あのかたに抱きしめられたりしてしまった翌日のお昼休み、私はまた屋上へと向かっていました。
 あの後あのかたがお風邪など引かれたりしていらっしゃらないか気になりましたし、それに…お渡ししたいなって思うものも、ありましたから。
 屋上の、昨日と同じベンチ…そこに今日は普通に座っていらっしゃるあのかたのお姿がありましたから、少し距離を取ったところで降りて、魔法を解除しておきます。
 どうやらお風邪などは引いていらっしゃらないみたいなのですけれど、何だか頭を抱えていらっしゃいます…?
「あ、あの…」
「なっ、何だよっ?」
 ゆっくり歩み寄って声をかけてみましたけれど、びくっとされて、さらにお顔まで少し赤くされてしまわれました…?
「あ、えっと、その…お、お邪魔、でしたか…?」
「そ、そんなことは…ねーけど、気まずくねーのかよ?」
 何だか少し言葉を詰まらせていらっしゃいます…?
「そ、それならよかったですけど…気まずいって、どうしてです?」
「よかった、のか? まぁいいけど、それより、寝ぼけてたとはいえ、あんな破廉恥なこと…」
 お邪魔でないということは嫌われていないっていうことになりますから、それで少し安心したのですけれども、それより…!
「あ、え、えっと…! そ、その、あれは、あなたが寝ぼけていただけなのですから、ど、どうかお気になさらないで…!」
 昨日のあのことを思い出して一気にどきどきしてきちゃいましたけれど、でも、とにかくそういうことなんですから…!
「気にするな、って…無理があるだろ?」
 一方のあのかたは、そうおっしゃるとため息をついてしまわれました。
 う、うぅ、昨日のことで、あんなに落ち込んで…。
「で、でも、あなただって誰かも解らずにしたことだと思いますし…その、ですから、ため息なんてつかないで…?」
 そんなあのかたを見ていると胸が痛くなってしまって、何とか元気を取り戻していただこうと声をかけますけれど、私には無理みたいで…あのかたはうつむいてしまわれました。
 やっぱり、私なんかにあんなことをしてしまったので、後悔をしていらっしゃるんですよね…。
「あ、あの、ですから、誰だか知らずにしたことなのですし、そんなに落ち込まないでください…」
 そんなあなたを見ていると、とっても悲しくなってきてしまいます…。
 あんなに落ち込んでいらっしゃるということは、えと…どなたか想う人がいらっしゃるのに私なんかにあんなことをしてしまったから、ということでしょうか…。
 あれっ、何だか胸の痛みが大きくなってしまいました…でも、今は私のことよりあのかたのことです。
「…あっ、そ、そうです、今日は、あなたに持ってきたものがあるのですけれども、よろしければ…」
 少しでも気を紛らわせていただこうと、ふと思い出したあれのことを提案してみました。
「な、何だよ?」
「は、はい、先日お菓子をいただいたりいたしましたから、そのお礼で…お弁当を、作ってきたんです」
 魔法でしまっておいたお弁当箱を出しましたけれど、緊張します…。
「その、私の手作りですから、お口に合うかは解りませんけれど、もしよろしければ…ど、どうぞ…」
 でも、これで昨日のことで落ち込まれたあのかたの気分を少しでも変えられるかもしれないんですから…ですから思い切ってお弁当箱を差し出しました。
「礼なんて、別にされる覚えはねーんだが…」
「いえ、だって、あれは私にとってはじめての…。それに、あなたっていつもお菓子ばかり食べていらっしゃる印象がありましたから、きちんとしたお食事も取っていただきたくって…」
「ふぅん…何か知らねーけど、ありがとな?」
「い、いえ…」
 お礼を言われただけで胸が高鳴ってしまいました。
「…お、これはおいしそうだな。本当に、食べていいんだな?」
 さらに、お弁当箱を開けられてそう言われて、嬉しい気持ちにもなってしまいます。
「その、もちろんです…あ、あなたのために、作ってきましたから」
 私はこれまで長い間一人で旅をしてきましたから、料理は普通にできるのですけれども、でも誰かに食べていただくのははじめてですから、どきどきしてしまいます。
「お、おう…いただきます」
「は、はい、どうぞ…」
 あのかたが、私の作ったお弁当を食べはじめてくださいました。
 お口に合ってくださるでしょうか…うぅ、不安が大きくなってきてしまいました。
「なっ、何だよ、お前も食べたいのか?」
 と、ローブのフード越しとはいえあまりに見つめすぎてしまったためか、手を止めたあのかたにそんなことを言われてしまいました。
「い、いえ、その…お、お口に、合いましたか…?」
「うん、おいしいよ」
 おそるおそるたずねる私に、笑顔でのお返事…。
「あ…よかった、本当に…」
 おいしい、と言っていただけて、とっても嬉しい…それに、元気も戻ってくださったみたいです。
 うぅ、いけません、何故だか少し涙があふれそうに…。
「ほら、お前も食うか?」
 と、あのかた、一つまみした具をこちらへ差し出してきました…?
「えっ、そ、それはあなたのために作ったものですし、それに、そんなこと…!」
「遠慮すんなって、一人で食べるよりそっちのほうがいいし、本当においしいしな…ほら、あーん」
 あたふたしてしまう私に対して、あのかたはそうして…直接食べさせようとしてくださいます?
 そ、そんな、ただでさえ食べるのはどうかと思いますのに、あんなかたちで食べるなんて…い、いいの?
 あのかたからおっしゃっていらしたことを簡単に断ることもできなくって…結局、そのまま一口いただいてしまいました。
 うぅ、よく考えたら、これってあのかたの使っていらしたお箸で直接…!
「ほら、おいしいだろ?」
 そんなことを聞かれますけど、味なんて解るわけもなくって、恥ずかしさに声も出ずただ激しくうなずくことしかできません。
「ふっ…何かかわいいな、お前」
 と、あのかた、そう言って微笑まれました…?
「…えっ!? どっ、どどどどうしてですっ?」
「いや、説明できないけど、何か…」
 あり得ないことを言われて慌てふためいてしまう私に、あのかたは少し顔を赤くされつつ言葉を詰まらせます。
「そ、そそそそんな…私なんて、こんな格好なのに…」
 そうなんです、私って顔まで隠した黒いローブ姿なんですから、そんなこと言われるはず…!
「格好とか関係ねーよ」
「で、でもでも、私は…は、はぅ…」
 どうしたらいいのか解らず慌てるうち、フードの部分がはだけてしまいました…!
「…何だよ、言いたいことがあるなら、言ってみろよ?」
 あのかたはやさしげな口調でそうおっしゃると、私の頭をなでてきます…!
「わっ、わっ…そ、その、はぅ…」
 私はもう気を失ってしまいそうなほどどきどきしてしまって、それ以上何かを言うことはできなくなってしまいました。

 ―あの日から、お昼休みには屋上であのかたに私の作ったお弁当を食べていただける様になりました。
 あのかたにどなたか想う人がいる、と知ったときの胸の痛みは気になりましたけれど、でも…おいしそうにお弁当を食べてくださる、ただそれだけで今までに感じたことのないほどの幸せを感じますから、私はそれで十分…。


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