〜アサミーナと先輩さん?〜

 ―今日は私、石川麻美には特にお仕事はなくって、でも大好きな夏梛ちゃんにはありますから、離れ離れです。
 さみしいですけど、あの子が頑張っているのにさみしがるばかりで何もしないわけにはいきません…自主的に練習しようと考え、ある場所へ向かいました。
 やってきたのは、私の母校である私立天姫学園…ここにはなかなか設備の整ったスタジオがあって、在校時にはよく利用していました。
 それに、そこはあまり利用している人もいないみたいでしたので、卒業をした今でもときどき使わせてもらっています。
「声の練習も頑張らなきゃいけませんけれど、夏梛ちゃんの足を引っ張らないためにもあちらも頑張らないと、ですよね…」
 今日することを考えながらスタジオの扉を開けます…と?
「…!? 誰かきた…」
「…きゃっ? ど、どなたかいらっしゃいました…?」
 そこにはすでに先客がいらっしゃり、お互いに驚いて固まってしまいました。
「…ご、ごきげんよう」
 すでにスタジオにいらしたのはお一人の、長めの黒髪をされて学園の制服をちょっとルーズに着た女のかたで、ぷいっとされてしまわれました。
「あっ、え、えっと、こんにちは…。その、ご利用されている生徒さんがいらしたのですね…えっと、お邪魔いたしました…!」
 ここを使っている人には今までもお会いしたことがありますから今日もどなたかいらっしゃる可能性は確かにあったわけですけれども、でも全く知らないかたがいるとは思っていませんでしたのであたふたしてしまいます。
「ちょっと、落ち着きなさいよね」
「あっ、は、はぅ、はい、ごめんなさい…!」
 少し強い口調で言われてしまい、思わず頭を下げます。
「ちょっと、謝る意味が解らないんだけど…」
「あっ、ご、ごめんなさい、つい…」
 どうしようか困ってしまいますけれど、そんな私のことをその人はじぃ〜っと見てきます?
「は、はぅ、ど、どうなさいましたか…?」
「面白いから放っておこうと思って」
「お、面白いなんて、何がです…?」
「その狼狽えるさまが」
 戸惑ってばかりの私の様子を見て、その人はそんなことを…。
「そ、そんな…しゅん…」
「…言っとくけど、フォローしないよ? 面倒だし」
「あっ、は、はい、ごめんなさい…」
 そ、そうですよね、私のほうが年上のはずですし…しっかりしなくちゃ。
「あ、あの、それで…あなたは、ここを利用していらっしゃるんですよね?」
「べ、別にこんな部屋使ってないわよ」
「えっ、そ、そうなの、です…?」
 改めてたずねてみたことへのお返事がまた意外で戸惑ってしまいました。
「うっ…場所のせいか危うく仕事モードになりかけた…」
「お仕事モード、ですか…? えっと…あれっ?」
 さらによく解らないことを呟かれて戸惑うばかり…だったのですけれども、この人のこと、どこかで見たことのある様な気がします?
 お仕事、という言葉でふと浮かんできましたし、もしかして私と同じ…。
「…何よ、私の顔に何かついてる?」
 まじまじと観察するかの様に見てしまいましたので不審がられてしまいましたけれど、やっぱり…そう、ですよね。
「あ、あの、もしかして、片桐…里緒菜さん、ですか…?」
 私がおどおどと口にしたのは、私と同じ事務所に所属する声優さんの名前。
「…気のせいじゃない?」
「そ、そんなこと、ないと思うんですけど…その、私、石川麻美です。片桐さんと同じ事務所の新人なんですけど…わ、解りません、か…?」
 もしかして隠しているのかな、とこちらから名乗ってみます。
 といっても片桐さんのほうがはやくデビューしていますし、それに目立たない私のことはご存じないかもしれませんけれど…。
「…知ってる」
 と、一言返ってきましたけれど、ということは彼女はやっぱり…。
「っていうか、何で学園にいるわけ?」
「あっ、その、私、この学園の卒業生で、在校時にここでよく練習をしていまして…それで、今でもどなたも使っていないときには練習に使わせてもらっていて…」
「ふ〜ん、そうなんだ…で、私が邪魔で仕方がないと」
「そ、そんなことないですっ、その逆に私が邪魔になっちゃうんじゃないか、って…!」
 私はあくまで今の生徒ではありませんし、本当に誰もいないときに使えればいいなって、それだけですから…。
「その、片桐さんも練習をしにいらしたのです、よね…?」
「違う違う、本当に練習とかそんなんじゃないんだって」
「そ、そうなのですか…? えっと、では、どうされたんです…?」
「…ここ、使われてないなら片付けようかと」
「えっ、そんな、ここは結構使っている人がいるんですよ? 私もそうですし、最近は夏梛ちゃんも…それにそれに、声優さんを目指している子がここで練習していますし…」
 あまりに唐突な言葉でしたけれど、少なくとも松永さんと月嶋さんが利用しているのは知っていますし、そんなこと…。
「ふ〜ん、そうなんだ…って、ちょっと待ちなさい? 神聖なスタジオでいちゃいちゃなんてしてるんじゃないでしょうね?」
 一方の片桐さん、はっとした表情でそうおっしゃいます…!
「え、えっと、そ、それは…あっ、せ、声優さんを目指している子は、そんなことしていないと思います…!」
「…なるほど。じゃあ、あんたたちはしてるんだ?」
「えっ、わ、私たちも…ちゃ、ちゃんと練習していますよ、うんっ」
 彼女の言葉に私はただ慌てふためくばかり…。
「…あ〜あ、まぁいいや。これ以上言及すると面倒くさいことになりそうだし」
「えっ、そ、そんなこと…はぅ」
 さらには呆れられてしまいましたけれど、仕方ないかもしれません。
 だって、私と夏梛ちゃん…二人きりでここにいるときは、彼女の言った様なことを実際に…。
「…いいわね、あんたたち楽しそうで」
「…えっ? 片桐、さん?」
「なっ、何でもないわよっ」
 少し気になるつぶやきでしたけれども、それ以上はたずねることはできませんでした。

