―そうしていよいよはじまった天姫トライアル。
 この学園へ入らせてもらってから一応学生寮で生活をしてきたもののそれも一人部屋なことを思うと、こうしてそう広くない場所で集団での共同生活なんて、かつて逃げ出したあの場所以来のことになります。
 見知らぬ人たちと、しかも慣れない制服姿で一緒に過ごす…とっても緊張し、また不安になって逃げ出したい気持ちにも駆られますけれど、そうもいきません。
 だって、ここにはあのかたもいらして、私はそのあのかたと頑張ってこのトライアルを乗り切らないといけないんですから。
 そう、そのはず…なのですけれど、合宿がはじまってわずか数日で、私の心の中は暗い気持ちばかりが包み込んでしまっていました。
 やっぱり誰かと接するのが怖くって、つい皆さんを避け、一人でいようとする…と、これは以前からそう変わらないことでした。
 私がより気になるのは、あのかたのこと…。
 あのかたもあまり積極的には皆さんと接しているわけではないのですけれど、でも私とは違って避けたりはしませんし、仲よさげに話していらっしゃることもあります。
 あのかたと皆さんが仲良くされる…それはとってもいいことのはずなのに、なぜでしょうか、その様子を見ていると胸が痛くなってくるんです。
 いえ…胸の痛みの理由、それは解っていて…。

 私は、どうしたらいいのか…気持ちがまとまらないままに、あのかたとも距離を取ってしまって。
 でも、やっぱりおそばにいられたら…という気持ちも捨てることができなくって、お昼時にお弁当の入ったバスケットを持って屋上へ向かってしまいます。
 姿を消す魔法の使用を合宿中禁止されてしまったこともあり、直接空から向かうのは不安でしたので階段から屋上へ入ってからあたりを見回します。
 屋上には人の姿はなさげ…ですけれど、よく見るとベンチの上に横になっている人の姿がありました。
「あ、あのかた、いらっしゃいます…けど…」
 もう一度あたりを見回しても、他には誰の姿もないみたいです。
 それに、どうやらお休みになっているみたいですし、今でしたらおそばに歩み寄っても大丈夫そう…?
「あづ…」
 おそるおそる歩み寄ってみると、あのかたのそんなつぶやきが耳に届きました…?
 思わずベンチの数歩手前で足を止めてしまいましたけれど、私のことに気付いた、というわけではなさそうで…。
「…暑そう?」
 今日もお天気は晴れで、たとえ日陰でも外にいたら暑いのは当たり前です。
「えっと、お休みされているみたいですし、でしたら…」
 このままにしておくことなんてできなくって、その場で呪文を詠唱…あのかたのまわりを涼しくする魔法を発動しました。
 うん、これできっと大丈夫なはず…。
「…きゃっ!?」
「…きゃっ!?」
 と、あのかたが悲鳴の様な声をあげて飛び起きるものですから、こちらもびくっとしてしまいました。
「なっ、何だよいたなら声かけろよ!」
「あっ…お、起きて、いらしたのです…!?」
 てっきり眠っているものとばかり思っていましたから、思わず数歩後ずさってしまいます。
「…何で離れるんだよ? さみしいじゃねーか…」
「…えっ、あの、何かおっしゃいました…?」
「別に何でもねー」
 そうしてぷいっとされてしまって…うぅ、よく聞き取れなかったのですけれど、どうされたのでしょう…。
「それより、何で離れるんだよ?」
「あっ、えっと、その…わ、私が一緒にいては、ご迷惑かな、って…」
 それはとってもさみしいことでもあって、ついしゅんとなってしまいます。
「誰もそんなこと言ってねーだろ?」
「で、でも、トライアルがはじまってから、皆さんと楽しそうにお話ししていらっしゃいますし…」
 うぅ、胸の痛みが大きくなってきてしまいます…。
「お前だって、混ざればいいじゃねーか」
「で、でも、その、あの…私は、あなたのおそばにいられれば、それで…」
 ご迷惑になる、そして何だか恥ずかしくもなって、消えてしまいそうなほどの小声になってしまいます。
「ん、何か言ったか?」
「い、いえ、何でも…その、ただ、えっと、私がそばにいるせいであなたと皆さんとが仲良くなるのをお邪魔してはいけませんから…っ!」
「何言ってんだ、お前は?」
 慌てるあまりつい出てしまった言葉にあのかたは呆れた様子…うぅ、でも、これって本当のことですし、口に出てしまったからには、ちゃんと言わないと…!
