〜アサミーナのかなさまがいない日〜

「…ただいま」
 ―今日のお仕事を終えてお家へ戻ってきましたけれど、そこには誰も出迎えてくれる人はいなくって、私一人きりの静かな空間。
「はぁ…」
 私…石川麻美はため息をついちゃいながら、ベッドの上へ倒れこんじゃいます。
「はぅ、夏梛ちゃん…」
 枕に顔をうずめますけど、やっぱりあの子がいなくなって二週間近くになると残り香もほとんど感じられません。
「夏梛ちゃん…今頃、どうしてるかな…」
 仰向けになって、ぼんやり天井を見上げながらそうつぶやいちゃいました。
 灯月夏梛ちゃん…私と同じ事務所に所属する声優さんで、一緒にユニットも組ませてもらってて、そして何より私の誰よりも大切な人。
 私たちはこのマンションの一室で一緒に暮らしている…のですけれど、二週間ほど前から彼女はここにはいません。
 夏梛ちゃんはお仕事で東京のほうへ行ってて…ユニットのお仕事なら私もついていけたんですけど、今回は夏梛ちゃん個人の声優としてのお仕事ですから。
 やっぱり大きなお仕事はあっちであることが多くって、あんまりお仕事のない私とは違って夏梛ちゃんはよくそうなっちゃう…そして私はよくこうしてお留守番になっちゃうんですけど、さすがに今回みたいに二週間も会えないなんてことはそうそうありません。
「夏梛ちゃん、さみしいよ…」
 思わず弱音が出ちゃいましたけれど…いけません。
「もう、夏梛ちゃんはお仕事を頑張ってるんですから、私ももっとしっかりして頑張らなきゃ」
 身を起こしながらそう言います…けど、そういえば明日からしばらく私には何のお仕事も入っていないことを思い出してまた仰向けに倒れこんじゃいました。
 夏梛ちゃんが帰ってくるのはあと数日後で、それまでは自主練習かな…。
「夏梛ちゃん…はやく、会いたいよ…」
 自然とまたそんな想いがあふれてきちゃいましたけれど、ふとある考えが浮かびました。
「会いたいのなら…会いにいけば、いいんじゃないかな」
 うん、ただ待っているだけだなんて…もう、我慢できないもの。

 思い立ったら即実行…少なくてもあの子のことになると行動ははやくって、軽く準備をすませると疲れも気にせずすぐに出発して、その日の夜にはもう東京に着いちゃいました。
 これならもっと頻繁にきちゃってもいいのかも、とも思ってしまいましたけれど、さすがに私にあちらでのお仕事があるときに往復するのは時間もお金も厳しそうです。
 とにかく、もうこんな時間ですし、夏梛ちゃんの泊まっているホテルに行ったほうがよさそうですけれど、まずはきちんと場所を聞いておかなきゃ。
 夏梛ちゃんに直接電話してもよかったんですけど、できれば実際に会うまでこっちにきていることは隠しておいて驚かせたいな、っていう気持ちもありますから、彼女と一緒に行動してますマネージャの如月睦月さんへお電話してみました。
 そこで聞けた話では夏梛ちゃんはまだお仕事は終わっていないみたいでしたけれど、泊まっているホテルは教えてもらえて、さらにそこの夏梛ちゃんのお部屋に入れる様に話をつけてもらっちゃいました。
 もちろん、私がきていることは内緒にしてもらって…夏梛ちゃんが泊まっているホテルの彼女のお部屋へやってきました。
 まだあの子は帰ってきていなくって、でももうすぐ帰ってくるはずで何だかどきどきしてきちゃいますけれど、どうやって待っていようかな…?
 このままここで待って、夏梛ちゃんが帰ってきたのをお出迎えする、っていうのもいいけど…そうだ、一人でいるときの様子をちょっとだけ見させてもらっちゃおうかな。
 ということで隠れるのに適当な場所を探して…ベランダに出ておけば大丈夫そうでしたから、ちょっとだけ窓を開けた状態でこっそり待機します。
 私がかつて天姫学園に通っていた際の能力というのは物の価値を正確に見極められる、といったものでしたけれど、でも私にはそれ以上に隠密能力…つまり人に見つかりづらい、っていうものがある気がするんです。
 要するにあの『ゆるゆり』のあかりさんみたいにただ目立たない、影が薄いってだけのことなんですけれども…ともかくそういうことで見つからない自信はありました。

