〜マーヤさんファナティクス?〜
―私の暮らす国から遠く離れた国、そこにいるという大和撫子にずっと憧れて。
きれいな黒髪、そしてあの着物という独特な服装の似合う女の子…ぜひ自分の目で実際に見てみたい、って思ってた。
幸い、同じく日本好きな友人の母、アヤフィールさんがまさにそんな雰囲気のかただったのだけれど、でも日本人ってわけではなかったから、やっぱりいつかは…って思ってた。
そして、それはひょんなことから叶うことになったの。
私…マーヤ・スノーフィールドはちょっとした能力を持っていて、でも今までそんなものについて気にすることもなかったのだけれど、先に日本へ行った友人のラティーナたちの話から、そこにはそうした能力を持つ人が通う学園があって、私もその条件を満たしていたの。
アヤフィールさんが手続きを取ってくれて、私は晴れてその学園、私立天姫学園へ通うことになった。
日本の学校に通うことができるなんて、夢みたい。
ということで編入数日前には日本へ渡り、そちらに滞在しているラティーナたちに会ったり、色々見て回ったりした。
そのラティーナにいつの間にか女の子の恋人ができているそうで、しかもそのお相手の子が結構な大和撫子らしい…会ってみたいものね。
素敵なおよーふくを売るお店に出会えたりもして、それにその店員さんが素敵な大和撫子で感激してしまった。
でも、少し残念なところもあったかも…。
「わざわざ、髪を染めちゃってる人もいるのね…」
そう、元から茶色の髪とか、そういう人はいいの…たまたま見かけた、この国の歌い手さんのお一人らしい石川麻美さんとかは。
でも、黒髪をわざわざ別の色にしちゃってる人が結構いて、しかもアヤフィールさんくらいの大和撫子な雰囲気を出した人って思ったよりもいない…あの店員さんは十分すぎるかただったけれども。
「はぁ、ちょっと残念」
どうしてそんなことしちゃうのかしら…もったいない。
私が大和撫子に憧れているみたいに、日本のかたは私みたいな長い金髪とかにそういう気持ちがあるみたいで、編入した学園のクラスではずいぶんな歓迎を受けちゃった。
外国の子は他にも意外といるみたいなのだけれど、私は留学ではなくって普通に編入をした、っていうのも物珍しかったのかも。
ま、そうでなくっても編入生っていうのは色々珍しがられて質問とかされちゃう…それはいいのだけど、さすがにちょっと疲れるかも。
そんな中、この学園にいる素敵な大和撫子を探したいから休み時間とかは教室の外に出て色々見て回ってみて、その甲斐あってまさにそうって人を見ることができた…のだけど、やっぱり私が物珍しいのか歩いてても結構声をかけられちゃった。
色んな人と話すのは好きだけど、さすがにこう間断なくだと疲れちゃう…放課後も学園を見て回ろうって思ってるけど、その前に少し休もうとひと気のないところを探してみる。
すると、校舎の階段に最上階よりさらに上へ続くものを発見…屋上かしら。
屋上といえばだいたい人のいないもの、って決まってる気がするし、階段を上って、そして扉を開けてみた。
「ふぅ…少し、風にでも当たろうかしら」
扉の先はやっぱり屋上で、気持ちのいい風が私の髪をなびいてく。
やっぱり、ここなら落ち着けそう…フェンスのそばに立って、空を見上げる。
「やっぱり、ここにきてよかった…この学園には、素敵な人がたくさんいる様子だもの」
今日のことを思い返してみて…ちょっと疲れちゃったのはあるけど、これは確か。
「でも、九条さんとか、大人の雰囲気を感じる人は多いけれど、かわいい子はいないものかしら…ま、これからよね」
ええ、今日はまだ高等部の教室などしか見ていないのだし、まだまだよね。
と、そんなとき、少し強い風が吹いて私の髪を大きくなびいていったけれど、その風で何かが足元へ飛ばされてきたの。
「…あら、これは?」
手に取ってみるけれど、それは何かの資料っぽい紙…。
「…す、すみませーん! それ、わたしの…え、えっと」
と、少し慌てた声が届くものだからそれの聞こえたほうへ目をやると、こちらへ駆け寄ってくる人の姿があった。
「あら、人がいたのね。気をつけて…」
その人が紙を飛ばしてしまったみたいだったから、渡してあげようとしたのだけれど…紙を差し出したところで私は固まってしまった。
「あっ、はい、ありがとうございます…っと、あのぅ?」
紙を受け取りながらも不思議そうな表情をこちらへ向けるのは、一人の少女。
私よりきっと年下で、背もそう高くない、肩あたりまでのばした黒髪の女の子…。
「え、えっと…ごめんなさい。私、日本語しかしゃべれないんです」
戸惑った様子でそんなことを言うその子だけれども…これ、夢じゃないのよね?