 私と同じ事務所に所属する声優、片桐里緒菜さん。
 デビューはほんの少しですけれど彼女のほうがはやくって、ですから先輩さんになるのですけれども、こうして天姫学園のスタジオで偶然お会いして、気づいたことがありました。
「あの、片桐さんがここにいらっしゃるということは…片桐さんが通っている学校って、天姫学園だったのですか…?」
 彼女が学生さんでもある、ということは知ってましたものの、どこに通っているのか、ということまでは知りませんでしたけれど…。
「…じゃなかったらこんな似合わない面倒くさい制服着てないよ」
 似合わないなんてことはないと思うものの、彼女の着ているのはかつて私も着ていた、ちょっと独特なデザインの制服なのです。
「そう、なんですか…片桐さんが私の後輩さんに当たるなんて、少し驚きました」
「…私は、知っていましたけどね?」
「わっ、そ、そうでしたか…」
 う〜ん、私がもう少しまわりの人たちに意識を向けていたら、在校時に彼女ともお知り合いになれていたでしょうか…と、今更考えても仕方がないですよね。
「でも、この学園の子で声優さんを目指している子がいるのは知っているんですけど、実際にデビューされている子までいるなんて、やっぱり驚いちゃいます」
 私も一応声優になれましたけれど、でも学園を卒業してからでしたし…。
「別に、大したことじゃないんじゃない? あんたたちのほうが有名だと思うし…いいわね、キラキラしてて…」
「そんな、大したことあります…って、そ、そんな、私は声優としてもまだまだですし、あちらの活動のほうも、夏梛ちゃんがいるから何とかなっているだけで…!」
「…ごちそうさま。もう、おなかいっぱいだわ」
 また慌ててしまう私に、片桐さんは少し呆れた様子でそう言います…?
「えっ、お、おなかいっぱい…? な、何も食べていませんのに…どう、されたのですか…?」
「いや、別に…二人で仲良く頑張りな?」
「えっ、あ、あの、二人でって、私と夏梛ちゃんのこと…?」
 おろおろしてしまいますけれど、私とあの子の仲のよさが…羨ましいとか、です…?
「あっ、でもでも、片桐さんも先輩の声優さんと仲がよろしい感じですし…!」
 と、事務所での様子を思い出してそう言いますけれど、うん、確か山城すみれさんと…。
「まさか、冗談…ま、嫌いじゃないけれど」
 この反応、もしかして素直になれない夏梛ちゃんと同じなのかも…ということは、やっぱり悪い関係じゃない、ということですよね。
「…何よ、にこにこしちゃって」
「い、いえ、その…あっ、先ほどここを片付けるなんておっしゃってましたけれど、そんなことをしてどうするのです…?」
 片桐さんの重要な言葉を思い出してたずねてみます。
「…え? だって、この部屋私が勝手に作ったやつだし…そろそろ怒られそうだから」
「…えっ? えっと、このスタジオ…片桐さんが作ったんですか?」
「…そうだけど。元々空き部屋だったのを改装したんだ」
「そ、そうだったんですか…それを気づかず、私や松永さたちが利用して…」
「ま、使ってくれてるんならいいんだけどね…片付けとかも面倒だし」
 私が見つけたときにはすでにきちんとスタジオになっていたこの場所に、そんなことが…何だか今日は驚くことばかりです。
「やっぱり、声優さんを目指すために作ったのでしょうか」
「…よく聞こえなかったわ」
「えっ、ですから、片桐さんが声優さんを目指すために作ったのかな、って…」
「…そろそろ行かなきゃ。じゃ、このあたりで」
 私の言葉をさえぎって、片桐さんは足早にスタジオを後にしてしまいました。
 認めるのが、恥ずかしかったのでしょうか…夢は叶ったのですから、よろしいと思いますのに…。
 でも、今日はこのスタジオのこと、それに片桐さんのことも解って、よかったです。
 片桐さんはこうして学校に通いながらも声優さんの活動をしているんですから、そういったことのない私はもっと頑張らなきゃ、ですよね。


    -fin-

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