先日のことであのかたに嫌われていないっていうことが解って一安心だったのですけれど、でも私の耳を見てあんなことをおっしゃってくださるなんて…。
 ですから、その次の日、屋上へやってきた私はいつもどおり姿は周囲と同化させているものの、そこへ降り立ったところであれは脱いでおきました。
 この時点でかなり緊張してきちゃっているのですけれど、あたりを見回してみると…端にあるベンチに人影が一つ…。
「あ…あのかた、いらっしゃいます…。え、えと…」
 先日ああおっしゃってくださったのですし、大丈夫…大きく深呼吸をしてから、ゆっくりとそちらへと歩み寄ります。
「嫌だなぁ…実家に帰るの…」
 と、ベンチに座るあのかたはお手紙を読んでいらしたみたいなのですけれど、近づきますとそんな呟きが耳に届きました?
「えっ、ご実家…へ?」
 すぐおそばまで歩み寄ったところで思わず足を止めて呟いてしまいましたけれども、それってつまり、お会いできなくなるということ…?
「…ん? そこに誰かいるのか…って、あいつしかいねぇか」
 私の声が聞こえちゃったのか、あのかたはお手紙をしまいつつこちらを見てきます…!
「あっ、は、はぅ、え、えと…!」
 ど、どうしよう、まだ心の準備ができていないのに…!
「気のせいか…もし気のせいじゃなかったらひどい目にあわせようか」
「…えっ!? は、はぅ、あぅあぅあぅ…!」
 あんなことをおっしゃりながら携帯電話を手にされるあのかたに、どうすればいいのか解らなくってただ慌てふためいてしまいます。
「ぷっ…あはは、お前かわいいな?」
「…えっ?」
 突然笑われちゃいますけど、よく見ると…いつの間にか私の魔法は解除されていて、姿が普通に見える様になってしまっていたのです…!
「あっ…え、えと、あの、う、うぅ…!」
 いつの間にそんなことにされたのか解らなくって、さらに今日ははじめからあの状態ということもあって、顔を真っ赤にして固まってしまいました。
「そんな怒るなって」
 うぅ、恥ずかしいだけで、怒ってはいないんですけど…。
「…ん? 今日は被り物はないんだな…そのほうがいいよ」
 続けてそう言われて微笑まれましたけど…そう、今の私はいつものローブ姿ではあるものの、いつも顔をほぼ完全に覆い隠していたフードは脱いでいたのです。
「は、はい、その、この間、私の耳のこと、かわいいだなんて言ってくださいましたから…えと、ですから、あ、あなたの前では、その、このほうがいいかな、って…!」
 うぅ、何度も素顔は見られているはずなのに、とっても恥ずかしくなってきてしまいます…!
「かわいいのはほんとのことだし、堂々としてなって」
「そっ、そんな、うぅ…!」
 さらにそんなことを言われて、どうしようもないくらい恥ずかしいです…。
「ん、どうかしたのか?」
「かっ、かわいいだなんて、そんなこと、ないのに…!」
「本当にかわいいって。あたしが嘘ついてる様に見えるか?」
 あのかたはそうおっしゃり、私のことをじっと見つめてきます…!
「う、うぅ、見えませんけれど、でも…やっぱりそんな、とっても恥ずかしいです…」
「全く、お前は本当にかわいいやつだな?」
 見つめられるとどきどきがさらに大きくなってしまってうつむいてしまいますけど、さらにそんなことを言われてしまいます…!
「う、うぅ、えっと…。あっ、えと、いす…あなた、は、ご実家に、帰られるのです…?」
 恥ずかしさのあまり話をそらせようとつい思い浮かんだことをたずねてしまいました。
「な…か、帰らねーよ?」
「…あっ、不躾なことを言ってしまって、ごめんなさい…!」
 先ほどの独り言を聞いてしまっただけでも失礼ですのに、さらにこうしてたずねてしまうなんて…!
「べ、別にいいよ…あたしは家出してる様なもんだから心配なんだろ、多分」
 怒ってはいらっしゃらないみたいですけれど、では先ほどのお手紙はそういう…?
「えと、家出…です? ご両親とか、お家って…あっ、い、いえ…!」
「…どうしたんだよ?」
「い、いえ、何でも…あっ、今日もお弁当を持ってきましたから、よろしければどうぞ…!」
 また失礼なことを聞いてしまいそうになりましたけれど…家族とかってどんな感じなのかな、って気になったりもしたんです。
 だって、私には…はじめから、そういうものがありませんでしたから。


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