〜アサミーナとかな様とチョコレートの日〜

 ―私、石川麻美の一番大切な人、灯月夏梛ちゃん。
 はやいもので、大好きなその子と同じ屋根の下で暮らしはじめてから一ヶ月がたとうとしていました。
 一緒に豆まきをした節分も過ぎて、穏やかで幸せな日々が過ぎていくのですけれど…何か、心の中に引っ掛かりがあるんです。
 そう、何か大切なことを忘れている気がして…でも、それが何なのか思い出すことができなくって、少しもやもやした気持ちになっちゃいます。
「もきゅもきゅ、今日もはじまりました『アサミーナとかな様のあさ・かなRadio』の時間です」
「今日も私と夏梛ちゃんの愛のひとときにお付き合いくださってありがとうございます」
「はわはわ、は、はじまりからいきなりいきなりおかしなこと言わないでくださいっ」
「うふふっ、もう、夏梛ちゃんったらいつものことなのに…かわいいんだから」
 でも、もやもやした気持ちも、夏梛ちゃんと一緒にいたら幸せな気持ちで吹き飛んじゃいます…それに今はラジオっていう毎週の大切なお仕事の時間ですし、しっかりしなきゃいけませんし。
「夏梛ちゃん、この私たちの放送も、もう半年くらい続いてるみたいだよ?」
「まだまだ経験の浅い私たちの放送がこんなに続くなんて、いつもいつも聴いてくれているリスナーさんたちのおかげです…ありがとうございます」
「うん、特に百合好きな皆さんによく聴いてもらえているみたいです…私と夏梛ちゃんはとってもお似合いの百合ップルだって言ってもらえてるし、とっても嬉しいよね」
「はわはわ、もうもう、私たちなんて…た、確かに確かに、私たちよりラブラブな二人はそうそういないって思いますけれども…!」
「うふふっ、そうだよね」
 顔を真っ赤にする夏梛ちゃんがとってもかわいくって、放送中だっていうことを忘れてぎゅってしたくなっちゃいますけれど、それは何とか我慢しました。
「じゃあ、まずはいつもどおり、皆さんからいただけましたお便りを紹介していきます」
 ちょっと心がほわほわしちゃいますけれど、何とか進行をしていきます。
「まずはペンネーム・みーささんから…いつもお便りありがとうございます」「ありがとうございます」
 毎回お便りをくださるこのリスナーさんは、学生時代にお世話になった藤枝美紗さん…知っている人が聴いてくれているのは恥ずかしいですけれど、それ以上に嬉しいですよね。
「えっと、内容は…今月の十四日はどう過ごすのか、ですか? あれっ、その日って何か特別な日でしたっけ?」
「もうもう、麻美ったら、何を言ってるんですか? 二月十四日っていったら、あの日に決まってます」
 あの日、と言われても何のことか解らなくって、首をかしげちゃいます。
「えっ、麻美ったら本当本当に解らないんですか? 二月十四日っていったら…」
 呆れた様子の夏梛ちゃんの言葉で、ようやく心の中で何が引っかかっていたのか、気づくことができました。

 二月十四日…もうあと一週間くらい後に迫ったその日は、バレンタインデー。
 いうまでもなく、女の子が好きな人にチョコレートを渡す…少なくてもこの国ではそういう風習のある日です。
 その日について、私は…ラジオの放送中に夏梛ちゃんから説明してもらえるまで、完全に忘れちゃってました。
 ううん、二月に何かあった様な…そういうぼんやりとした感覚はあって、それが心の中に引っかかりとしてずっとあったわけです。
 どうしてバレンタインデーのことを忘れていたのかというと、去年までの私には特に縁のないイベントだったから…。
 それは、昔は父などにチョコレートを贈った記憶もありますけれど、両親が家を空けがちになってからはそれもなくなって…学生時代は恋なんてしませんでしたし、さらにお友達もそういませんでしたから、その日に何かすることもなく、存在すら忘れてしまっていたわけなんです。
 でも…今年は違います。
 大好きだっていう想いを、かたちにして改めて伝えたい人がいます。
 だから…手遅れになる前に思い出せて、本当によかった。

