〜真綾さんと幸菜さんとスケッチブック〜

 ―私、雪野真綾が私立天姫学園へ編入してから少したち、学園生活にもずいぶん慣れてきた。
 ここへやってきて、時間があるとよく行く場所があって、つまりお気に入りの場所というわけなのだけど、今日も放課後になるとクラスメイトなどの色々なお誘いをご遠慮してそこへ向かう。
 階段を上って扉を開けた先…青い空が目に入ってくる、校舎の屋上。
 この場所は私がこの学園へきて大切な人に出会えた想い出の場所でもあるのだけれど、その子とはそれ以降もよくここで会えているので、こうしてやってきているというわけ。
 さて、今日はどうかしら…とあたりを見回してみると、一つの人影が目に留まる。
 それは白衣らしきものを着た人影で、私に背を向けるかたちでベンチに座っているので顔は見えないのだけれど…。
「あそこにいるのって…あの子、よね…?」
 髪型など見慣れたものだったので、背後から歩み寄ってみる。
「…何を、しているのかしら」
 そして、彼女のすぐ後ろで足を止めて、上から覗き込んでみる…と。
「ふわぁっ!? はぁ…はぅ」
「…きゃっ!?」
 その彼女、とってもびっくりした様子でそんな声を上げるものだから思わずこちらもびくっとなっちゃったんだけど…。
「えっ、ちょっと…どうしたの? もう、そんなに驚かなくってもいいじゃない」
 その子…私が会いたいと思っていた真田幸菜ちゃんが涙目になってしまっていたものだから、しゃがみ込んでなでなでしてあげる。
「はぅ、完全に油断していました…くすん。もう…先輩びっくりさせないでくださいよぅ」
「そんな、驚かせるつもりはなかったのだけれど、ごめんなさい。でも、そんな貴女もやっぱりかわいいっ」
 我慢できなくって、そのままぎゅっとしちゃう。
「はぅ…って、また抱きつかれてます! 落ち着いてください、私はかわいくなんてありませんから!」
「そういう奥ゆかしいところも、やっぱり大和撫子よね」
 さらにすりすりしちゃう。
「わ、私のは引っ込み思案なだけで…そんな大層なことでは!」
「私がかわいいって思ってるからかわいいのに…しょうがない子」
 ゆっくり身体を離すけれど、そういうところも微笑ましい。
「うぅ…私より素敵な人に言われても説得力が…」
「あら、何か言ったかしら」
「なっ、何でもありません!」
「ふふっ、そんなに慌てちゃって、やっぱりかわいい」
「あぅ…私よりかわいい子なんていっぱいいるのに…」
「あら、また何か言った?」
「何でもないですよ? 多分、きっと!」
 少し慌て気味で、怪しい…よくは聞き取れなかったのだけれど、何か言ってそう。
「本当に?」
 じぃ〜っと見つめてみる。
「そ…そんなに見つめられたら恥ずかしいですっ!」
「あら、かわいい」
 真っ赤になったりして、またぎゅってしたくなっちゃう。
「はうっ!」
「もう、その反応もかわいい」
「えっと…何でもかわいいんですか?」
 あら、かわいいって言いすぎて不満になっちゃったのかしら。
「う〜ん、そうね、幸菜ちゃんなら何でもかわいいのかも」
「私なら、って…全く、そんなに好きなんですか…?」
 赤くなりながらうつむいちゃったりして、もう…やっぱり、かわいすぎる。
「ええ、そんなこと言うまでもないわ…大好きよ」
 微笑みかけるとさらに赤くなったりして、もう…私をどうにかしたいのかしら。

「それで、今日は何をしていたのかしら…お絵かき?」
 改めて彼女を見てみるとスケッチブックを持っていたので、そう訊ねる。
「はい、そんなところです」
「ふぅん、何の絵を描いていたのかしら」
「えっと、鳥の絵を…でもすごく下手ですよ?」
「ふふっ、やっぱり謙遜しちゃうのね」
 そういうところ、やっぱり大和撫子よね。
「いえ、本当に危険ですから見せられません」
「そう言われると気になっちゃうのだけれど…大丈夫よ、私だって絵も上手じゃないし」
「はうっ、私墓穴を掘りましたか!?」
「…見せて、くれるかしら」
 あたふたしちゃう彼女をじっと見つめてみる。
「し、仕方ありませんね…」
 観念した様子で彼女はスケッチブックを差し出してくれた。
「ふふっ、ありがと。どれどれ…」
「…どう、ですか?」
 絵を見る私に、あの子はとっても不安げに声をかけてくる。
「…もう、何も隠すことなんてないじゃない。とっても上手だと思うわ」
「あ、ありがとうございます…」
 真っ赤になっちゃう彼女だけど、危険だとか言うからてっきりアニメで観たチーナって子の描く様な絵なのかと心配しちゃったじゃない…。
「それに、何だか幸奈ちゃんの個性が出ているし…」
 その絵はどことなく機械的なものを感じるのだけど、彼女は機械好きだものね。
「そうですか…ならよかったです」
「ええ、だからもっと自信を持っても大丈夫」
 安心した様子でにこにこする彼女をやさしくなでてあげた。

「幸奈ちゃんはお絵かきも好きなのね」
 好きな子の好きなものはやっぱり覚えておかないと…と。
「あ、えと、これは資料集めも兼ねてまして…」
「…あら、資料って?」
 彼女から返ってきた言葉に首をかしげちゃう。
「はい、モデルを探していて…」
「…モデル? あら、そういうことなら私がなるわよ?」
「えっ…いいんですか?」
「ええ、貴女のためだもの、もちろん」
 というより、私以外の人をモデルにされるとさみしいかも…。
「でも、その…大変なことになるかもしれませんよ?」
「えっ、それって…絵のモデルじゃないの?」
「え、えっと、似た様なもの、かも…?」
 あら、目をそらされちゃった…これは、全然別のものの様ね。
「絵ではない、ということね…それなら、何のモデルになるの?」
 じっと見つめながら訊ねてみる。
「うぅ…聞いちゃいますか?」
 その彼女も私を見つめながら聞き返してきた。
「それはもう、聞きたいに決まっているわ?」
「えっと…はぅっ! ま、まいりました…降参します」
 なおも見つめ続ける私に、彼女は真っ赤になって顔をそらしちゃった。
「ふふっ、降参って、何に降参したの? 教えてくれる、っていうことかしら」
「えっと、アンドロイドの試作品の…どんな姿にするか考えていたんです」
「…えっ、アンドロイド?」
 それってつまり、ロボットってことよね…しかも人型の。
「う〜ん、そんなものが作れちゃうなんて、すごいわ…でも、それの姿のモデル、ということだったのね…」
 さすがに、これは想像できなかったわ…やっぱり、幸菜ちゃんはすごい子ね。
「いえ、あの、永折先生が手伝ってくれるみたいで…」
「それでも、そんなすごいものを作れるなんて、やっぱりすごいわ」
「ですから、そんな…あの、それでモデルは、やっぱりダメですよね…」
「う〜ん、私は全然いいのだけど、私そっくりの子が貴女のそばにいると複雑な気持ちになっちゃうかも…でも、私をモデルにしたいって言ってくれるのはとっても嬉しいし、お任せしちゃうわ」
 そう、これはやっぱり彼女の好きな様にするのが一番でしょう。
 どんな子を作るのかしら…私もとっても楽しみになってきちゃった。


    -fin-

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