〜お昼休みは…(アサミーナ編)〜

「うん、これで大丈夫だね」
 ―お仕事をはじめてから実家を離れた私…石川麻美ですけれど、一人暮らしをしているあまり大きくはないマンションの一室、そのお台所で一人うなずきます。
 一人暮らしをする、って言ったときには両親とかに大反対されちゃいましたけど、私だってお料理とかくらい普通にできるんですから。
 そもそも、両親には今のお仕事に就くことも反対されちゃってましたけど…って、そんな昔のことを考えている場合じゃないですよね。
 できあがったばっかりのお弁当、それの入った箱をきちんと包んで…うん、完璧。
「夏梛ちゃん、今から行きますから、待っていてくださいね」
 お部屋に貼ってます大きな夏梛ちゃんのポスターに微笑みかけて、お弁当を持った私はそこを後にしました。

 今日の夏梛ちゃんは、町にあるスタジオでアフレコのお仕事です。
 私が行ったときにはまだ収録中で、でももうすぐお昼休みになるってことでしたから、控え室で待たせてもらうことにしました。
 誰もいない控え室、テーブルの上にお弁当の入った包みを置いて…と。
「う〜ん、まだ時間があるなら、あれをして待っていようかな?」
 取り出しましたのは最近買った携帯型ゲーム機…あんまりゲームってしたことがなかったんですけど、ふとやってみましたこの作品がなかなか面白いんです。
 ストーリーやキャラクターもいいですし、お仕事柄声のほうも気にしちゃいますけどそっちも悪くなくって、それに主人公が…。
「…麻美?」
「え…きゃっ」
 と、ゲームに集中していたら不意にすぐそばから声がかかってきて、びっくりしてしまいました。
「もう、そんなに驚かないでください」
「う、うん、ごめんね、夏梛ちゃん」
 声をかけてきたのは、もちろん私が待っていた女の子…今日もゴスいおよーふくがよく似合ってます。
「えっと、夏梛ちゃん、アフレコ終わったの?」
「うん、午前中は終わってお昼休みです…けど、麻美がゲームをしてるなんて、珍しいですね。何をしていたんですか?」
「あ、えっとね、『Fate/EXTRA』っていうゲームなんだけど、主人公がいい感じなんだよ」
「主人公が? 確か男女選択式で、女の子は麻美にちょっと似た雰囲気の髪の長めな子でしたっけ」
「わ、夏梛ちゃん、詳しいね」
 やっぱり夏梛ちゃんは色んな情報を持っててすごいなぁ…あ、でも夏梛ちゃんも私に似た感じの子だって思ったんだ。
「だからね、主人公の子の名前を…」
「自分の…麻美の名前にしたんですか?」
「うん、一応そうなるかな。ニックネームもつけられたから『アサミーナ』にしてみたし…ちょっと見てみて」
 ゲームのステータス画面を夏梛ちゃんに見せてあげた。
「ヒヅキ…アサミ? な、何です何です、これは?」
 画面を見てちょっと慌てちゃった彼女が口にした通り、主人公の名前は「ヒヅキ・アサミ」になってます。
 このゲームは漢字が使えないからカタカナなんですけど、とにかく名字が私のものと違っているのは…。
「うん、夏梛ちゃんと結婚したら、私の名字もこうなるよね」
 夏梛ちゃんの名字は「灯月」です。
「わっ、でもでも、そんなことしてませんよっ?」
 もう、あんなに顔を赤くしちゃったりして、かわいいな。
「ゲームの中でくらい、そうしてみてもいいじゃない。現実のほうは…まずは一緒に暮らすことが先かな。この間のお返事、どうかな?」
 一緒に暮らさないかな、って提案していたんです。
「ま、まだまだ考え中ですっ」
「そっか…うん、ゆっくり考えてね」
 あ、でもそうなったら、どっちのお家で暮らすのかな…それとも新しい場所にする?
 私のお部屋一面に飾ってある夏梛ちゃんの写真とかはしまっておいたほうがいいのかな…でも、本物の夏梛ちゃんがいてくれたら、問題ないですよね。
 そういえば、夏梛ちゃんを私のお部屋にお迎えしたこと、まだ一度もなかったっけ…お部屋の夏梛ちゃんの写真とか見られたら、どう思われるのかな…?
「そっ、それでそれで、麻美は何をしにきたんですっ?」
 色々妄想しそうになりましたけど、彼女の声に引き戻されました。
「あっ、うん、お弁当を作って持ってきたんだよ。一緒に食べよ?」
 ゲーム機をしまって、テーブルの上にある包みをほどいてお弁当を広げました。