 大好きな人へチョコレートを贈る。
 もちろん、私にとってははじめての経験で…だからこそ、っていうわけでもありませんけれど、やっぱり手作りで、心を込めて作りたいものです。
 さらに、渡すのは当日なのはもちろん、それまでは用意していることを内緒にしたいものです…夏梛ちゃんと一緒に作る、っていうのもかなり魅力的でどうしようかとっても迷ったんですけれど、やっぱり当日まで内緒にしておいたほうがより喜ばれそうな気がしましたから。
 でも、そうなると内緒で作る、というのがちょっと難しいです…だって、私たちは一緒のお部屋で暮らしていますから。
 と、そこでまた悩んじゃうところだったんですけれど、ちょうど前日の十三日まで、夏梛ちゃんは単独のお仕事でお家を空けることになっちゃったんです。
 だから、その間に作っちゃえば、夏梛ちゃんに知られることなく作れるわけです。
「いってらっしゃい、夏梛ちゃん…」
 とはいっても、やっぱり離れ離れになるのはさみしくって…夏梛ちゃんがお出かけするとき、玄関先で見送る私はちょっとしゅんとしちゃいます。
「もうもう、数日で帰ってきますから、そんな顔しないでください…」
 一方の夏梛ちゃんもさみしげな様子…いけない、こんなさみしい顔してたら心配かけちゃうだけだし、笑顔でお見送りしなきゃ。
「…最近の麻美は何だかそわそわした様子があったんですけど、大丈夫そうですね」
 私の笑顔を見た彼女、ほっとした様子でそんなことを言ってきました。
 …うっ、そ、そうなんだ…チョコレートを作ろうとしていること、ばれてなきゃいいんだけど…。
「それじゃ…いってきますね?」
「うん…いってらっしゃい、夏梛ちゃん。帰ってくるの、待ってるから」
 そう声をかけて、私から彼女へ軽く口づけ…お見送りの口づけなんて、新婚さんみたいですね。
「は、はわはわっ…あ、麻美こそ、私がいなくってもしっかりしないとダメダメなんですからねっ?」
「うふふっ…うん、気をつけるね」
 顔を真っ赤にして玄関を後にする彼女を、私は笑顔で見送りました。
 夏梛ちゃんがいなくってもちゃんとお仕事とか頑張るから、心配しないで…無事に帰ってきてね。
 それに…夏梛ちゃんが帰ってくるまでに、心を込めた手作りチョコレートを作らなきゃ。
「…うん、頑張らなきゃ」

 夏梛ちゃんがいなくなって私一人になったお部屋。
 私自身もお仕事がありますからそこを後にしますけれど、私の仕事量はそれほど多くありませんから、はやめに終わっちゃいます。
 そのままお家に帰ってもよかったんですけれど、せっかくですからさっそくあの材料を買いに行くことにしまして、お店へ向かいました。
「わぁ、いっぱいあるんですね…」
 お店の特設コーナーには、様々なチョコレートが並べられていました。
 そして、それらを買いにいらした女の子たちもたくさん…中にはどこかの学校の制服姿の子などもいます。
 二人で仲良く買っている子たちの姿もあって、それを見ると私も夏梛ちゃんと…と思ってしまいます。
「…ううん、夏梛ちゃんには私の手作りのものを贈るんだから」
 そう、だからすでに立派に完成しているものを買うわけにはいきませんし、夏梛ちゃんのことだって…渡したもので喜んでもらえたら。

 どうやら最近は女の子同士でチョコレートをプレゼントすることも多いみたい…とはいっても、お友達でとか、そういう感じでみたいですけれども。
 それなら私もマネージャさんやお世話になっている人たちにも贈ろうかな、とも思いましたけれど…ううん、やっぱり大好きなあの子にだけ、ですよね。
 そう、今は遠くに行っちゃってる夏梛ちゃん…今回はなかなか難しい役の収録とのことで疲れたりしていないか心配だけど、だからこそ元気になってもらえる様に、心を込めて作らなくっちゃ。
「…うん、完成」
 そして、お仕事がお休みの日、半日かけてついに完成させました。
 あとは、当日にちゃんと渡すだけ…喜んでもらえるといいな。


    -fin-

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