〜真夏の一大事?〜

「里緒菜ちゃんは今頃午後の授業か…ちゃんと受けてるかな」
 ―いつもどおり事務所へやってきた私…山城すみれだけど、ふと時計を見てそう呟く。
 私が思い浮かべた子…片桐里緒菜ちゃんは同じ事務所に所属する後輩になるんだけど、声優をしているのと同時に高校生として学校に通ってる。
 今日は授業が終わったらレッスンがあるからこっちにくるはずで会えると思うし、楽しみ。
 そんなことを考えながらチョコバーを口にしようとするけど、そんな私の耳に届いたのは、すぐそばにある電話にかかってきた会話。
「…って、えっ?」
 それを聞いた瞬間、いてもたってもいられなくなって事務所を飛び出しちゃった。

「はぁ、はぁ…ふぅ」
 息を切らせてたどり着いたのは、私立天姫学園…あの子の通う学校。
 ここにくるときにはジャージ部としてジャージを着てきたいところだったんだけど、まぁ今日はしょうがない。
 今日は暑いし少し苦しくなってきたけど、そんなことは言っていられないし、あの子がいるはずのところへ向かう。
「…里緒菜ちゃん、大丈夫っ!?」
 勢いよく開けたのは医務室の扉…そのまま中へ飛び込んじゃう。
「…!? な、何でいるんですか…」
 そこのベッドの上で横になっていた子はびくっとしちゃいながらも少ししんどそうに声を上げるけれど、その子はとっても見覚えのある子で…。
「はぁ、はぁ…な、何でって、事務所に連絡があったから、心配になっちゃって…!」
「…いや、色々突っ込みどころがありますけど、面倒だからいいです」
 その子…里緒菜ちゃんはそう言うけど、突っ込みどころって何なのかな…?
「…私は大丈夫ですから、帰ってください」
 と、身体を起こしたりしないまま、続けてそう言われちゃう。
「はぁ、すぅ…そ、そんなこと言われたって、全然大丈夫そうじゃないよ! まさか熱中症にでもかかっちゃったの?」
 何とか息を整えてそばへ歩み寄るけど、こうして医務室のベッドで横になっている、っていう状況の時点で、ね…。
「…ふぅ、そんなことないです。別に体育の授業中に倒れたとか、そんなことはありませんから」
「…えっ? そ、それって大変なことじゃない!」
 そんなことはありません、とは言われたけど…そういうことなんじゃないの?
「わ、私は本当に大丈夫ですから…帰ってください。私如きがセンパイを煩わせるとか…」
「だから、倒れた時点で大丈夫じゃないよ…って、そんな、私のことは気にしなくっても全然大丈夫だし…!」
「あぅ…でも、変な菌とか移ったら大変だし…」
 もう、そんなこと気にするなんて、里緒菜ちゃんはいい子だけど…。
「菌、って…風邪とかじゃないんじゃないの? それに、それで里緒菜ちゃんの調子が良くなるなら、私は別に…」
「少し風邪気味でもあったり…って、それってどういう…?」
「もう、風邪気味ならはじめから体育を見学にさせてもらわないとっ!」
 やっぱり、里緒菜ちゃんって根は真面目なんだよね…。
「…と、それは里緒菜ちゃんが元気になるなら私にできることは何でもしたい、っていうことだよ」
 続けてさっきの言葉の真意を伝えて微笑んであげる。
「あぅ…お、怒ってないんですか?」
 と、少し不安そうに見つめられちゃった?
「怒る、って…どうして? そりゃ、無理して体育の授業に出たのはよくない、って思うけど…」
「だって…レッスンサボっちゃったんだもん」
「…えっ? う〜ん、でも、体調が悪いならそれはしょうがないと思うよ? レッスンも大切だけど、それ以上にやっぱり身体を大切にしなきゃ、ね?」
 そういうことをきちんと気にするのはえらいなって思うし、それに安心してもらいたくって、頭をなでなでしてあげる。
「…はぅ。あ…ありがとうございます」
「ううん、だから今はしっかり休んで…私がそばにいてあげるから、ね」
 近くにあった椅子に腰かけ、微笑みながらなでなでしてあげる。
 他に誰もいないし、そうしたほうがいいよね…私もそうしたいし。
「はい…お姉ちゃん…」
「うん、安心して休んでね…って?」
 ちょっと不思議な呼びかたをされちゃったけど、その彼女はもう眠っちゃってた。
 今の、私のこと…だよね?
 もしかして、私に甘えてくれて、自然とあんなことばが出てきたのかな…?
 だとしたら、私は里緒菜ちゃんにとってお姉さんの様に頼れる人とか、そういう風に見られてるのかも…何だか嬉しい様な、複雑な気持ち。
「…大丈夫、私はここにいるから、ね」
 …うん、今はこうやってそばにいてあげなくっちゃ。


    -fin-

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