 じっとベランダで待機をして、どのくらいたったでしょう…あまり待たないうちに、お部屋の扉が開きました。
「あっ、夏梛ちゃん…」
 中へ入ってきたのはもちろん私の大好きなあの子一人だけで、その姿を見た瞬間胸の高鳴りが大きくなっちゃいます。
 今すぐにでも飛び出したくなっちゃいます…けど。
「疲れた〜…」
 あの子はそう言いながらベッドへ倒れこんじゃいました。
 やっぱりこう長い日数、しかもこんな夜遅くまで頑張っているんですから、疲れもたまっちゃってますよね…。
 そんなあの子の姿を見るのはいたたまれなくって、やっぱり飛び出しそうになります…けど。
「麻美…」
 ふと、ベッドへ突っ伏したままのあの子が私の名前を呟きました…?
 私がいることに気づいた…というわけじゃなさそうですけれど、何だかあの子の息が荒くなってきている気がしますし、大丈夫かな…?
「はぁ…麻美麻美麻美麻美ぃ、どぉして、何故そんなに愛おしいのですかぁ」
 と、夏梛ちゃん…そんなことを口にしながら、ベッドの上を転げ回りはじめました…?
「はぁはぁ…かわいい、かわいすぎるよぅ。ただでさえかわいいのに、こんなっ、こんなメイドさん姿で私を誘惑するなんて、なんて恐ろしい娘なのっ!?」
 さらにそんなことを口にしながら転げ回る夏梛ちゃんですけど、その手には何か握られてます?
 何だか写真みたいですけど、ここからではよく見えませんし…それに、今まで一度も見たことのない様子な夏梛ちゃんに、少なからずびっくりしてしまいます。
「でも、嫌いじゃないっ。むしろ大好き〜。きゃ〜好き〜、好き好き、麻美だぁい好き〜」
 わわわ、私のことを想って、気持ちが抑えられなくなっちゃってるの…?
 普段私の前だとなかなか素直になってくれない、でもそこがかわいいって思うあの子の様子に、とってもどきどきしちゃいます。
「か、夏梛ちゃん…」
 私もあの子への想いが強くなってきて、つい近づこうとしちゃいます…と。
「っ…何の音?」
 あの子が我にかえってあたりを見回しちゃいますけど…いけません、ちょっと物音を立てちゃいました。
 慌てて物陰に隠れた直後、あの子がカーテンを開けてきちゃいます。
 ちょっと、このタイミングで姿を見せるのはどうかって思いますし、何とか息を潜めます。
「…気のせい、ですか」
 どうやら気づかれなかったみたいで、あの子はそう言ってカーテンを閉めました。
 よかった、夏梛ちゃんにまで気づかれないなんて、やっぱり私の影の薄さは相当なものなのかも…そんな私がアイドルをしているのですから、世の中解らないものです。
 とにかくそっとお部屋をのぞくと、夏梛ちゃんはまたベッドへ横になっていましたけれど、今度はとっても静か…。
「…もう、眠っちゃったのかな」
そっと中へ入ってベッドのそばへ歩み寄ると…あの子はすでに静かな寝息を立てはじめていました。
 はぅ、二週間ぶりに間近で見る夏梛ちゃんはやっぱりとってもかわいいです…このままベッドへ入ってぎゅってしたい衝動に駆られますけど、何とかこらえます。
 だって、夏梛ちゃんはとっても疲れているんですから、しっかり休ませてあげないと。
「…おやすみ、夏梛ちゃん」
 ですから、そう声をかけて静かにその場を後にしたのでしたけれど、その夏梛ちゃんが手に握りしめていたのって、いつかイベントで着たメイドさんの服装な私の写真みたいでした…あんな写真、どこで手に入れたのかな?
 でも、夏梛ちゃんが私の写真を持っていてくれて、しかもあんな…うん、嬉しいかも。


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