〜お昼休みは…(草鹿彩菜さん編)〜

「…お疲れ様です。いい歌声でした」
「え、ええ、ありがとう、氷姫さん」
 ―収録が終わりスタジオを出たところで、マネージャをしてくれてる榊原氷姫さんと声を交わす。
 私、草鹿彩菜は歌を歌うことを職業としていて、今日もその関係の収録。
「本当に、一時期よりはずいぶんましになってきました。でも、まだまだかもしれませんね」
「そ、そうね…」
 多少厳しい言葉だけれど、彼女の言うとおりだと私も思う。
 きっと、私の気持ちがそのまま歌声に出てしまっているのね…あの子と想いは通じ合ったけれど、まだ悩みがあるから…。
「何か問題があるなら、さっさと解決してください。どうにもならなかったら、マネージャを頼ってもいいんですから」
 クールな雰囲気ながらアイスを口にしながらだから多少真剣味が削がれちゃってるけど、それでも氷姫さんなりに気遣ってくれてるのが解る…ありがとう。
 でも、この問題はまず自分で何とか頑張ってみたい…それでもどうにもならなければ、そのときには相談をさせてもらうかもしれないけれど。

 最近、私は時間を見つけては私立天姫学園の図書館に通っている。
 氷姫さんの出身校でありまた私の妹の通うこの学校の図書館の蔵書量はものすごく、そこにならあの子の今の状態について解説された本があるかもしれないから。
「それにしても…」
 学園生でも関係者でもない、しかも黒いスーツにサングラス姿っていう、自分で言うのも何だけど怪しい姿をした私が全くとがめられることなく敷地内へ入れるのは、どうなのかしら…。
「…と、もう昼時か」
 腕時計へ目をやると、十二時を少し過ぎたところ…並木道などにもぽつぽつ生徒の姿があり、お昼休みの時間になっていた。
 図書館もそうだけれど、最近、少なくともお昼時にはほぼ毎日この学園へきている気がする。
 妹のことがあり先日生命を狙われたばかりだというのに…それでも、私の足は自然ととある場所へ向かうのだった。

 お昼休みは基本的に食事の時間だから、音楽室などのある校舎にはほとんど人の姿はないみたい。
 その廊下を歩いていくと、私の耳に聴き覚えのある、けれど何度耳にしても聴き惚れてしまう音色が届いてくる。
 妹が得意とする、特別な力を持った人にしか弾くことのできない楽器…フォルテールの音色。
 けれどこの音色は妹のものとはまた違って…演奏している人が誰なのか確信を持った私は、その音色の漏れてくる部屋の扉をゆっくり開いた。
 小さなスタジオで一人フォルテールを奏でるのは、長めでウェーブのかかった黒髪をした、やさしい雰囲気をまとった少女…。
 はじめて出会った頃は悲しみの色が濃い旋律を奏でることが多かったけれど、今はそれよりは明るく、思わず旋律にあわせ歌いそうになる…と、その前に彼女が私の存在に気づいて、演奏をする手を止めるとそばにあったスケッチブックを手に取り、何かを書き込みこちらへ向けた。
 笑顔の彼女が見せたそれには「こんにちは、彩菜さん」と書かれていたの。
「ええ、こんにちは、梨音さん。けれど、私には声が届くのだから…」
「あっ、そうでした…こんにちは、彩菜さん」
 サングラスを外しながらの私の言葉に、彼女…天川梨音さんは少し恥ずかしそうにしながらスケッチブックを床に置いた。
 ほんの少し前まではあれがなければ会話ができなかったのだけれど…。
「彩菜さん、今日はどうしたんですか?」
「え、ええ、少し…梨音さんに会いたくって。ご迷惑だったかしら」
「そ、そんなことありませんっ」
 今は、彼女のかわいらしい声がちゃんと届く。
 そう、私の耳には確かに愛しい人の声が届いているのに、私や彼女の幼馴染の衣砂さんなど一部の人以外には届かないらしく、彼女はそのせいで苦しんでいる…。
「彩菜さん、一緒にお昼ごはん…食べましょう?」
「あっ、え、ええ、そうね」
 と、今はこの子との穏やかなひとときを楽しみましょう。
 その梨音さんは彼女が作ったお弁当を取り出すけれど、明らかに二人分ある。
「はい、こちらが彩菜さんの分です」
「あ、ありがとう」
 別に一緒にお昼を食べる約束をしているわけでもないのに、こうして私の分のお弁当を用意してくれてるのよね…これはやっぱり、できる限り毎日こなければならないわ。
「では、いただきましょうか」「はい…いただきます」
 そして、この子の笑顔をこれからも見られる様に、この子の抱えている問題…声のこととか、多重人格のこととかを、私が何とか解決してあげたい…。
 この子の過去のこととかも関わってそうだけど、つらいことを話させるのはよくないし、焦らずに…っていっても焦っちゃうものだけど。
 そういえば、私のことはまだあまり話してない気がする…と、そんなことを考えながらお弁当を口にするのだけど、とてもおいしい。
「梨音さんの愛情を感じるわ…」
「も、もう、そんな、恥ずかしいです…」
 思わず出た言葉は確かに恥ずかしくって、お互いに赤面してしまった。
 でも、確かな幸せ、それに愛しさを感じる。
 妹以外の人と、こんなに一緒にいたいと思える様になるなんて、少し前までは考えられなかったけれど…梨音さんを想うこの気持ちは、間違いなく本物。
 だから、もっと一緒にいられる時間を増やして、私のことも、もっと知ってもらいたい…。


    -fin-

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