〜真綾さんの病気と幸菜さんの秘密〜
―時間があるとき、私…雪野真綾はよく屋上へ足を運ぶ。
風が心地よいそこは、私の大好きなあの子がいることが多いもの。
今日もまた、あの子に会えることを密かに期待しながら、屋上へ足を踏み入れる…けれど、ぱっと見た限りではあの子の姿は見られなかった。
でも誰もいないってわけではなくって、あの子がよく座っているベンチに人影が一つ…あら?
「あそこにいる子…服装や顔立ち、体格といい、あの子によく似ているわね…」
白衣を着た、中等部くらいの女の子…ただ、髪が金髪なうえに長めになっているから、あの子ではない。
「ご、ごきげんよう」
と、その女の子、私の視線に気づいたのか、立ち上がってこちらへ歩み寄ると声をかけてきた。
「あっ、え、ええ、こんにちは…どうかされたの?」
彼女の様子、少し緊張している様に見えたのが気になった。
「…ひょっとして、気がついてない?」
彼女、何かを呟いた様な気もしたけれどよく聞き取れなくって…なぜか私のことを見つめてくる。
「…ん、私の顔に何かついてる?」
ちょっと気になるけど…気になるっていえば、あれよね。
「それにしても、貴女…やっぱり、とても似ているわね。髪の色や長さが違ったら本当にあの子そのもの…あっ、ね、貴女ってもしかすると真田幸菜ちゃんの姉妹とか親戚とかだったりしない?」
ふとそんな風に感じたの…だって、声までそっくりだったのだもの。
でも、そうだとしたらあの髪の色はどういうことなのかしら…まさか染めたとかいうのなら、もったいなさすぎる。
「…ふぅ。姉妹でも親戚でもなく、本人なんですけど…」
と、その子、そんなことを呟く…?
「…あら、今何か言った? 本人、って…どういう意味?」
首を傾げる私の前で、その子はつけていたウィッグを外すのだけれど…瞬間、彼女の髪の色と長さが一瞬で変わっちゃった?
「…え? 幸菜、ちゃん…よね? えっと…あれっ、私、何か幻覚を見ていたのかしら…」
それは間違いなく幸菜ちゃんで、ならついさっきまでのは何だったのか…思わず目に手を当てちゃう。
「…本当に黒髪しか見えていなかったんですね…」
あの子はといえば、何だか少し呆れ気味…?
「いえ、そんな、あんな一瞬で髪の色や長さが変わったら、誰でも驚くと思うのだけれど…えっ、さっきのはどういうこと?」
私のほうはまだちょっと戸惑い気味だけど、さっきまでのはあの子の変装だったのね…。
「いえ、先輩に声をかけられた…という話を色んな子から聞いたんです。そしたら、見事に黒髪の子ばっかりで…もしかしてと思ったら、案の定…」
「それはそうよ、私は理想の大和撫子に会うために日本へきたのだもの。黒髪乙女こそ至高の存在、そう思わない?」
私の言葉にあの子は何か考え込んじゃった?
う〜ん、私としても、どうしてそんなことを人に聞いて、さらにあんなことしたのか気になる…。
「なるほど…これは重い病かもしれません」
あの子がそんなこと呟いたけど、それと同時に私も彼女の行動理由が閃いたの。
「あ、なるほど…もしかしてやきもちをやいてくれているのかしら」
「にゃっ!? べ、別にやきもちなんてやいてません! 気になっただけです、単純に…知的好奇心で!」
とっても慌てて、しかも真っ赤になっちゃった…もう、かわいいんだから。
「うふふっ、本当にかしら…どちらにしても、私のことが気になったからそんなことをわざわざ聞いて回ったのよね…やっぱり、何だか嬉しい」
思わずあの子のこと、ぎゅっとしちゃう。
「はうぅ…べ、別にそんなんじゃありませんから!」
「もう…とにかく、大丈夫よ? 色んな子に声をかけていたのは昔の話…今は幸菜ちゃん一筋よ」
そしてさらにすりすりしちゃう…う〜ん、やっぱり幸せ。
「は、放してくださいっ!」
あたふたする彼女だけれど、でも特に抵抗などはしてこない様子…。
「もう、そんなのじゃないなら何なのかしら…素直になりなさいっ。まだまだ、放さないんだから」
「…は、はうぅ。そ、そんな本当のことなんて言えるわけないじゃないですか!」
さらにぎゅっとする私にあの子はそんなこと言って…って?
「…えぇっ!? 本当のことが言えないなんて、どうしてっ? 何か呪いにでもかかっちゃってるのっ?」
驚いて思わず身体を離しちゃった。
「うぅ…は、恥ずかしいからに決まってます!」
「ふぅ、呪いで本音を言うと死んでしまうとかそういうことじゃなかったのね…よかった」
この学校ってちょっと特殊だから、そういうこともあるのかも、って思っちゃったじゃない。
「でも、恥ずかしいだなんて…恥ずかしい秘密を持っているの?」
「そ、それは秘密ですっ!」
もう、あんなに真っ赤になって…ここで暴いちゃいたいところだけど、でもかわいいから今日のところは許してあげようかしら。
「ところで…重い病、ってどういうこと?」
そういえば、あの子がさっき私に対して言った言葉が気になったからたずねてみた。
「えと…黒髪、狂い病?」
それに対し、あの子はそんなこと言って…。
「…えっ? もう、何それ、それじゃまるで黒髪乙女好きなのがおかしいみたいじゃない?」
「いえ、黒髪じゃなくなった途端に興味がなくなるとか病気じゃないですか!」
私が気づかなかったのがショックだったのかしら…でも、それだけ私のことを想ってくれている、っていうことになるし、嬉しいことよね。
「もう、あれは興味をなくしたんじゃないわ? 幸菜ちゃんだとは夢にも思わなかっただけじゃない」
「…本当ですか?」
疑わしげにじぃ〜っと見つめられちゃう。
「う〜ん、それじゃ、幸菜ちゃんは私が前触れもなく黒髪かつ短髪で現れたりしたらどういう反応するかしら」
「……誰ですか? ってなるかもしれませんね…」
あら、気まずそうに目をそらしちゃった。
「ほら、やっぱり。そして私の姉妹か親戚か何かなんじゃ、とか思っちゃうんじゃないのかな」
「うぅ、そんなことは…ない、はず…」
もじもじしちゃったりして、やっぱり自信ないみたい…だけど、これ以上は深く考えたりしなくっていいわよね。
だって、今ここにいる私は私、彼女は彼女、っていうのは変わらないのだもの。
「ところで、どうやって髪の色や長さを一瞬で変えちゃったの?」
だから、話題を変えてあげる…と。
「こ、これも秘密ですっ」
あたふたとまたそんなこと言ってきちゃって…う〜ん、さっきは見逃してあげたけど、ああ言われるとやっぱり暴きたくなっちゃうかも。
-fin-
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