〜相容れない二人?〜
―季節はもうすぐ冬、ちょっと肌寒さも感じちゃう中、私…石川麻美は所属する事務所のあるビルへ向かってます。
今日はそこでお先にお仕事のあったあの子…大好きな夏梛ちゃんと待ち合わせしてて、一緒に練習したりする予定なんです。
一緒に暮らしたりしてはいますけれど、やっぱりそれでもあの子と一緒に過ごすのが楽しみで、つい急ぎ足になっちゃいます。
「…全く、解らない人ですね!」
「分からず屋はそっちじゃない!」
と、ビルの前までやってきたところで、まさにそこから言い争いをする声が聞こえました?
どちらも聞き覚えのある声でしたけれど、何でしょうか…少し手前で足を止めて様子をうかがってみます。
「だいたい発想が幼稚というか何というか…」
「なっ、ほとんどほとんど年齢変わらないでしょっ!」
ビルの前で言い争いをしているのは二人の女の子で、あれは同じ事務所の片桐里緒菜さんと…えっ、か、夏梛ちゃん?
「えっ…えっ、どういうこと…?」
事情が全く解らなくっておろおろしてしまいます。
「年齢の話じゃないんです…というか論点がずれてきていません?」
「うぅ…って、麻美?」
…あ、夏梛ちゃんと視線が合っちゃった。
「夏梛ちゃん、えと…お、お二人とも、その、こんなところでどうされたんです…?」
言い争いをしているなんて穏やかじゃないですし、心配になりながら歩み寄って声をかけてみます。
「仕方ないですね…ちょうどいいですから、石川さんに聞いてはっきりさせましょう」
「ですです、麻美でしたら私の味方をしてくれるはずです!」
「えっ…えっ? 夏梛ちゃん、それに片桐さんも、どういうこと…?」
お二人の剣幕にやっぱりおろおろしちゃいますけど、やっぱり意味が解らないです…。
そんなお二人、私を真剣な表情で見つめて…
「犬か」
「猫か」
「どっちが好きなのっ!?」
最後は声を合わせてそうたずねてきます…?
「…えっ? えっと、それって…あの、動物のお話、ですよね…?」
夏梛ちゃんが猫、片桐さんが犬、とおっしゃられましたし…。
「もしかして、それでさっきから言い争いしてたんですか…?」
「ええ、そうですけど…犬こそ、人間にとってのベストパートナーです、そう思いませんか?」
「猫さんのほうがツンデレでかわいいかわいいです…これは譲れない譲れない戦いです!」
お二人ともとっても熱のこもった様子で私へ訴えてきます。
「そっか、そういうことでしたか…」
理由が解ってほっとするとともに、そんな理由だったことに微笑ましさまで感じられてきちゃいました。
特に、あんなこと言っている夏梛ちゃん自体がかわいくって、ぎゅってしたくなっちゃいます。
「夏梛ちゃんは猫さん、片桐さんは犬さんがお好きなんですね…お二人とも、飼ったりしていらっしゃるのでしょうか」
「え、まぁ…実家では飼っていますよ? 学生寮ではペット禁止ですから…非常に残念ですが」
「昔飼ってましたけど、今は…というか麻美と一緒に暮らしてるんですから、知ってますよね?」
「そうなんですか…って、う、うん、もちろんだよ、夏梛ちゃん」
それでも昔のことを少し知れて嬉しいかも。
「でも、どちらにしても少し羨ましいかも…私には、そういう経験ってないから。昔は、別荘に行ったときとかに乗馬をしてましたけど、動物と触れ合う機会ってそのくらいだったかもしれないし…」
それも最近では全然してませんし、今ではもう乗れなくなっちゃってるかも…。
「べ…別荘!? 何、石川さんってお嬢なの?」
と、片桐さんがびくっとして驚かれてしまった…みたいなのですけれど。
「えっ、お、お嬢…何ですか?」
意味がよく解らなくって首を傾げてしまいますけれど、するとお二人ともしばし黙ってしまって…。
「…どうしてこんな子が声優なんて職業を目指したのか、謎ですね」
「えっ、あ、あの…私、何かおかしかったですか…?」
お二人の視線や片桐さんの言葉に不安になってしまいます。
「いいえ、問題ないですよ…ええ」
そこで意味深に微笑まれると、また不安になっちゃうんですけど…。
「それにしても、犬と触れ合う機会がなかったなんて、さみしいですね」
「猫さんともですけど…だったら、今度今度ねこカフェとか行きます?」
何だかいつの間に私の境遇についてに話題が移っちゃってて、お二人がそんなことを言います。
「えっと、ねこカフェって…?」
そうたずね返すと、片桐さんがまたさっきみたいな視線を向けてきちゃいました。
「猫さんと戯れることのできる場所です…って麻美はそういうの疎いですもんね…」
はぅ、ごめんね、夏梛ちゃん…でも。
「わぁ、そういう場所があるんだ…猫さん専用の動物園か牧場かな? じゃあ、犬さん専用のところもあったり…」
「規模が大きい大きいです! もっと小さな小さな感じの…まぁ、実際に行けば解ります」
「そうなんだ…うん、それじゃ、一緒に行けるのが楽しみ」
「ですです、約束ですからねっ!」
思いがけず夏梛ちゃんとデートの予定ができて嬉しい…って、あれっ、そう、私のことじゃなくって。
「…えと、それで、猫さんと犬さん、どちらが好き、というお話しでしたっけ…? そもそも、夏梛ちゃんと片桐さんがどうして、しかもこんなところでそういう言い争いになっちゃったんですか…?」
そう、あんなことになっちゃってたそもそものきっかけが気になったんですけど…。
「…あれ?」
お二人とも首をかしげちゃいます?
「えっと、もしかして、忘れちゃったの…?」
「確か、最初はたいやきを頭から食べるかしっぽから食べるか、だった気が…」
自信なさげな片桐さんのお返事ですけど、そんなお話からあそこまで飛躍しちゃったんですか…。
「ですです…あ、今から食べに行きません?」
と、夏梛ちゃんがそう言います?
「あっ、たいやきを、かな? うん、確かさっき公園に屋台があるのが見えたし、いいかも」
練習も大切ですけど、そういうひとときも大切ですよね。
「ですです、じゃあ行きましょう」
「うん、片桐さんもご一緒に…」
ということで、三人で近くの公園へ向かうことに…。
「ああ、私のことは呼び捨てで結構ですよ?」
と、歩きはじめたところで片桐さんがそんなことを言ってきます…?
「えっ、そ、そんな、呼び捨てだなんて、そんなこと…! 今まで、どなたにもしたことありませんのに…!」
「私のほうが年齢的には後輩ですし…というか、灯月さんにはしないんですか? 二人きりのときとかに…ふふ」
「…えっ? そ、そんな、夏梛ちゃんは夏梛ちゃん、です…!」
「全く全く、麻美ったら少し慌てすぎです」
はぅ、ちょっと呆れられちゃったみたい…。
それに、片桐さんも、年齢的には私よりも下なものの声優としては先にデビューしてますから先輩になる…んですけど。
「え、えと、それじゃ…里緒菜さん、でいいですか…?」
ああおっしゃっているのですから、そう提案をしてみました。
夏梛ちゃん…誰かのことを「ちゃん」と呼ぶこと自体、あの子がはじめてで、他の人にはしたことないんですけど、夏梛ちゃんは呼び捨てにしてほしい、とか思ったりしてるのかな…?
…あ、私は猫さんと犬さん、どっちが好きなのかな…今まで考えたことがなかったですし、解らないかも…。
-fin-
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