〜お昼休みは…(アヤフィールさん編)〜

「準備もできましたし、まいりましょう」
 ―もうすぐお昼になろうという時間、わたくしは大きめの荷物を手に、住んでいます公舎を後にいたしました。
 普通は東京で暮らさなくってはいけないはずなのですけれど、わたくしの国の王女さまがこの町にいらっしゃるということもあって、わたくしもこの町で暮らしています。
 それは、わたくし…アヤフィール・シェリーウェル公爵・ヴァルアーニャにとって、とってもありがたいことです。
 娘のラティーナが通う学校がそう遠くないということもありますし、それに…。

 わたくしがやってきましたのは、この町にある大きな学校、私立天姫学園です。
 ラティーナが通う学校とはまた別の学校なのですけれど、それでもここはわたくしにとって重要な意味を持つ場所です。
 それはその王女さまが最近編入されたということもありますけれど、それ以上に…。
 広い敷地を歩いていきますと、チャイムの鳴る音が届いてまいりました。
「あっ、もうお昼休みになってしまったみたいです」
 あまりお待たせしてはいけませんし、はやくまいりましょう。
 わたくしが向かいましたのは、梅雨時の今でも雨などの心配のない温室です。
 かわいらしい小さな女の子が暮らしているらしいこの場所ですけれど、わたくしが会いにきたのはきっとその子にも負けないくらいかわいらしい子…。
「あっ、あやちゃんっ」
 と、元気な声が届いたかと思いますと、こちらへ駆け寄る女の子の姿が見えました。
「わぁいっ、あやちゃんっ」
「まぁ、みしゃさんったら…お弁当が崩れてしまいますよ?」
 その子はそのまま抱きついてきましたから、わたくしはお弁当に気をつけながらもしっかり抱きとめます。
「えへへっ、ごめんなさいだよぅ…嬉しくって、つい」
「まぁ、そんなにわたくしのお弁当を楽しみにしてくださっていたのでしょうか」
 お互いに笑顔でゆっくり身体を離しました。
「う〜ん、それももちろんあるけど、やっぱりあやちゃんに会えたことが一番嬉しいんだよぅ」
「まぁ、ありがとうございます」
「あやちゃんは、みしゃに会えて嬉しいかなぁ?」
「うふふっ、はい、もちろんです」
 そのあまりのかわいらしさに、思わずまたぎゅっと抱きしめてしまったのでした。

 温室の中にあります丸型のテーブルに、わたくしが持ってきたお弁当を広げます。
「わぁ、あやちゃんの作ったお弁当、とってもおいしそうだよぅ」
 わたくしのすぐ隣に座りますのは、みしゃさん…永折美紗さんです。
 この学校で少し有名らしい生徒さんに藤枝美紗さんという子がいらっしゃるそうですけれど、その子のお名前が「みさ」なのに対しまして、みしゃさんの字は同じですけれど「みしゃ」と読みます。
 その二人の「美紗」さんに共通してますのは、外見がどちらも幼く見える、ということでしょうか…いえ、わたくしも実際よりもずいぶん下に見られることが多いですから人のことは言えませんけれど、みしゃさんは小学生くらいのかわいらしい女の子に見えるんです。
「みしゃさん、午前中の授業、お疲れ様です」
「うん、でもみしゃの担当教科は技術系でしかもミド先生もいるから、実はあんまり授業はないんだよぅ」
 そう、みしゃさんはこの学校の教師なんです。
「でも、色々研究なさったり、作ったりされていらっしゃるんですよね…やっぱりお疲れ様です」
「えへへ〜、ありがとっ」
 みしゃさんは色々なものを発明なさったりしていらして、本当にすごいかたなんです。
「あやちゃんこそ、お仕事大変じゃないかなぁ?」
「いえ、大丈夫ですよ、わたくしのお仕事もそれほど量はありませんし、こうやってお弁当を作って、みしゃさんのところへ持ってくる時間はありますから」
「わぁいっ、それじゃ、さっそく食べようよぅ」
「そうですね…と、やっぱり由貴さんはいらっしゃらないのですか?」
「う〜ん、みしゃたちに遠慮しちゃってるみたいだよぅ」
 由貴さんというのは、みしゃさんの助手をなさっていらっしゃるかたで、さらに言いますとみしゃさんの妹さん…もっと仲良くなりたいのですけれど、なかなかお会いする機会ありませんので、少しさみしいです。

「う〜ん、もうおなかいっぱい…眠くなってきちゃったよぅ」
「あらあら、みしゃさんったら…」
 食事を終えたわたくしたちは、温室の中にあります芝生の上へ腰かけました。
 あとは、みしゃさんのお昼休みが終わるまで、こうしてのんびり過ごします。
「そういえば、もうすぐわたくしのもう一人の娘がこちらへやってくることになったんです」
「わっ、そうなんだぁ…ラティーナちゃん以外にもいたんだねっ」
「はい、またご紹介いたしますね」
 ラティーナもその子もわたくしとは直接血は繋がっていない、つまり養子なのですけれど、そんなことは関係なくって…みしゃさんとも仲良くなっていただきたいです。
 そういえば、みしゃさんにも実の娘みたいな存在のアンドロイドな子たちがいまして…うふふっ、わたくしたち、子沢山ですね。
「う〜ん、お昼寝したいけど、もうすぐお昼休みは終わっちゃうよぅ」
「そう、ですね…」
「お昼休みが終わったらあやちゃんが帰っちゃうし、さみしいよぅ…」
 わたくしも、みしゃさんとお別れするのはさみしいです…もっと、おそばにいたいです。
 あっ、わたくしもこの学校の教師になれば、みしゃさんのおそばにもっといられるのではないでしょうか。
 大使のお仕事といいましても元が小さな国ですからそう毎日あるわけではありませんし、幸い教師の免許は持っておりますから…と、名案の様に思えましたけれど、とあることに気づきました。
 そういえば、この学校の教師になるには、生徒同様に何か特殊な能力が必要なのでしたっけ…それでは、わたくしには無理です…。
 残念です…と、ふとみしゃさんを見ますと、何か考え込んでいらっしゃるご様子でした。
「みしゃさん、どうなさいましたか?」
「…あやちゃん、今日の午後からは何か予定とかあるのかなぁ?」
「いえ、今日は特に何も…」
「そうなんだ、それじゃ…えいっ」
 みしゃさん、わたくしのひざを枕にして横になられれしまわれました…?
「えへへ〜、今日はこのままのんびりしちゃおっ?」
 もう、みしゃさんは本当にかわいいです…今は、この幸せな時間を大切にいたしましょう。
「そうですね、みしゃさんがそうおっしゃるのでしたら…」
 思わずみしゃさんの頭をなでなでしながらお返事をして、微笑みかけました。


    -fin-

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