暑い夏を迎えて、学校ももうすぐ夏休みという長いお休みの時期に入ります。
その間はあのかたにお会いできないのでしょうか、と少しさみしくもなってしまいますけれども、そんな私のもとへもたらされた、珍しく私へ声をかけてきた先生から渡されたお手紙…そこには、あのかたに一時的にお会いできなくなるなんてどころではないことが書かれていたのです。
それを読んだ私はショックで、屋上へ行くこともできず、誰の姿もなかった公園の端にあるベンチへ一人、もちろん姿を消して座り込んでしまいました。
「うぅ、このままじゃ…そう、なっちゃうの…?」
最悪の展開がよぎってしまって、悲しくなってきます…。
「あのかたとご一緒の場所に、いられなくなっちゃう…」
そして、このままではその可能性はかなり高くって…一人、泣きそうになります。
「…全く、何してんだ?」
「…えっ?」
不意にすぐそばからかかる声に顔を上げると、私の前に一人の…。
「…あっ! えっ、い、衣砂さ…ど、どうして、ここに…!」
「そんなことは、どうでもいいだろ?」
そう、私の前に現れたのはあのかたで、突然のことに固まってしまいます。
そして、私の姿はいつもの様にいつの間にか普通に見える様になっていて…どうして、いつも気づかれてしまうのです…?
「…お前、泣いてんのか?」
「あっ、こ、これは、えと…!」
見上げた拍子にフードもはだけていて、涙が見えてしまったみたい…心配げにたずねられますから、慌てて涙を拭います。
「…誰かにいじめられたのか? だったら、あたしがぶちのめす」
「えっ、い、いえ、そんなことはありませんし、そんなことしていただくわけには…!」
でも、私なんかのためにそうおっしゃってくださるお気持ちはとっても嬉しいです。
「うぅ、本当に、このことは私が悪くって…もしかすると、あの学園を去らないといけなくなるかもしれないんです…」
「はぁ? どういうことだよ…何でそんなことになってんだ?」
「あ、あの、えと、その…」
苛立たれたご様子のあのかたに言葉を詰まらせてしまいます…けど、私のことを心配してくださっているからこそだと思いますし、それを黙っていては、いけませんよね。
「その、こんなものを、先ほど渡されてしまいまして…」
ちょっとしゅんとしてしまいますけれど、ともかく例のもの…一枚のプリントを取り出し、あのかたへお渡しします。
「…天姫トライアル? 何だ、これ…?」
そのプリントを見たあのかたは首を傾げてしまわれますけれど、プリントの表題が「天姫トライアル参加告知」とあり、内容はそれについての説明になっていました。
「え、えと、学園の高等部の生徒さんから、特に問題のある生徒さんが七人ほど集められて、夏休みに合宿を行うみたいなんです」
その説明について、ごく簡単にお伝えします。
「それで、その合宿で出される課題がダメだった場合、退学処分になるみたいで…」
「で、選ばれちまったのか?」
こくん、と小さくうなずきます。
「お前より、あたしのほうが問題児な気がするが…」
「ずっと姿を消しているのが、よくなかったのでしょうか…」
「まさかとは思うが…授業中も消してんのか?」
またこくん、と小さくうなずきます。
「…出席者に数えられていない、っていう可能性はないのか?」
「あ…そ、それは、どうなのでしょう…」
今まで思い至りませんでしたけれど、姿が見えないのでは…そうなって、しまいます?
「でも、試験はきちんと書いて、解答用紙も出していましたけれど…」
「…テストの答案、もしかして返ってこなかったりしないか?」
「あっ…えっと、そういえば、受け取ってません…」
「やっぱりか…」
うぅ、ちょっと呆れられた様に笑われてしまいました。
「もしもお前が教師だったとして、回収した答案の中にいなかった人間の答案が混じってたらどう思う?」
「え、えと、それは…やっぱり、間違いか悪戯か、不思議に思っちゃいます…?」
「その程度ならまだいいけどな、能力を使って不正したと思われてもおかしくない。真面目に受けても、姿を消してるんだからな」
「そっ、そんなことはしてません…けど、そう、ですよね…。うぅ、そこまで頭が回りませんでした…」
いかに自分が隠れることしか考えていないかっていうことが解っちゃって、それ以上返す言葉もありません…。
「あたしみたいに魔力が透過できれば…」
あのかたはそう言いかけるのですけれど…そのとき、公園に誰かがやってきたのが見えました。
それだけでしたらまだしも、その人、こちらへ向け駆けてきます…?
