてくださいました」
「へ? いいところにって…何だか嫌な予感がするんだけど」
「そんな、大したことじゃないですよ。実は私はここで一人こっそり声優部の活動をしてたんですけど、ラジオトークの練習をしようと思ってまして…でも、さっき人に逃げられちゃいまして」
「まさか、それを私にさせようっていうんじゃ…」
「はいです、そうしてくれたら嬉しいな、って思いまして」
 あんまりこの活動のことは人に言わないことにしてるんですけど…ま、部員を一人増やしておいたほうがこういう場合など色々いいかもしれませんから。
「ま、まぁ、別にやってあげてもいいけど…」
 あっ、思ったよりずっとすんなり了承してもらえました。
「よかったですぅ…それじゃさっそく、どうぞですぅ」
「えっ、あっ、ちょっと…!」
 気が変わらないうちにマイクの前に連れて行きました。
「それじゃ、さっそくいってみましょう…シャッス!ですぅ」
 あいさつはこれ、って何となく思うんですよね。
「シャッス〜!」
 って、エリスさんはずいぶん乗ってます…こういうの、好きなのかも?
「はい、それでははじまりました第1回めです、まずは自己紹介から…ヘッドは私、松永いちごです。趣味はお昼寝です…では副ヘッドさんの自己紹介をどうぞ」
「副ヘッドの冴草エリスです…趣味は人をいじめることです」
「…って、ふ、副ヘッドさん、それはちょっとひどくありませんか? も、もしかして、私もいじめられちゃうんでしょうか?」
「ヘッドをいじるのは私の生きがいですし、ヘッドはいじられキャラですから」
 い、いや、まだ会ったばかりなんですけど…。
「は、はぅ、お手柔らかにお願いしますぅ」
「どうしようかな〜? ヘッドのこれからの行い次第、ですね」
 ちょっと怖い展開になってきちゃいましたけど、でもはじめて会ってすぐなのに、ずいぶんお互い楽しくできてる気がします。
 これは、このまま二人でラジオ番組を作っちゃってもよさそうですし、そうですね…。
「それじゃ副ヘッドさん、この番組のタイトルをどうぞです」
 これで私の希望通りのタイトルを言ってくれたら次回以降も二人で集会をしたいと思いますけど、どうでしょう…?
「しょうがないわね、それじゃ…『松永いちごのスマイル・ギャ○グ』! 何だか伏せ字だけど気にしない様にっ」
「わぁ、ありがとうございます…それじゃ、これからもよろしくお願いします」


    -fin-

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