お昼休みにお会いできるだけでとっても幸せな、私には過ぎたる、贅沢すぎること。
 でも、放課後になっても、私は自然と屋上へ向かう様になってしまっていました。
 今日もまたきちゃったんですけど、今日はいつものベンチにも人影はなくって、屋上へ降り立って魔法を解除したところであたりを見回します。
「えっと、あのかた…衣砂さん、は…」
 はぅ、何だかお名前を口にしただけでもどきどきしてしまいます。
 それはそうと、今日はお姿が見えないみたい…こういう日も、ありますよね。
 ちょっとさみしい気持ちになりながらもその場を立ち去ろうとするのですけれど、不意に背後から肩をたたかれました…?
「きゃっ、だ、誰かいらしたのですっ?」
 びくっとしながらも慌ててフードをかぶって振り向くと、そこには一人の、でもあのかたではない女の人がいました。
 その人は穏やかな雰囲気をしたきれいな女の人だったのですけれど、その手にはスケッチブックを持っていらっしゃって、「誰か探してるんですか?」と書かれた面をこちらへ向けていらっしゃいました。
「あ、え、えと、その…!」
 誰かいるなんて思っていなくって慌ててしまいますけれど、その人はスケッチブックに何か…「落ち着いて?」と書いてこちらへ見せ、微笑むと私の手をやさしく握ってきました…?
「あっ、い、いけません、私には衣砂さんという心に決めたかたが…」
 手を握られるなんてはじめてのことで、とっさにそんな言葉が出て…。
「…って、あれっ、わ、私ったら何を言っているのです…!」
 自分で何を言っているのか解らなくなってさらにあたふたしてしまいました。
 そんな私を見てその人は首をかしげて…「衣砂ちゃんのお友達?」と書きました?
「あ、えっと、私は…ま、まだ、お友達ではないかもしれません…」
 今までそういう人はいませんでしたから、どうなればお友達なのかも解りませんし…。
「…と、あ、あのかたのこと、ご存知なのですか…?」
 ふと気づいたことをたずねると、その人は「幼馴染です」と書きました。
 幼馴染、というと小さな頃からの…。
「…えっ、あ、あのかたの、幼馴染さんっ? あ、あわわ…そ、その、私は…!」
 「どうしたんですか?」と書かれて見せられてしまうほどに慌ててしまいましたけれど、そんなかたとお会いするなんて…!
「そ、その、私はエステル・ティターナと申します…!」
 あたふたとお辞儀をする私に対して、その人も「私は天川梨音といいます」と書いてお辞儀をしてくださいました。
「は、はい、その、不束者ではございますけれど、よろしくお願いいたします…!」
 うぅ、あのかたのお知り合い、しかも幼馴染さんだなんて、緊張します…。
 そういえば、梨音さんは何もおっしゃらず筆談でお話しされますけれど…いえ、私こそこうして顔を隠してますし、人のことは言えないです。
 と、その彼女、少し何か考えた様子になると…「ひょっとして、貴女…」と書いてきます?
「…えっ? わ、私が…どう、しましたか…?」
 彼女は微笑むと「衣砂ちゃんのこと…好きなの?」と書いて…?
「…え、えっ? どっ、どど、どうして、そんな…!」
 彼女は「乙女の勘です」なんて書いて微笑みますけれど、好き…って、あれですよね、恋とか、そういう…。
 その瞬間、私の心の中にあった、この想い…何だったのか、その答えが見えました。
 そうだったんだ、私はあのかたのことを…でも、です。
「え、えっとそ、そんなこと…そんなこと、ありませんよ…?」
 想いに気づきながらも、口から出たのは否定の言葉でした。
「あ、あのかたには、私なんてつり合いませんし…そもそも、あのかたにはきっと他に想うかたがいらっしゃると思いますから…」
 そう、ですから、私の想いはなかったことにしないと、ご迷惑をおかけしてしまいます…。
 ついさっきとっさに出た言葉、それにあのときの胸の痛みの理由も解りましたけれど、我慢しなきゃ…それなのに、梨音さんは「どうしてそう思うの?」とたずねてきます。
「だ、だって、私はこんなですし、誰かに好かれたことなんて…むしろ、ずっと嫌われ続けてきましたから…」
 そんな子に好かれては、たとえあのかたにお相手がいなくってもご迷惑かと思います…。
「それに、この間お会いしたとき、あのかた、私を抱きしめてしまったことで、とっても落ち込んでいらっしゃいましたから…あっ、えっと、抱きしめたっていっても本当、本当に事故ですから…!」
 最後の部分は勘違いされると大変ですから強調をしておきます。
 それに対して梨音さんは「衣砂ちゃんと同じことを言うんだね?」と…?
「…えっ? あのかたと同じこと、って…?」
 「気になっちゃいますか?」と書かれて微笑まれます。
「だ、だって、どういうことなのか全然解りませんし…あのかたのことなのですから、やっぱり、その、気になります…」
 「ほら、やっぱり好きなんだね」と書かれて微笑まれますけど…うぅ。
「い、いえ、ですから、そんなこと…そんなこと、ないですよ…? 私なんかに好かれても、ご迷惑をおかけするだけですし…」
 うぅ、それが解っているのに、どうして涙があふれてしまうの…?
 梨音さんは「人を好きになるのに、理由なんてないですよ?」と書いて微笑まれますけれど、でも私の気持ちだけでは…!
「で、でも、私が好きになっても、あのかたには他に想う人が…。う、うぅ、ごめんなさい…!」
 いたたまれない気持ちになって、思わず逃げる様にその場から去ってしまいました。

 ―あのかたの幼馴染のかた、梨音さんとの会話で気づいてしまった、私の想い。
 でも、こんな私の想いなんかをあんな素敵な、しかも想う人がすでにいらっしゃるはずのかたへ伝えることなんて、できるはずありません。
 お弁当を食べてくださり、素敵な笑顔を見せてくださる…それだけで、私は十分幸せ。
 ですから、どうか…ご迷惑にならない限り、これからもお会いしてください。
 そう思いながらお昼休みだけではなく放課後にも屋上へ向かう私ですけれど、その日…屋上へ降りようとしますと、あのかたの他にもう一人どなたかの姿がありましたから、慌てて離れた場所へ降ります。
 そこから様子を見てみますけれど、あのかたと一緒にいらっしゃるのは高等部の制服を着ている、そして先日お会いした梨音さんとはまた違ったかたでした。
 すらりとした何だか大人っぽい人でしたけれど、あのかたとその人とは声までは聞き取れないものの楽しそうにお話ししていらっしゃいました。
「あの人が、あのかたの想う人なのです…?」
 その瞬間胸が痛みましたけれど…大丈夫です。
 あのかたが想う人と一緒になって、そして幸せになってくだされば、私にとってもとっても幸せなこと。
 しかも、その人はかっこよくって素敵なあのかたにつり合うほどのきれいな人で、私とは大違い…。
「…うん、応援しないと、です」
 そう言い聞かせるものの、二人を見ているとますます胸が痛くなってきて…私はそのままその場を後にしたのでした。


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