〜ある日、放課後に…〜

 ―私、松永いちごには憧れの想いを抱いてる人がいます。
 一人は、もちろん真意流々お姉さま…素敵で大好きなお姉さまで、私なんかがあんな関係になってるなんて、本当に夢みたいです。
 もう一人は、瑞木奈々穂先輩…思わずファンクラブを作っちゃうほど、とっても素敵な歌声をしたかたなんです。
 でも、私にはそのお二人以外にも、まだ憧れの人がいます。
 そのお二人が学園内にいらして会おうと思えば会えないことはないかたがたなのに対して、その人は今の私にとってははるか遠く、天の上の存在…。
 かつてはこの学園にいらして、そして私の目指してます道を実際に進まれたその人…憧れと同時に、目標でもあるでしょうか。
 私もその道を歩める様に頑張らなきゃですし、そのために今日も放課後になりますと学園内にあります上映室隣のスタジオへ向かいます。
「…って、ふぇ?」
 そのスタジオの扉を開いたところで、私は思わず固まっちゃいました。
 いえ、ここは普段ほとんど人のいない場所なんですけど、今日は人の姿があって、しかも後ろ姿ながら見覚えのない人でしたから、ちょっとびっくりしちゃったんです。
 う〜ん、ここに副ヘッドさんや楽器の練習をする子以外の人の姿があるなんて珍しいです…しかも機材のそばにしゃがみ込んでますけど…。
「あの、何してるんですか?」
「…えっ?」
 私の言葉に反応しまして、その人は立ち上がってこっちを向いてきました。
 その人は学園の制服じゃなくってゴスいおよーふくを着てました、私と身長も年齢もあんまり変わらなさそうなかわいらしい女の子だったんですけど…。
「…あれっ? う〜ん、この子…」
 知り合いとかってわけじゃないんですけど、なぜかどこかで見たことがある様な、そんな気がしちゃったんです。
「あ、えっと、お邪魔しています。学園の生徒さんですか?」
 微笑みを浮かべてかわいらしい声でそうたずねられますけど、あんなふうにたずねてくるってことは、学園の子じゃないってことですよね。
「は、はい、そうですけど、あなたは…?」
 声も聞き覚えがある気がしたんですけど…う〜ん、思い出せません。
「私は少しここを使わせてもらおうと思ったんですけど…どうかしたんです?」
「あっ、いえ、あなたのことをどこかで見たことある気がしまして…」
「いまどきゴスロリなんてどこでも見かけますし、多分気のせいですよ」
 そうしてまた微笑まれましたけど、そうなんでしょうか…服装も含めまして、やっぱり何か引っかかっちゃいます。
 でも思い出せないものはしょうがないですし、それにさっきの言葉も気になっちゃいました。
「う〜ん、それにしても、ここを使おうと、ですか? ここって、このスタジオのことですよね?」
「はい、でも機材の使いかたがよく解らなくって…」
「そうなんですか、でも学園の人じゃないのにこんな場所を知ってるなんて、すごいですね。普段ここを使う人なんて、ほとんどいませんのに…」
「あっ、それは、麻美…いえ、友人がここの学園の卒業生なんです。そこで、ここのスタジオは設備が整ってるって聞いたんですよ?」
「…麻美?」
 何だかすぐ言い直しちゃいましたけど、その名前を私は聞き逃しませんでした。
 ここの卒業生でその名前の人を、私は知ってます…って、えっ?
「あ、あなたは、もしかして…!」
 あることにやっと気がついて、まじまじとその人のことを見ちゃいます。
「え、えっとえっと…どうかしたんです?」
「ま、間違いありません、あなたって…!」
 お互いにあたふたしちゃって、そんな中私が言葉を続けようとしましたそのとき、スタジオの扉が開きました。
「うふふっ、夏梛ちゃん、スタジオは気に入ってくれたかしら」
 入ってきた人がそんなことを言いますけど、この声って…は、はわわっ?
 慌てて扉のほうを振り向きますと、そこには穏やかそうな雰囲気をした女の人が…ま、間違いありません、まさかこんなところで、こんな人たちに会うなんて…!
「と、この子は…まさか、私の夏梛ちゃんを…?」
 完全に固まっちゃった私ですけど、そんな私を見たその人もなぜか固まっちゃいました。
「って、麻美? 入ってくるなり、どうしたんですか?」
「夏梛ちゃん、ひどいわ…私というものがありながら、こっそり女の子と…」
「なっ、何でそんなことになるんですっ?」
 私の前でお二人が言い合っちゃうのも夢の中みたいな光景なんですけど、私のことが何か勘違いされちゃってます?
「あ、あの、アサミーナさん、それにかな様も…!」
「…あら?」「あ、私だけじゃなくって麻美のことも知ってたんだ…嬉しいですね」
「も、もちろんです、私も声優を目指してますから、この学園出身のアサミーナさんのことを知らないわけありませんっ。それにかな様のこともファンですし、そのお二人とこんなとこでお会いできるなんて、夢みたいですぅ…!」
 そう、今、私の前にいるかたが、私の憧れであり目標でもあります、声優をしていらっしゃいます石川麻美さん…ファンの間ではアサミーナ、って呼ばれてるかたなんです。
 もう一人のかたもやっぱり声優さんで、最近アサミーナさんとユニットを組んで一緒に活動していらっしゃる灯月夏梛さん…ファンの間ではかな様、あるいはカナカナ、って呼ばれてます。
「まぁ、私ったらてっきり…まさか、私たちのファンだったなんて」
「え、えっと、はいです、CDも買わせてもらってますぅ」
「麻美ったら、ファンの子におかしな勘違いして…ファンは大切にしないと、ですよ?」
「ええ…あなた、お名前は?」
「え、えっと、ま、松永いちごですぅ」
「いちごちゃん、ですか…かわいらしいお名前ですね」「ごめんなさいね、私ったら…」
「はぅっ、そ、そんな、どうかお気になさらないでください…!」
 雲の上の存在の人に謝られちゃったりして、思わずあたふたしちゃいます。
「ありがとうございます…あ」
 と、アサミーナさんが何かに気づいた様子でかな様のことを見ます。
「でも、夏梛ちゃん…夏梛ちゃんの一番のファンは、私ですからね」
「って、麻美? は、恥ずかしいですから」
 かな様はお顔を赤くしちゃいますけど、このお二人は普段からこんなに仲がいいなんて、素敵なことですぅ。
「そ、それより、いちごちゃん、さっきの言葉…声優を目指してるんですか?」
「あ、は、はいです、それでいつもここでそのための練習をしてまして…!」
「うふふっ、そうですか…私の後輩から、同じ道を歩む子が現れるかもしれないのですね」「ライバルの登場かもしれませんね」
「は、はわわっ、ライバルだなんて、そんな…!」
 私なんてまだまだですのにそんなことを言われちゃって、あたふたしちゃいました。
「そうだ、私はレコーディングが近いので麻美から聞いたここで練習しようと思ってたんですけど、いちごちゃんも一緒にどうですか?」「では、私も参加して…昔は私もここを使っていたんですけど、同じ道を歩もうって後輩と一緒に練習なんて、嬉しいことですから」
「はわわわっ、そ、そんな、いいんですかっ?」
 私の夢である舞台でご活躍されるお二人と一緒に練習できますなんてまさに夢みたいなことで、また得がたい経験ですから、もちろんうなずきました。
 しかも、アサミーナさんもここで昔練習をして、今はあの舞台に立ってるんですよね…私もここでもっと頑張って、将来はお二人と同じ世界で活躍できる様にならないと、ですぅ。


    -fin-

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