〜《スクール》からの来訪者?〜
「…ふむ、ここが私立天姫学園、ですか」
―広々とした学園設備を一通り見て回って、再び正門前へ戻ってきた私…橘深空は、別にその学園の生徒というわけでもないながら、この学園の中等部の制服を着ています。
それは、しばらくこの学園の生徒になりますまして滞在しようということになっているから…といっても悪いことをしようとしているのではなくって、むしろ逆の理由です。
この学園は特殊な能力を持った人だけが通える学校なのだけれど、私が今現在通っているのもそういう学校…私にもそういう能力がありましたから。
ただ、高等部まであるこことは違って私の通う学校は中等部に相当するところまでしかなくって、そのために卒業後はこの学校の高等部へ編入、という子も少なからずいる。
もうすぐ卒業な私もそれを選択肢の一つとして考えているから、その下見という意味もあるけれど、もう一つ…卒業生の監視、という意味もある。
私たちの学校はちょっと癖のある生徒が多く、そうした人がこちらの学園へ入って何か問題など起こしていないかをチェックする、と…そういうことを今の学校からお願いされた。
どうして私が選ばれたのかはよく解らないのだけれど、特に異論もないので、言われたことを淡々とすればいい。
どこにいようと、私は別に…待っている人も何もないのだから、大丈夫だし。
学園を見て回ってから、その周囲も確認しておくことにしました。
このあたりの地形も把握しておきたいし、それに何か怪しいところはないかとか、そういうのも見ておかなくてはいけないから。
「…今のところ、怪しいところはないみたい」
あたりを回った後、学園近くの公園へやってきたところで足を止めて呟きます。
でも、さすがに一日二日見たくらいじゃ怪しい人がいるかいないかなんて判断できないし、ここはもう少し長く…。
「…あら、ごきげんようなの」
「…えっ?」
一人で立って考えていたら、不意に声をかけられてびくっとなってしまいました。
だって、私に声をかけてくる人なんているとは思っていなかったから…目を向けると、一人の女の子の姿がありました。
「は、はい、こんにちは…」
一応挨拶は返しておきますけど…誰?
「お散歩…なの? 私もお散歩なの」
警戒気味な私の様子にも全く気づいていない様子のその人はきっと私よりも年下な、フリルのたくさんついた服を着た幼いお嬢さまっぽい、そしてにこにこした子でした。
「え、えっと、は、はい、そんなところ…」
そんな子に声をかけられる覚えはありませんから、ちょっと戸惑ってしまいます。
「その、どこかでお会いしたことなんて…ない、よね…?」
「はい、はじめまして…なの」
一応の質問にも、にこやかにそう返されてしまいました。
「かわいい猫さんをお連れなので、お声をかけてしまいましたの」
と、続けてそんなことを言う彼女の視線は私の持っているものへ向いていきます。
「猫さん…みーちゃんのこと? えっと、この子は、私のただ一人の友達…家族、だから…」
持っていた猫のぬいぐるみをぎゅっとしちゃいます。
このぬいぐるみ…みーちゃんは、いつも肌身離さず持ち歩いてる。
「大切なお友達ですのね…幸せそうなの」
「は、はい、とっても大切…って、な、何を言っているの…? も、もう、そんなの…関係、ないし…」
全くの初対面の人に色々言いそうになったのが気まずくって、彼女から少し顔をそらす。
「あらあら、照れなくってもいいの…見ていて微笑ましいの」
「…だ、誰も照れてませんっ」
おかしなことを言われたものだから思わずにらみつけてしまいましたけれど、少し赤くもなってしまいます。
「そうですの? でもでも、ほっこりしますの」
「…ほ、ほっこりって何です? そんな言葉、はじめて聞きましたけど…」
「ほっこりはほっこりなの」
しかも、にこにこと答えになっていないお返事をしてきますし…。
「何なんでしょう…何だか調子が狂います…」
「あらあら、何かおっしゃいましなの?」
と、私の呟きが耳に入っちゃったみたいです。
「…い、いえ、何でもないです」
「何だか失礼なことを言われた気がします…の?」
しかも、首を傾げてそんなことを言ってきます。
「…気のせいじゃないですか?」
「あら、気のせいでしたの」
「そう、そうです、ですから気にしないでください」
特に気にした様子もなくにこにこされます。
「何なんでしょう、この子…。おかしいけど、かわいい…って、私は何を…」
ふと浮かんだおかしな考えを、頭を振って振りほどきます。
「あらあら、寒いですの?」
「…えっ? 寒い、って…どうしてですか?」
またずいぶん唐突な言葉に戸惑いますけど、今日は少し暑いくらいな気がします…本当に何なのでしょう。
「首を横にプルプルしていましたの…風邪をひいてはいけませんの!」
「え、えっと、あれは別に震えていたわけではなくって…」
まさかそんなふうに受け取られるとは思っていなくって戸惑います…けど。
「…で、でも、心配してくれて、ありがとうございます…」
一応、お礼だけは言っておきました…と。
「いえいえ、お礼には及びませんの。大丈夫でしたら、よかったの」
またものすごくにこにこされちゃいました…私なんかに不思議な子ですし、やっぱり調子が狂います。
こちらの調子を狂わす女の子ですけど、これ以上関わる理由もないのでこの場を去ろうと…。
「ところで、ここはどこですの?」
と、今度はそんなことをまた唐突に訊ねられてしまいました。
「ここは公園ですけど…?」
「あら、そういえば公園に見えますの」
「もう、それなら何を考えてここにきたんですか…」
さすがにちょっと呆れちゃうというか…ため息が出ちゃいます。
「今日のごはんは何でしょう…とか?」
「そ、そうですか…お気楽な子なんですね…。この近所で暮らすお嬢さまか何かなんでしょうか…」
はぁ、またため息が出ちゃいます。
「引っ越してきたばかりで、地理がよく解りませんの」
と、私の言葉を聞かれたのかそんなことを言われます?
「そうなんですか…でも、私を頼られても困りますよ? 私だって、つい先日ここにきたばかりなんですから…」
「あら、お揃いですのね」
さっきからずっとにこにこしてばかりの彼女…ちょっと引っかかります。
「…って、どうして楽しげなんですか?」
「こういうはじめての場所ってわくわくしますの」
「そういうものでしょうか…まぁ、確かに楽しそうに見えますけど」
「それはよかったの」
もう、その返しも意味不明ですし…。
「とにかく、ですから迷子になっても、私は知りませんから」
「あらあら、それは大変なの」
全然大変そうではないうえ、他人事みたいに見えちゃいます。
「…言っておきますけど、私じゃなくってあなたが迷子になっても、ですからね?」
「あらあら、それは困ってしまいますの」
ですから、そんなににこにこして、全然困っている様には見えないんですけど…。
「…もう、やっぱり調子が狂います…。こんなの、はじめてかもしれません…むぅ」
またため息が出ちゃいました。
「…やっぱり、お身体がすぐれませんの?」
って、もう、どうしてそこで心配そうにしてきちゃうんでしょうか。
「もう、そんなことはないですけど、ちょっと疲れたかも…今日はもう帰ります」
うん、ここはそうしたほうがいいですよね。
「あなたも、迷子にならない様に帰るんですね…」
「はい、お大事に…なの」
ぺこりと頭を下げるその子へ背を向けます。
あんな調子で、迷子にならずに帰れるんでしょうか…なんて、私が心配することじゃないですよね。
そう、もう二度と会うこともないでしょうし…振り返らず、その場を後にしたのでした。
-fin-
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