―いよいよ、完成したものをあのかたへお渡しするときがやってきました。
 心を落ち着けて…うん、大丈夫ですよね。
 あのかたの気配は学園からそう離れていない公園から感じられましたから、そちらへ…いつもの癖で姿は魔法で隠していますけれど、きちんと制服姿です。
 ひと気のない公園で、でもベンチに人影が一つだけ…それは座ってお菓子を食べていらっしゃるあのかたで、そのお姿を見た瞬間、胸が一気に高鳴ると同時に緊張も増してしまいます。
 …大丈夫です、私は…あのかたのお力に、なれるのですから。
 大きく深呼吸をして、ゆっくりとあのかたへ歩み寄ります。
「…あたし、嫌われてんのかな…?」
 と、お菓子を食べる手を止めたあのかたが、少し落ち込んだ様子でそう呟かれます…?
「嫌われて、る…?」
 不思議になりますけれど、どうやら私のことには気付いておらず、独り言みたい…。
 あのかたが私に気づかないのは珍しいですけれど…。
「どなたに…」
 そのあのかたの前で足を止めてふと呟いてしまいましたけれど、やっぱり想うかたがどなたかいらっしゃるのでしょうか…。
「…やっぱり、抱きしめちゃったのがまずかったのかな…エステル…」
 しゅんとしかけた私の耳に届いたのは…私の名前?
「…えっ? い、衣砂さん、何を言っているんですっ?」
「ふぁっ!? なななな…いつからそこに!?」
 あっ、い、いけません、つい大声を…慌てて魔法を解除します。
「え、えっと、その、つ、ついさっきから…あ、あのっ」
「え、えっと、何か聞きましたか…?」
 あのかたもとっても動揺していらっしゃるのか口調が変わってしまわれました…けど、私のことで不安げになっていらっしゃる…?
「い、いえ、その、あの…わ、私が衣砂さんを嫌っているとか、そんなことは絶対にありませんからっ! だって、私はあなたのことがずっと、ずっと大好きだったんですからっ!」
 叫ぶかの様な私の言葉にあのかたは固まってしまわれました…って?
「あ…あ、わ、わたし…っ」
 いま、勢いに任せてとんでもないことを…ずっと心の中へしまっておかなくてはいけないはずのことを言って…!
「…い、いえ、今のは、何でも、何でもなくって…!」
「…嬉しい、よ?」
 慌てる私ですけれど、あのかたは少し涙目になって…?
「ずっと、嫌われてるかと思ってたから…」
 そして、恥ずかしそうに微笑まれます…?
「そ、その、ですから、今のは…えっ? え、えっと、どうして、私が衣砂さんを嫌うなんてことが…」
 私の言葉を否定することより、あのかたの言葉のほうが気になっちゃって…今まで、ずっとそう思われていらしたのです…?
 でも、そんなことあるはずないと解っていただけたのでしたら…安心して、私も泣きそうになってしまいます。
「…全く、泣くなよな?」
「は、はぅ、だ、だって…」
 そんな私のことを、あのかたはベンチから立ち上がるとやさしくなでてくださいました。
 うぅ、こんな私にもったいない…って、い、いけません、肝心なことを忘れてしまってますっ。
「あ、あのっ、それより、お身体の調子は大丈夫ですか?」
 そうです、今はこのためにきたのですから…!
「身体は大丈夫だから、心配すんな…」
 そうおっしゃるあのかたには確かに苦しげな様子などは見られませんけれど、でもまだあの問題が解決したというわけではないはずです…。
「い、いえ、でも、私、魔力を抑えるアイテムを作成いたしましたから、その…それを、あなたに使っていただきたくって…」
「…魔力を抑える?」
「は、はい、この指輪をつけていただければ、衣砂さんの魔力を抑制できて、安定するはずです…」
 そうして私が取り出したのは、きれいに装飾された指輪…これが、魔力を抑制するために私が作ったもの。
「そうか…あたしのために、ありがとうな?」
「そ、そんなっ、私、あなたのためでしたら何でも…っ」
 はぅ、どきどきしてしまいます…けれど、あのことをきちんと説明しなくってはいけませんよね。
「ただ、その、これには少し問題がありまして…えと、嫌でしたらおっしゃってくださいね…?」
「…問題?」
「は、はい、本来でしたらその指輪一つで効果があるのですけれど、私が純粋な精霊でないからか、うまくいかなくって…それで、私が同じ指輪を身につけて、そこから私の魔力をもう一つの指輪へ、というかたちになるんです…」
 この方法はそうすることによって別に私の魔力が消費される、というわけではないのですけれども…。
「ですから、その、指輪を通じて私と衣砂さんとがずっと繋がっている、というかたちになっちゃうのですけれど…そ、そんなの、やっぱり嫌、ですか…?」
 そう、問題とはそのこと…私なんかとそんなふうになるのはさすがに嫌かも、ですよね…。
 その場合は、また別の方法を、はやいうちに考えないといけませんけれども…。
「…それって、ずっとエステルと一緒にいられるってことか?」
 と、少し考え込まれたあのかた…そうおっしゃいます?
「えっ、と…そうなって、しまうでしょうか…。その、私としては、衣砂さんとずっと繋がっていられるなんて、こんなこと言ってはいけないのかもしれませんけれど、とっても嬉しくって…あっ、い、いえ…!」
 また思わず本音が出てしまって、思わず口をつぐみます…けれど。
「あたしも…嬉しいよ? そんなことなら、望むところだ!」
 あのかたはそう言って微笑んでくださいました…?
「えっ、よ、よろしいのです…? あの、その、私なんかと繋がっていて、ご迷惑だとか、そんなことは…」
「…エステル、一回しか言わないから…ちゃんと聞くんだぞ?」
「えっ、あ、あの…?」
 真剣な表情で見つめられて、私の胸は今までにないくらい高鳴ってしまいます。
 どきどきしながら、そして全く動くこともできないままに、あのかたのお言葉を待ちます…。
「あたしは、エステルが好きだ…お前がほしい!」
 衣砂さん、そうおっしゃりながら私の肩を抱きますけれど…い、今の、聞き間違いではないの、です…?
「えっ、い、衣砂さ…そ、それって、その…?」
 夢であっても望めないと思っていたこと…でも、確かに今…!
「だから、この指輪…二人同じのをつけて、これからもずっと一緒にいよう、な?」
 微笑みながらあのかたは指輪を手にして…これは、夢じゃないです、よね…!
「う、うぅ…い、衣砂さんっ」
 この想いが、私一人のものではなかったなんて…感極まって、涙をあふれさせながら抱きついてしまいました。
「全く…だから、泣くなよな?」
 そんな私をやさしく抱きしめてくださるあのかたも、泣いていらっしゃるみたいでした。

 ―私はこれまでずっと一人で、これからもそうだと思っていました。
 はじめて、大好きな人ができて…でも、とても素敵なそのかたに私の想いを届けるなんて、絶対に無理だって思っていました。
 でも、私の想いと、衣砂さんの想い…二人の想いは同じで、そして重なって、一緒になったんです。
 あのかたのお身体も大丈夫になって、もうこれ以上望むことなんてないくらいですけれど、そんな私たちにさらなるよい報せがありました。
 それは…私も、そして衣砂さんも、トライアルの課題が合格となった、というものです。
 私の場合、魔力を抑える指輪が評価されたそうで…正直に言うと課題のことは完全に忘れていたのですけれど、よかったです、よね…?
 あのかたの課題は、どうやら自分の想いに正直になる、といったことでしたみたい…。
 衣砂さんの、正直な想い…私にはもったいなさすぎますけれど、とっても嬉しく、幸せです。


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