〜温室の主〜

 ―私立天姫学園には、大きくて立派な温室があります。
 色とりどりのお花たち、それになぜか野菜など様々なもののあるその場所に、いつからか住み着いた子がいました。
「あらあら、今日もお外は暑いですけれど、皆さんは大丈夫でしょうか〜」
 朝の十時くらいでしょうか、ほんわかした雰囲気の先生が温室へやってきて、お花たちに水をあげはじめました。
 この温室は夏でも冬でも適温に保たれていますので、お花たちも暑さに負けるということはないみたいです。
「…にゃあ。にゃあにゃあ」
「あらあら…?」
 温室の奥から聞こえた声にその先生、如月葉月先生はお水をあげる如雨露の手を止めました。
 猫さんみたいな鳴き声でしたけれど、先生の前に現れたのは猫さんではありません。
「…にゃあ。せんせい、オハヨウ」
「まあまあ、真紅ちゃん、おはようございます〜」
 現れたのは赤い髪に赤いワンピースと、真っ赤という印象を受ける、そして背中に小さな黒い羽根を持った、小さな女の子でした。
「うふふっ、真紅ちゃん、今日も元気そうでよかったです〜」
「にゃあ、せんせいも、元気そう」
 その子と先生はよくここで会っていますから、とっても仲良しです。
「にゃあにゃあ、まあかにも」
「あらあら、お水をかけてほしいんですか? うふふっ、それじゃ…いきますよ〜」
 お花にお水をあげている先生を見て、その子も水浴びをしたくなったみたい…そのまま、水をかけてもって気持ちよさそうです。

 その小さくてかわいらしい女の子のお名前は真紅ちゃん。
 元はとある人が育てていた異なる世界のトマトだという話もありますけれど、いつからかこの温室に住んでいます。
 お昼休み、そんな真紅ちゃんのいる温室に、また誰かきたみたいです。
「にゃあにゃあ、コンニチハ」
「あっ、こんにちは、真紅さん」
 穏やかに微笑みかけるのは、高等部の制服を着た、とっても美しい少女でした。
「お昼ごはんを持ってきましたけれど、食べますか?」
「にゃあ、アリガトウ」
 かわいい女の子が温室にいるということで、この時間などはこうやってお弁当などを持ってきてくれる生徒さんなどがいます。
「あの、どうでしょう…お口に、合いますか?」
「にゃあにゃあ、うん、おいしい」
 その少女、フィリアさんの作るものには真紅ちゃんの好きなお肉などが一切使われていないのですけれど、そのあたりは味で十分補われているみたいです。
 満足のうちにお昼ごはんを食べ終えた真紅ちゃん…食後のお昼時は、少し眠たくなってしまいます。
「あっ、では少しご一緒にお昼寝をいたしませんか?」
 そう提案するフィリアさんは、お昼寝部に所属していたりします。
 外はまだまだ暑いですけれど、温室の中は穏やかな日差し…そんな中、お二人は芝生の上に横になって、気持ちよさそうにお昼寝を楽しむのでした。

 温室に住まう女の子、真紅ちゃん。
 その存在は温室へやってくる子たち…お花のお世話をする人などから人づてに広まり、温室の主として一定の人に知られる様になりました。
 そんな彼女ですけれど、いつも温室にいるというわけではありません。
「…真紅ちゃん、いるかな…?」
 学園が放課後を迎える頃、一人の女の子が温室へやってきました。
 真紅ちゃんと同じくらい小さな子で、着物を着たその姿はとってもかわいらしくって、また二尾のふかふかなしっぽやおきつねさんの耳が目を惹きます。
「…にゃあにゃあ」
「あ…」
 猫さんみたいな鳴き声のするほうへその子が歩み寄ってみると、真紅ちゃんはすやすやお昼寝中…ちなみに、フィリアさんは授業がありますから、お昼休みが終わる頃に起きてこの場を後にしていました。
「…にゃあ。あすな…ちゃん?」
 その子がそばで足を止めると、ちょうど真紅ちゃんが目を覚ましたみたいで、寝ぼけまなこで目をこすります。
「あ…起こしちゃった、かな…?」
「にゃあにゃあ、ダイジョウブ、あすなちゃん…」
 ゆっくり起き上がる真紅ちゃん、嬉しそう…その女の子、あすなちゃんも嬉しそうにしっぽと耳を揺らします。
 あすなちゃんはこの学園の生徒ではありませんけど、こうしてよく温室へやってきて真紅ちゃんと会っています。
「にゃあ、あすなちゃん、どうしたの?」
「うん…えっと、あのね…あすなのおうちに、遊びにこない…?」
 あすなちゃんは大人しい、口数の少ない子ですからちょっとたどたどしい感じですけれど、そんなところもまたかわいらしいでしょうか。
「にゃあ、あすなちゃんのおうち?」
 こくんとうなずくあすなちゃん。
「ねころさんが、ごはんを作ってくれるし…あと、みんなで花火をするの…。あすな、真紅ちゃんと、いっしょにしたい…」
 そう思って、こうしてお誘いにきたみたいです。
「にゃあにゃあ、ねころさんのごはん、まあかも大好き。それに、まあかもあすなちゃんといっしょがいいな」
 真紅ちゃんはこれまでにも数回あすなちゃんが暮らしているお社に行ったことがあります。
 ねころさんとはそこにいる人のこと…ちなみにそのねころさんととっても仲のいいヘキサさんというメイドさんが、真紅ちゃんのお母さんになるみたいなんです。
「ありがと…じゃあ、いっしょに…」
「にゃあ。うん、あすなちゃん」
 二人で手をつないで、仲良く温室を後にいたしました。


    -fin-

ページ→1


物語topへ戻る