〜アサミーナとかな様とお祭りと〜

 ―私…石川麻美の所属する事務所のある町では毎年夏祭りが行われます。
 このお祭りの目玉は、何といっても夜に海岸で打ち上げられる花火です…私の出身校である私立天姫学園の協力がありますから、他では見られないものになっているんです。
 夏梛ちゃんはまだそれを一度も見たことがなくって、そうでなくっても一緒に見たかったんですけど、その数週間前に告げられたのは、お祭りの当日にお仕事が入った、ということ。
「どうしたんですか、麻美? そんなにユニットとしてのお仕事、嫌なんですか?」
「う、ううん、そんなことないよ?」
 残念って気持ちが思わず顔に出ちゃったみたい…でも、夏梛ちゃんと一緒にするお仕事だもの、まだ大丈夫。
「そうですか? ならいいんですけど…それで、お仕事は何をするんですか?」
 夏梛ちゃんの質問に、マネージャさんから返ってきた言葉は…。

 それから数週間後、私たちは海岸沿いにやってきていました。
「わぁ、夏梛ちゃん、屋台がいっぱい並んでるよ?」
「もう、そんなにはしゃがないでください」
 今日はあの夏祭りの当日…まだはやい時間ですからお祭りははじまってなくって屋台のほうも開店へ向けて最後の準備中、といったところです。
「それに、今日私たちがここにきたのは、お仕事のためなんですよ? それなのに、麻美は…」
「うん、ごめんね、夏梛ちゃん。じゃあ、リハーサルに遅れないうちにステージに行こう?」
 そんな会話を交わして歩いていく私たちですけれど…そう、今日の私たちのお仕事は、このお祭り会場であるんです。
 砂浜へ行ってみるとそこには大きな特設ステージが設営されていて、その裏へ回りますとスタッフの人などの姿がありましたけれど、そんな中に明らかに他の人とは違った雰囲気を持った人の姿…。
「草鹿さん、こんにちは」「今日はよろしくお願いします」
「あら、貴女たちは…夏梛さんと麻美さんね。ええ、こちらこそ」
 挨拶をする私たちに微笑みかけるその人は、私たちと同じ事務所に所属する草鹿彩菜さん。
 今日は花火が打ち上げられる前に、私たちのユニットと草鹿さんでミニライブをすることになっているんですけれど…。
「…麻美? どうしたんですか?」
 草鹿さんとの挨拶も終えて夏梛ちゃんと二人きりになったんですけど、ちょっと引っかかることがあったんです。
「うん…草鹿さんって、あんな素敵な笑顔だったんだ、って…」
「麻美、そんなこと言うなんて失礼失礼です」
 と、一度はそう言われちゃいましたけれど…。
「…でも、確かに彩菜さんの笑顔って、はじめて見た気がします」
 やっぱり、私だけの気のせいじゃなかったみたいです。
「それに、今日のミイライブだって、主役は草鹿さんですけれど…」
「…今までのことを考えると、確かにちょっとびっくりびっくりかもしれないですね?」
 草鹿さんはもっとメディアに出てもおかしくないくらいの歌姫なんですけど、ご本人の意向によって今までテレビ出演や雑誌のインタビューからライブといったものまで、人前に出ることは全て避けていらしたんです。
 さらに、今まではいつも鋭い表情で笑顔なんて見せることはなかったのに…。
「何か、心境の変化があったのかもしれませんね?」
「うん、そうだね…でも、きっといいことがあったんだよね」
 そうでなかったら、笑顔になんてならないと思うし…もしかして、私にとっての夏梛ちゃんみたいな人でもできたのかな?
 もしそうなら、幸せになってもらいたいですよね。
「それよりも、私たちのステージのことを考えましょう。彩菜さんの足を引っ張っちゃダメダメなんですからね?」
「う、うん、そうだよね」
 私たちがどれだけ場を盛り上げて草鹿さんに繋げられるか…頑張るしかないですよね。
「あっ、それでね夏梛ちゃん、いい考えがあるの。今日のライブは夏祭りの一環だし、私たちも浴衣でステージに上がったらどうかな、って」
 普段はゴスいおよーふくでライブとかをする夏梛ちゃんですけど、今日はそっちのほうが雰囲気に合いそうですよね。
「浴衣、ねぇ…でも、そんなこと唐突に言っても、用意してませんよ?」
「じゃじゃ〜ん、実は私が夏梛ちゃんの分も用意してました〜」
 すかさず持ってきた、お揃いの柄の浴衣を取り出します。
「…それ、結局麻美が着てみたいだけなんじゃないんですか?」
「うん、それもあるけど…ダメ、かな?」
「…しょうがないですね」
 私がじっと見つめると、夏梛ちゃんは顔を赤くしてそうお返事してくれるの。
「夏梛ちゃん…ありがとっ」
 それがとっても嬉しくって、また仕草がかわいらしくって、思わずぎゅっと抱きしめちゃった。
「わっ、あ、麻美っ、何してるんですっ?」
「うふふっ、私が着替えさせてあげるね?」
「そ、そんな、このくらい一人で…は、できないかもだけど…」
「じゃあ、私に任せてね…大丈夫、着物の着付けは得意なんだよ?」

 夕方、夏祭りがはじまるとともに砂浜にある特設ステージではミニライブが行われました。
 まずはお揃いの浴衣を着た私と夏梛ちゃんの出番…たくさんのお客さんたちがきていてちょっと緊張しましたけど、無事終えることができました。
 そして、その次はいよいよ彩菜さん…彼女がこうした場に姿を見せ、そして歌うなんてはじめてのことで、私もはじめて生で歌声を聴きましたけれど、それはとっても素敵なことでした。
 盛況のうちにライブが終わる頃にはあたりはすっかり日も落ちていました…花火の打ち上げはその十五分くらい後からはじまります。
「夏梛ちゃん、これから自由にしていいみたいだから、よかったら一緒にお祭りを楽しも?」
 一時は諦めちゃったことですけど、お祭りはまだまだはじまったばかりですし…と思ったんですけど、マネージャさんに止められてしまいました。
 ライブをした直後に人ごみの中へ行くなんて何があるか解らず危険、っていうんです…言っていることは解るんですけど、さみしいです…。
「もう、麻美? しょうがないじゃないですか」
 そう言う夏梛ちゃんも、ちょっと残念そう…あっ、そうだ。
「ねぇ、夏梛ちゃん、ちょっと一緒にきて? 大丈夫、人ごみの中には行かないから、ね?」
 戸惑う彼女を連れて向かったのは、町外れにある小高い場所…。
「こ、こんなこんな長い長い石段上って、どうするんです?」
「うん、もうちょっとだから…」
 少し長めの石段を、暗闇につまずかない様にゆっくり上ったその先にあったのは、小さなお社。
 どうしてこんなところに…といった表情を夏梛ちゃんがこっちへ向けましたけど、その瞬間に海のほうで花火の打ち上げがはじまりました。
「ほら、夏梛ちゃん、みてみて」
「わぁ…きれいです」
「ここからなら、人ごみもなくってゆっくり花火を見られるよね」
 屋台を回ったりできなかったのは残念だけど、こうやって一緒に花火を見ることができただけでも十分。
 それに、本当はここにきた理由はもう一つあるんですけど、それは黙っておいたほうがいいかも。
 このお社に好きな子と一緒にきたら結ばれる、って御利益があること…うん、花火を楽しんでる夏梛ちゃんの邪魔をしちゃ、いけませんよね。
 私は、今、この瞬間…隣に夏梛ちゃんがいるだけで、とっても幸せなんですから。


    -fin-

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