〜祭りの後に…〜
「ふぁ…もう、朝か…」
―窓の外から届く雀たちの鳴き声にゆっくり目を覚ます。
昨日はちょっと色々はしゃぎすぎた感もあるけど、特に疲れなんかは残っていないみたい…少なくとも、あたしは。
でも、あたし…雪乃ティナのすぐ横で眠る少女は疲れがあるのか、全く目を覚ます気配がない。
「全く、しょうがないわね…」
今は夏休みだし…ってこの子にはあんまり関係のないことではあるけれど、まぁとにかく特別にこのまま寝かせておいてあげようかしらね。
「にしても、幸せそうに眠っちゃって…」
そのきれいな寝顔を見てると何だかどきどきしてきちゃって、自然とその顔に引き寄せられていっちゃう。
「んっ…」
そして…そのまま、彼女の唇とあたしの唇とを重ね合わせてしまった。
はっとしてすぐに離しちゃうけど…も、もうっ、閃那がなかなか起きないのが悪いんだからねっ?
「ティナさん、昨日のお祭りは本当に楽しかったですね」
しばらくしたら彼女…学生寮のあたしの部屋で一緒に暮らしている閃那も起きてきて一緒に朝食を取るんだけど、その席で彼女がそんなことを言ってきた。
「特にかな様とアサミーナの初ライブが観られちゃいましたし、感激です」
何か、まだ感動の余韻に浸っている様子ね…。
「あの二人って未来じゃそんな有名なんだ…昨日の感じだとまだデビューしたてでこれから、ってとこみたいだったけど」
「はい、それはもう…特にアサミーナは天姫学園出身ですし」
「…へ? そうなんだ?」
閃那は未来の天姫学園の生徒なわけだけど、とにかくということはあたしにとっても先輩になる、ってことか。
「あっ、学園出身っていったらですね、もうお一人声優さんがいるんです。しかも、その人はエリスお母さんととっても親しい関係で…」
「そっちもまた意外な話ね…あによ、エリスさんと同級生とか、そういったこと?」
「う〜ん、同級生じゃなかったはずですけど…あっ、でも今の時代だとまだ学生なのは確かですし、名前は伏せておきますね?」
まぁしょうがないわね…ふとしたことで未来が変わったりしてもいけないし。
「この夏はお二人のライブが見られましたし、そのお二人のデビュー作になるゲームは買えましたし、それにこうしてティナさんとも過ごせるんですから、とっても幸せです」
あぁ、一応あたしと過ごせることも幸せのうちに入ってるのね…よかった。
「あっ、そうだ。ティナさん、私はこれから夏休み中最後のアルバイトに行かなきゃいけないんですけど、その間って何か用事ありますか?」
「…へ? いや、特にないけど?」
アルバイトの後じゃなくって間の予定を聞いてくるなんて、よく解んないわね…。
「そうですか、じゃあ私がアルバイトに行っている間、そのゲームをしてみませんか? 大丈夫です、アクションとかRPGとかじゃありませんから、ゲームとかしてないティナさんでもできるはずです」
あぁ、なるほどね…あたしにもその作品のよさを知ってもらいたい、ってとこなのかしら。
「ま、閃那がそう言うなら別にいいわよ?」
あんまり難しくないっていうし、それに閃那が好きなものなら…ちょっと興味あるものね。
「わぁ、ありがとうございます。えっと、ゲームのほうは…」
と、そんなことを口にしつつ席を立った彼女、なぜか部屋の壁をいじるんだけど…次の瞬間、天井が下がってきた?