「ごちそうさまでした。夏梛ちゃん、おいしかった?」
「ごちそうさま。う、うん、おいしかったです」
 一緒にお弁当を食べ終えて、私の質問に顔を赤らめる夏梛ちゃん。
 本当は私があ〜んって食べさせてあげたかったんだけど、今でも十分幸せだからいいかな。
「夏梛ちゃん、午後からもアフレコの続き?」
「そうですね、今日はちょっと遅くまでかかりそうかもです」
「そっか…」
 やっぱり夏梛ちゃんは売れっ子です…ご無理だけはしないでね?
 でも、遅くまでかかるなら、お夜食とか持ってこようかな…?
 そんなことを考え込みますけど、ふと見ると夏梛ちゃんも何か考え込んでます?
「夏梛ちゃん、どうしたの?」
「うん…麻美は、最近はどんなお仕事をしましたか?」
「えっ? う、うん、先週は夏梛ちゃんとレコーディングしたし、あとはイベントとかラジオとか…」
 唐突な質問に少し戸惑ってしまいながらも答えます…けれど。
「違います、声優としての、麻美一人でのお仕事です」
「えっと、声優の…?」
 そういえば、最近はユニットとしてのお仕事ばかりかも…。
「う〜ん、えっと、この間、端役だけど洋画の吹き替えをして…」
 その前は、どうだったかな…?
「…思い出せないくらい、何もしていないんですか?」
 わっ、夏梛ちゃん…怒ってる?
「何だか最近麻美が私のマネージャみたいになってますけど、それじゃダメダメですよ? 私たちくらいじゃただただ待ってるだけじゃお仕事はこないですし、もっと自分から動いてください…ただでさえ、若手の声優の世界は厳しいんですから」
「う、うん…」
 完全に夏梛ちゃんの言うとおりで、返す言葉もなかった。
 でも、色んなお仕事を受けると、夏梛ちゃんとすれ違いの生活になっちゃうことが多くなりそうで、それが恐くって…。
 そんな私の気持ちを読んじゃったのか、夏梛ちゃんはため息をついちゃった。
「このまま麻美が何もしないままだったら、麻美の知名度がなくなったりしてもしかするとユニットも解散させられちゃうかもしれませんよ? それでも…麻美はいいんですか?」
「そっ、そんなの嫌ですっ」
「わ、私だってそんなの嫌で嫌なんですから…そうならないためにも、今の状況に満足してちゃダメダメなんですからね?」
 そ、そうだよね、デビューしてそれほどでもない私がラジオとかまで出ているのは、夏梛ちゃんの力がほとんど全て…。
 ユニットが解散、なんてことになったら、一緒にお仕事をする機会がほとんどなくなって、ますます離れ離れになっちゃう…!
「か、夏梛ちゃん、私…声優のお仕事も、ちゃんと頑張るねっ?」
 私なんてアイドルとしても半人前以下なのに、夏梛ちゃんに甘えてばっかりで…しっかりしなきゃ。
「だから…ごめんね、夏梛ちゃん」
「べ、別にいいです、解ってもらえたら…わ、私も、麻美が活躍するのを、見たいんですからっ」
「う、うん、ありがと…」
 一緒にいられる時間は減っちゃうかもしれませんけど、夏梛ちゃんと同じ道を歩むためだもの、我慢しなきゃ。
「あ、あと、それと、それと…」
 自分の心に気合を入れていると、夏梛ちゃんがもじもじしてる?
「…夏梛ちゃん?」
「あ、あのね…そうはいっても、麻美に時間があったら、今までどおりに会いにきてくれて、全然全然いいんですよ? わ、私から麻美のところに、行くかもしれませんし…」
 とっても恥ずかしそうにそう言われますけど、もう、そんな…我慢できませんっ。
「うん…夏梛ちゃん、大好きっ」
 そのまま、ぎゅっと抱きついてしまいます。
「えっ、わ、あ、麻美…!」
 慌てる彼女ですけど、とってもかわいくって、愛しいです。
 夏梛ちゃんとちゃんと一緒にいられる様に、私も頑張らなきゃ。
 でも…やっぱり、一緒に暮らせたらもっといいな、なんて思っちゃうのでした。


    -fin-

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