「だ、だって、だって…うぅ、他のかたと仲良くなるほうが、あなたにとって楽しいと思いますし…」
 なのにこんな私がいたら、それもできないでしょうから…そう、私がそばにいないほうが、あのかたのため…。
 それなのに、とっても胸が痛くなって、涙があふれそうに…。
「…バカかお前は」
「うぅ…えっ?」
 そんな私にかかってきた一言に、うつむきかけていた顔を思わず上げます。
「あたしの気持ちを勝手に決めんなよ」
「あ…そ、その、ごめんなさい…」
 うぅ、確かに、あれは私の勝手な想像ではありました…。
「で、でも、それでしたら…あ、あなたは、どう思って…」
 ですからついそうたずねてしまいましたけれど、答えが怖くって自然と震えてしまいます。
 そんな私を、あのかたは…不意に抱きしめてきますっ?
「…っん」
 さらに、私に頬ずりまでしてきて…!
「えっ、あ、あの…っ!?」
 もう、どうなっているのか解らなくって私はただただあたふたしてしまって、手に持っていたバスケットも思わず落としてしまいました。
「これで…あたしの気持ち、解ったか?」
 さらに、抱きしめられたまま耳元でそうささやかれてしまいます…!
「えっ、き、気持ち、って…!」
 こ、こんなことをされるなんて、えっと…き、嫌いではない、ということですよねっ…?
 いえ、むしろまさか…うぅ、どきどきしすぎて何も考えられません…!
「で、でもでも、こ、こんな、私なんかに…!」
 そ、そうです、あのかたが私なんかに、私と同じ想いなんて抱いてくださっているはず…!
「…全く」
 と、あのかたは固まってしまっている私からゆっくり身体を離します。
「つうか、私なんてって言うのもうやめないか?」
 そして、こちらを見つめそうおっしゃいます…?
「えっ、あ、あの…?」
「お前は自分を過小評価しすぎだ。だいたい、何でそんなに自分を卑下するんだよ?」
「えっ、そんな、私は…」
 全くそういうつもりはありませんでしたから、言葉を詰まらせてしまいます。
「私は…どうかしたのかよ?」
 でも、あのかたはお返事をお待ちしておりますし、何か答えないと…その、私が自分のことを、ですよね…。
「…昔から、色んな人に嫌われてきて…だから、私なんて…」
 人にご迷惑をおかけしたり、そういうことしかできない存在なのかな、って思ってしまうのです…。
「…トライアルのメンバーに、坂上りそなっているだろ?」
 と、気持ちが沈みそうになる私に、あのかたはそうたずねてきます…?
「えっ…えっと、はい、いらっしゃいますけれど…」
 とうとつにだされたお名前に戸惑ってしまいますけれど、そのかたは確かとっても元気で明るいかたでしたはずです。
「あいつ、鬼らしくてさ…昔、色々あったんだってよ? でも、あいつアホみたいに明るいんだぜ?」
「あ…そ、そうなのです?」
 それは、境遇は私とよく似たもの…でしたけれど、私と坂上さんとでは今の姿は全く違います。
 過去のことを恐れ、逃げてばかりの私とは違った、ということでしょうか…。
「あいつ見てると、考えるのも馬鹿馬鹿しくなるよな?」
 あのかたはそうおっしゃいますけれど、私はちょっと考えてしまいます。
 私は、過去にばかりとらわれてきて、ずっと逃げてばかりでしたけれど…でも、ずっとそれでいいのでしょうか。
「…全く、だからそんな難しく考えすぎんなよ」
 と、あのかたが頭をなでてくださいます…?
「難しく、それに急いで考えなくってもいいんだし…それより、それってお弁当だよな? 今日も作ってきてくれたのか?」
「あ…は、はいっ。落としてしまいましたから、中が崩れていなければいいんですけど…!」
 慌ててバスケットを拾いますけど…そうです、今はあれこれ考えるより、あのかたとご一緒にいることのできる時間のほうが大切。
 おそばにいてもご迷惑でない、とおっしゃってくださったのですから…こんな嬉しいことはありません。


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