下がってきた天井の上には明らかに彼女の私物なものが色々入っていたんだけど…。
「ちょっ、これってどういうことよっ?」
「う〜ん、置き場がありませんでしたので、つい」
そうしてかわいらしく舌を出されちゃったけど…はぁ、全く、しょうがないわね。
とにかく彼女からゲーム機やソフトを受け取り、アルバイトへ向かうのを見送った。
それからさっそくそのゲームをしてみることに…アニメとかもそうなんだけど、彼女がそういうの好きってことでこうして勧められたら見たりすることもあるんだけど、そうじゃないと手をつけることなんてないのよね。
だから難しいゲームは本当に無理なんだけど、このゲームは彼女が言ったとおり確かに難しくなかった…基本的に物語を読み進めるだけで、ときどき選択肢があるだけだったから。
ただ、内容のほうで引っかかっちゃって…進めていくうちに、何ともいえない気持ちになってきちゃった。
「ただいま…って、あっ、ティナさん、さっそくやってますね。どうですか?」
と、そうしているうちにかなり時間がたったみたいで、閃那が帰ってきた。
「どうって、まだ終わってないわよ?」
「いえ、このくらいの時間でクリアできるなんて思っていませんよ。キャラクターとかストーリーとかイラストとか雰囲気とか、そういうのがどうだったかな、って」
何だかわくわくした様子で隣に座られてしまった。
「あによ、全く…そうね、登場人物なら、ちょうど今画面に出てる大人しいお嬢さまっぽい子がいいんじゃない?」
何ていうか、健気に主人公のことを想ってる感じが伝わってくるのよね…。
「あっ、さすがお目が高い、そのキャラの声優さんがアサミーナなんですよ」
というと、昨日のライブでの二人のうち、ちょっと大人しそうに見えたほうの人か…そう言われると声もそんな感じなうえ、キャラの雰囲気までその人に近しい気がする。
「アサミーナはこれから先色んな役をしていきますけど、それでもデビュー作のこの役が一番の当たり役だってよく言われるんです」
ちなみに、もう一人…ライブで元気いっぱいの様子を見せていた「かな様」は主人公の役らしいわね。
「ただ、残念なことにアサミーナが役をしてる子は攻略不能なキャラなんです…後にはその子を主役にしたドラマCDが出るくらい人気なんですけど」
と、あたしがしてたこのゲームの内容は、主人公の女の子になって他の女の子と恋をする、っていういわゆる百合っていうらしい恋愛のゲームなんだけど、攻略って…何か嫌な表現ね。
「ティナさんもこれを機にかな様とアサミーナに興味を持ってくれると嬉しいです」
「そ、そうね、とりあえず覚えとくわ」
「はい、それでゲームの内容のほうはどうでしたか?」
「え、えっと…う〜ん」
続いての質問に言葉を詰まらせてしまった。
「えっ、どうしたんですか?」
ちょっと否定的な返事になっちゃうかもしれないけど…閃那に隠し事はよくない、か。
「いや、話は悪くないと思うんだけど、やってるうちにちょっと…胸が痛くなってきたわ」
「…えっ? そんな鬱展開とかありましたっけ?」
「いや、そういうわけじゃなくって、女の子と親しい仲になってくと閃那を裏切ってる感じがしちゃって、ね…?」
あれっ、これって否定的っていうより、恥ずかしいこと言ってない?
「ティナさん…」
気付いたときにはもう遅く、すぐ隣にいる彼女はものすごく嬉しそうにこちらを見つめてきていた。
「ティナさんったら、恋をしてるのはあくまでゲームの主人公なのにそんなこと思って胸を痛めちゃうなんて、かわいいです」
「う、うっさいっ」
やっぱりものすごくはずかしくなってきて、顔が真っ赤になっていっちゃう。
「しかも、私のことを想ってだなんて、そんなに…眠ってる私にキスしちゃうほど、私のことが好きなんですねっ」
「そっ、それは…って、んなっ、今朝のこと、気付いてたのっ?」
「もちろんです…あぁ、もう気持ちが抑えられません。いいですよね、ティナ…?」
あたしがさらに何か言い返す前に、間近に迫った彼女の唇がそのままあたしの口をふさいでしまった。
それだけでもうあたしは彼女に逆らえなくなって…いや、何もかも閃那の言うとおりなんだけど、ね?
-fin-
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