〜後輩の想いは…〜

「夏梛ちゃんが、今日も無事にお仕事を終えられますように…」
 ―今日は大好きな夏梛ちゃんがお仕事でいませんから、私…石川麻美は町外れの神社であの子のことでおまいりします。
 そして、それを終えたらいつもどおりそばの森へ足を向けます。
「私も、夏梛ちゃんに追いつける様に…一緒に歩める様に、頑張らなきゃ」
 そのためにはやっぱり毎日の努力が大切です…こうして時間があるならなおさらです。
「ちょっ…どこに行くの? はやまらないで!」
「…きゃっ!?」
 と、不意に声がかかってくるものですからびくっとしながら足を止めて声のしたほうを見てみます…と。
「えっ、片桐さん…ど、どうされたのです…?」
 そこにいらしたのは私と同じ事務所に所属する片桐里緒菜さんでした。
「いやいや、思いつめた表情で森に入っていこうとするから」
「…えっ? あ、あの、私、そんな表情していましたか…?」
 私としては、張り切っていたつもりだったのですけれども…。
「…うん。ダメだよ、あんまり無理しちゃ」
「あ、えっと、ありがとうございます…でも、そんな、無理はしていませんよ? 今も、ただ練習をしに行こうかな、というだけのことでしたし…」
 安心していただくために少し微笑みかけます。
「そ、そう? ならいいんだけど…」
「はい、毎日練習を頑張らないと、夏梛ちゃんと一緒に歩めませんし…」
「でも…あんまり無理しちゃダメだよ? さっきも言ったけど…」
「は、はい、心配してくださって、本当にありがとうございます」
「う、うん」
 改めて微笑みを返しますと、彼女は少し照れた様子になりました。
「いえ、でも片桐さんも…あっ、え、えっと、お名前でお呼びしたほうがいいのでしたっけ…!」
 この間の約束を思い出しまして少しあたふたしてしまいます。
「うん、別に無理しなくていいけどね…そのほうが嬉しいってだけで、そもそも私のほうが後輩ですしね?」
 あ、そのほうが嬉しいものなのですか…。
「でも、後輩とはいっても声優さんとしては片桐さ…り、里緒菜さんのほうが先輩さんですよ?」
「…一ヶ月だけらしいですけどね」
「一ヶ月でも、先輩さんは先輩さんだと思います」
 里緒菜さんは高校生で、年齢は確かに私のほうが上になりますけれど、声優さんとしての活動は彼女のほうが長いわけです。
「…年下の先輩ができるってどういう気分なの? 少し気になるんだけど」
 と、そんなことをたずねられてしまいました?
「えっ、どういう、って…う〜ん、私は特に、普通に受け入れてますけれども…」
 学校ではないですし、年齢は関係ないですよね。
「…麻美さんは私の中で天使認定されました」
「…えっ? あ、あの、どうしてそんな突然…しかも、天使ってどういう…?」
 ちょっとよく解らなくっておろおろしてしまいます。
「まぁ、人生は長いので、色々あるんです…多分」
「そ、そう、なのでしょうか…?」
 よく解りませんけれど、でも…天使だというのでしたら、私などより夏梛ちゃんのほうがずっとそうですよね。

「あの、ところで、里緒菜さんは今日はこちらでどうされたのですか?」
 私みたいに練習、というわけではないと思いますし、少し気になりました。
「私は、散歩…かな?」
「お散歩…えっと、お一人で、ですか?」
 あたりを見回しても、他に人の姿はありません。
「そうだけど…どうして?」
「いえ、その、山城さ…山城センパイはご一緒ではないのでしょうか、と思って…」
 それが自然なイメージだったのですけれど、彼女は黙ってしまいました。
「…その発想はなかったわ」
 そして、そんなことを呟かれます。
「そう、なのですか…? でも、お二人って最近よくご一緒にいらっしゃる気がしましたから、お散歩くらい普通にしているのかな、って…」
「…私から誘うとか、まるでデートじゃないですか…ふふ」
「…えっ? あの、普段のあれは、デートではなかったのですか…?」
 不思議になってしまって思わずたずねてしまいましたけれど、それほどお二人がご一緒に、しかも仲のよさそうなご様子でいらっしゃるところをよく見かけるんです。
「私は、デートだと思っているけれど…センパイはどーでしょうね?」
 少し黙ってしまった彼女、そう答えてきます?
「…えっ、そのお言葉ですと、お二人って、お付き合いしているわけでは…なかったのですか? 私はてっきり…」
「…まぁ、こんな距離も悪くないと思いますけれど。気長にセンパイがデレるのを待とうと思います」
 つまり、まだ恋人さんではない、でもとっても親しくはある…ということでしょうか。
「う〜ん、山城センパイ、今の時点で里緒菜さんのことが大好きに見えますけれど…でも、あのかたはまだご自分のお気持ちに気づいていないのかも…」
 以前の私の様に、好きだけれど今の関係を壊したくないから言えない、といった風には見えませんし。
「…まぁ、私はすでにデレデレですけれどね!」
「わっ、や、やっぱり…!」
 里緒菜さんのお気持ちはこの間直接うかがっていましたけれど、改めてはっきりと言われるとかえってこちらが慌ててしまいます。
「それでは、その…告白などは、されないのですか…?」
 余計なお世話、かとは思いましたけれどもついたずねてしまいます。
 それほどお気持ちがはっきりしているなら…といっても、私も気持ちははっきりしていても、結局夏梛ちゃんから言ってくれるまで告白はできなかったのですけれども…。
「ん〜、さっき言った通り、センパイがデレるのを待ちます」
 あのときの私とは違って、里緒菜さんはお相手の人も自分のことを好き、と解っていらっしゃるみたいですから、それでいいのかもしれません。
 私などは見守る以上のことはしてはいけないと思いますけれど、幸せになっていただきたいです…それに、私と夏梛ちゃんも負けない様にしなきゃ。


    -fin-

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