「わっ、だ、誰かきました…!」
急なことで魔法も使えず、慌てて木の陰へ逃げ込んでしまいました。
でも、先ほどのあのかたのお言葉で、どうしていつも姿を消した私のことが見つかってしまうのか、解った気がしました。
「…って誰だよお前!」
そのあのかたは、そばへ駆け寄ってきた人へ怒鳴り気味に声をかけています。
私はそれを木陰からおそるおそる見守りますけれど、現れたのはにこにこした、でも大人の女性…あのかたに、ご用があるのでしょうか…?
「あらあら、まあまあ、私は天姫学園の教師の如月葉月ですよ〜?」
「教師? あんたなんか知らねーよ!」
相手が先生だと解っても、あのかたの態度は変わりません。
「あらあら、お会いするのはこれがはじめてですものね〜」
そして、先生のほうも変わらずにこやかな様子のままです。
「えっと、あなたが東堂衣砂ちゃんですね…ずいぶん探し回っちゃいました〜」
「ちゃんとか呼ぶな、気持ち悪い」
うぅ、あのかたのご機嫌がかなり悪くなってます…。
「あらあら、あなたに急いでお渡ししないといけないものがあったんです〜」
でも先生のほうもやっぱり態度を変えず、あのかたに何かをお渡しします。
「じゃあ、中をちゃんと読んでくださいね…それじゃ、さようなら〜」
そして、先生は去っていきました…。
「え、えっと、行っちゃったみたいですけど、どうしたの…?」
それを確認してから、あのかたへと歩み寄ってみます。
「…封筒? 何か…嫌な予感しかしないんだが」
あのかたは手渡されたものをあけてみます…けれど。
「あ、その封筒…」
それが私にとって見覚えのあるもので言葉を詰まらせてしまいましたけれど、まさか…。
封筒の中から出てきた一枚のプリントへ目を通すあのかた…。
「…ふ、ふふふ。エステルとお揃いですね…あはは」
と、普段と少し違う口調になってしまわれましたけれど、それって…!
「あ…え、えっと、その…! うぅ、いす…あ、あなたが、選ばれてしまうなんて…!」
私とお揃い…つまり天姫トライアルに選ばれてしまった、ということ…。
「…お、思い当たる節がありすぎる!」
顔を青くしてしまわれますけれど、でも私よりひどいっていうことはないはずですし、それに…!
「で、でも、あなたでしたら、きっと大丈夫ですから…ですから、どうか、しっかりなさってくださいっ!」
そう、大丈夫、大丈夫なはず…ですけど、あのかたが夏休みの間つらい思いをしなくてはいけないことに変わりはなくって…それも悲しくって、少し涙があふれそうになります。
「ちょっ、泣くんじゃねーよ!」
「あ、ご、ごめんなさ…」
「お前も頑張るんだよ! お前のいない学園なんて、通う意味なんかないんだよ!」
「そ、そうですよね、頑張れば、学園をやめて衣砂さ…あ、あなたとお別れすることも…えっ?」
あのかたの強い口調にうなずきかけましたけれど、その最後の言葉に固まってしまいました。
「あ、あの、それって、どういう…?」
私の聞き間違いなどでないならば、その…えっ?
「い、いや、今のは…な、何でもねーよっ!」
と、あのかたがお顔を真っ赤にされてそうおっしゃるものですからそれ以上は何も聞き返せなかったのですけれど…そんな、私と同じことを思ってくださっている…?
でも、どうしてあのかたがそんな…まさか、そんなこと…!
色々混乱してしまいますけれど、確かなことは一つ…私もあのかたも、天姫トライアルに参加しなければならない、ということ。
どうなってしまうのか不安だらけですけれども、あのかたと同じ場所にいられるために、頑張らないといけません、よね…!
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