「かわいい…かわいすぎる…」
他に誰もいない屋上で、突然私の前に現れて…これはもう、あれなのねっ?
「これは奇跡なの…それとも、運命なの? こんな理想の大和撫子が目の前に現れるなんて、これは運命なのねっ」
あふれる想いを抑えることはできなくって、目の前に現れたその子のことをぎゅっと抱きしめちゃう。
「ふわっ!? ちょっ、えっ、えぇ〜!?」
「この子、私のものにしてもいいのよね…このまま連れ帰っちゃってもいいわよね。素敵、素敵すぎる…やっぱり日本にきてよかった」
あぁ、もう幸せすぎる…さらにぎゅってしちゃう。
「ちょっ、えっと、とりあえず、話し合いましょう! といいますか、落ち着いてください!」
「…はっ! あっ、えっと…ご、ごめんなさい、つい、貴女が理想の大和撫子すぎて…」
いけないいけない、完全にわれを忘れてしまった…彼女のあたふたとした言葉にはっとして離す。
「ふぅ…外国の人ってこんな激しい…」
あ、ちょっと疲れた様子になっちゃってる…。
「えっと、理想の大和撫子って?」
さらに戸惑った様子でそう訊ねられるけれど…そんなの決まってるわ。
「ええ、貴女のこと。黒髪でとってもかわいらしい、まるでお人形さんの様に素敵…ここにいたということは、私へのプレゼントとか、そういうことじゃないの?」
「いやいや…意味が解りませんし、それに私よりかわいい子なんて、この学園にいくらでもいると思いますよ?」
「そんなことないわ!」
「…ふぇっ!?」
思わず声を荒げちゃって、彼女はびくっとしちゃう。
「こんなきれいな黒髪の、和服がよく似合いそうな子なんて、そうそういないわ?」
「えっと、ほら、九条先輩とかいるじゃないですか。会ったことはないですけど…」
「九条先輩…あぁ、もちろん見たわ。あのかたはもう完璧に隙のない大和撫子ね…」
隙がなさすぎて近づきづらい雰囲気だったけど、素晴らしい人には違いない。
「でも、私はかわいい子のほうがさらに好みなの」
ええ、九条さんにかわいいなんて表現は絶対合わないけど、今目の前にいるこの子には…。
「か、かわいい…って、私はかわいくもないですし、大和撫子なんかでもないですよ?」
「もう、私がそうだと言ったらそうなのに…でも、そういう奥ゆかしいところが大和撫子なのかしら」
「え、えっと、そういうものなんですか?」
あたふたとしちゃったりして、本当にかわいいわね。
「ええ、だからやっぱり貴女は素敵な大和撫子よ」
「あ、えと…ありがとうございます…」
「そんな、こちらこそ…貴女に会えたこと、そのことにお礼を言いたい気分。本当に、ありがとう」
出会えたことにお礼を言いたくなるその少女は、私に巡り会うために屋上にいたというわけではないみたいで、そこはちょっと残念。
では何をしていらしたのかといえば、静かな屋上で資料の整理をしていたそうで、さっき飛ばされてきた紙もその中の一枚。
何だか難しそうな機械の設計図だったのだけれど、その子に言わせればただの落書きだそうで…。
「なかなか面白い子ね…それに何よりかわいいし、転校初日に貴女みたいな子に会えて本当に嬉しい」
うん、やっぱりこれは偶然ではなく運命の出会いだって思えてきちゃう。
「転校…ひょっとして留学生とかでしょうか? 日本語お上手ですね?」
「ええ、昔から勉強していたから…でも、留学生ではなくって普通に編入させてもらったのよ」
「そうなんですか…」
周囲に似た様な人たちがいたこともあって日本語には不自由しないかしら…でも、ラティーナみたいな片言なのもかわいいといえばそうなるのよね。
「高等部一年の雪野真綾、よろしく」
「あ、えっと、中等部一年の真田幸菜です…」
お互い自己紹介をして握手…と、私は日本では日本っぽい名前を名乗ろう、っていうことで自分で考えたあんな名前を名乗ってみたのだけど、いいわよね?
それにしても、中等部の一年生ね…それにしては、しっかりした子よね。
「真田幸菜さん、ね…うふふっ、これからもお会いしたいわ。いいかしら?」
「いえ、私は…その、構いませんけど…」
微笑む私に、彼女は顔を真っ赤にしちゃった。
「そう、よかった…それじゃ、毎日でも会いに行っちゃうわ。本当、嬉しい」
もちろん、これまで出会った人たちとの出会いもそれぞれに大切なものだって思うけど、この子はやっぱり特別。
こういうの、一目惚れっていうのかしら…これから毎日会えちゃうなんて、とっても楽しみね。
-fin-
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