あれから数日後の放課後…私はまた屋上に降り立っていました。
 別に、先日の人に会えることを期待したわけじゃない…証拠に、きちんと空から誰もいないことを確認してから降りましたから。
 そう、やっぱり一人で落ち着けるのはこの場所が一番かなと、そう思っただけです。
 姿を消す魔法も解除して、顔を覆っていたフードも脱いでおきます。
「ふぅ、風が気持ちいい…」
 ほぼ一日中力を使ったり顔を隠したりしていましたから、ようやく一息つけます。
「よぉ! 今日は隠れてないんだな」
「…きゃっ?」
 そんなとき突然背後から声がかかってきたものですからびくっとしてしまいましたけれど、誰かいたの…?
「えっ…あ、そ、その…!」
 振り向くと確かに人がいましたからフードをかぶりなおそうとしますけれど、慌ててしまってうまくいきません。
「何だよ、そのあからさまな感じは。いい年して人見知りか?」
 その間にその人はこちらへ歩み寄ってきてしまいましたけれど、何とかフードはかぶりなおすことができました。
「そ、そんなことは…あるかもしれませんけれど、ごめんなさい…」
「…何謝ってるんだよ?」
「その、ご気分を害されてしまったのでは、って…」
「はぁ? あたしみたいな不良に警戒するのは普通じゃんか」
「ふ、不良さん、なのです…? え、えと、でも、あなたは、この間もここにいらした…?」
 不良との一言に少しびくっとしてしまいながらもちらりとその人の顔を見てみると…声といい、間違いなく先日ここでお会いした人でした。
「ま、あたしはだいたいここにいるからな」
「そう、なのですか…?」
 確かに誰もいないと思ったのに…でも、まさかまたこの人にお会いできるなんて、思いもしませんでした…。
「まぁ、暇だし…それに隠れるのにもちょうどいいしな?」
「…隠れる?」
 私はいつも隠れてばかりですけれど、この人が隠れる必要なんて…。
「…あっ、もしかして、不良の喧嘩相手とか、ですか…?」
 先ほどの言葉を思い出して、またびくっとしてしまいます。
「まぁ、そんなところかな?」
「そ、そんな…今からでも遅くありませんから、全うな道を歩まれたほうが…」
「ふぅん…びくびくしてる割にははっきり言うんだな、不良相手に」
「あっ、ご、ごめんなさい…!」
「だから、謝ってるんじゃねーよ」
「そ、その、ごめんなさ…!」
 言われたばかりのことを言いそうになって慌てて口をつぐみます。
「全く…とりあえず、すぐ謝るな。舐められるぞ?」
「だ、大丈夫です、私とお話しする人なんてそうはいませんし、それに…私は、ずっと逃げてばかりですから…」
「あたしだって逃げてばかりさ」
「…えっ?」
 意外な言葉に言葉を詰まらせますけど、先日、この人が私と似ていると言っていたのは、もしかして…でも…。
「そ、そうでしょうか…とてもはっきりしていらして、とてもそうには…」
「あたしにも色々あるんだよ…ま、あたしの場合はたいしたことないだろうけどさ」
「あ…そ、そうですよね、どんなかたにだって、きっと何か…」
 この人が隠れると言ったのも、その事情によるものなのかも、ですね…。
「ま、でも考えても仕方ないし、気楽に行こうじゃん?」
 でも、そこで明るく笑うのは明らかに私とは違って…この人は強いんですね、って感じます。
「ま、とにかくさ…食うかい?」
 と、不意に私へお菓子の箱を差し出してきました?
「えっ…い、いいんです?」
「あたし一人で食べても仕方ないだろ?」
「そ、そうなんです…? でも、私なんかに…その、ありがとうございます」
「礼はいいから食えって」
「は、はい…」
 遠慮がちに、箱の中からお菓子を一つ取り出させていただきました。
「にしても、やっぱりあたしって不良に見えるんだな。さっきの言葉、半分冗談だったんだけどな」
 ちょっと緊張しながらお菓子を口へ運ぼうとした瞬間、そんなことを言われてしまいました。
「えっ、ど、どうなのでしょう…私、あなたがああおっしゃったからそうなのかな、って思っただけですし…」
 緊張気味なのは、誰に対してもそうで…顔を隠してうつむいてしまって相手の顔をしっかりと見ないのも、やっぱり誰に対してもそうなのでした。
「…つうか、ちゃんと目を見て話せよなっ!」
 そんな態度の私にその人はそう声をあげて…強引にフードを取り払ってしまいました…!
「えっ、きゃっ…はわ、え、えっと…!」
「ちゃんと目を見なよ?」
 突然のことに慌ててうつむいてしまいますけれど、すぐそばからその人の視線を感じてしまいます。
 こ、こんな近くで、しかも隠れたりしないで人と顔を合わせるなんて、そんなこと…とっても恥ずかしい上に不安ですけど、観念しておそるおそる顔を上げてみます。
「…何だよ、普通にかわいいじゃねーか」
「えっ…か、かかかわいいっ? そっ、そんなこと、ありません…!」
 視線の合った瞬間おかしなことを言われて、あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になってしまったのが自分でも解って、慌ててフードを深くかぶりなおしました。
 しかも、一瞬目が合って微笑んできたその人はとってもきれいで…何だか胸がどきどきしてしまうんです。
「おいおい、そんな恥ずかしがらなくってもいいだろ?」
 そうは言われてもどきどきは全然収まりません。
 それに、お菓子までいただいたりして…人に何かをいただくなんてことも、これがはじめてなんです。
「え、えっと…ご、ごめんなさいっ」
 胸のどきどきに、はじめてのこと…色々なことが混ざり合ってどうすればいいのか解らなくなった私、その場から逃げる様に飛び去ってしまったのでした。

 ―結局、私はまた逃げてしまいました。
 でもそれは、今までのものとは違って…不安や恐怖から逃げたわけではありません。
「私、どうしちゃったのかな…」
 まだお名前も知らない、二度お会いしただけの人…言葉遣いはきついですけれどやさしい、そしてとってもきれいな人。
 あのかたのことを考えると、胸がどきどきします…こんなこと、今までありませんでした。
「また、お会いしたい…」
 さらにそんなふうにまで思ってしまって…今まで人を避けることばかり考えていた私がそんなことを思ってしまうのも、もちろんこれがはじめてのことでした。


次のページへ…

ページ→1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21

物語topへ戻る