〜アサミーナのお願い〜

 ―最近は夏梛ちゃんのお仕事が多くって、なかなか会う時間が作れません。
 とってもさみしいけど、忙しいのを邪魔しちゃいけないから、お仕事のあんまりない私は…今日は、あの場所に行くことにしました。
 卒業してからは行くことのなかった、でも夏梛ちゃんが練習に使い出してから私も使うことにした、私の母校である私立天姫学園のスタジオ。
 そこは設備も整ってますし、こういう時間はしっかり練習をして、夏梛ちゃんに近づける様に頑張らないと。
「…あら?」
 と、スタジオの前まできたところで、中にどなたかいらっしゃることに気付きました。
 とっても暑い今の時期、学校はもちろん夏休みで校舎に人の姿はなかったのですけれど、ということはもしかすると夏梛ちゃんがレコーディングを終えて練習に、それとも声優を目指して日々ここで練習していらっしゃる松永いちごさんでしょうか?
 少し扉を開いて中をのぞいてみますと歌声が届いてきますけれど、それは夏梛ちゃんや松永さんのものではありませんでした。
「あの子は…この間も、ここにいた…」
 そう、スタジオに一人いらした歌声の持ち主へ目を向けると、そこにいらしたのは知らないかたではなかったんです。
「…あ、あら、ごきげんよう、お邪魔しております」
 私に気づいたその子が歌うのを止めて頭を下げてきました。
「あっ、ごめんなさい、お邪魔をしてしまったでしょうか、月嶋朔夜さん…?」
「い、いえ、私のほうこそ…!」
「そんな、慌てなくってもいいですよ? 私の学園の、今の生徒というわけではありませんから」
 そこにいらしたのはかわいらしい女の子だったんですけど、一応アイドルユニットは組んでいるものの声優としての仕事はまだまだ少ない私、石川麻美よりずっと有名な子です。
 彼女のお名前は月嶋朔夜さん…この学園の生徒さんですけど、同時にモデルさんのお仕事をしている子です。
「月嶋さんは…歌を、歌っていらしたのですか?」
「はい、課題曲がいくつかありまして…」
「あら、課題曲というと…?」
「はい、次のオーディションに向けて…」
 モデルさんのオーディション…に歌唱力が求められるとは思えませんけれど、そういえばと少し思い出しました。
「もしかして、声優…の?」
 その言葉にうなずく月嶋さん…彼女とは以前にも一度ここでお会いしておりまして、そのときにそういったお話をうかがっていたのです。
 そのオーディションの一字審査を無事に通過され、二次審査が歌になっているみたいでした。  確かに、今の声優は歌のお仕事も少なからずありますものね…。
「でも、先ほどの歌声を聴かせていただきましたけれど、とってもお上手でしたし大丈夫だと思います」
「あ、ありがとうございます」
 にこっと微笑まれましたけれど、そういえば気になることがあります。
「そういえば、月嶋さんでしたらオーディションを受けなくても出られる気がしますけど…」
 特に映画などでしたらなおさら…声優でないかたがたばかりが採用されるのは悔しくもありますけれど、仕方のないこと、なのですよね…。
「んと、マネージャさんにも、実力で勝ち取らなきゃ、って言われてまして…」
「なるほど、そうでしたか…」
「はい、それにそうしないと、アサミーナさまみたいに素敵になれないと思いますし」
「…えっ?」
 あまりに意外な言葉にちょっと固まってしまいました。
「そ、そんなことありませんよ?」
 私は地味な子だと思いますのに、モデルをしている月嶋さんにそんなことを言われるなんて…。
「んぅ、素敵ですよ、麻美さまは」
 ですのにそう言われて微笑まれてしまって、少し恥ずかしくなってしまいます。
「それに、ファンクラブにも…」
 さらに言葉を続けられますけれど…えっ?
「もしかして、夏梛ちゃんのファンクラブに入ってくださったんでしょうか。私が会員ナンバー一番なんですよ」
 私がお願いして作ってもらった、あの子の…。
「はい、お二人の…です」
 と、返ってきたのはそんな言葉だったのだけど…えっ、どういうこと?


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