翌日。
一人暮らしをしているマンションを昼前に出た私は、歩いてとある場所へ向かう。
今日の服装は氷姫さんではないけれど黒いスーツに、あとはサングラスも着用…基本的に、外出時はいつもこんな服装。
どうしてそんな格好をしているのかといえば、身を隠すため…と言えばよいかもしれない。
私は最近結構CDなどが話題になっているみたいなのだけれど、わずらわしいことになるのは嫌だとか色々な理由でメディアへの露出は極力控えている。
だからテレビの歌番組への出演などは全て断ってもらっている…わがままかもしれないけれど、私が歌う理由は有名になりたいからじゃないし、ね。
けれど、CDのジャケットには私の写真が出ているし、この間の新譜にはプロモーションDVDなんて特典がついたりしたから、私の外見はそこそこ知られている。
そういうことで、これは一種の変装といったところなのだけれど、それでも道行く人がときどきこちらへ視線を向けてくるのを感じる。
さらに、そうした人は女の子が多いのだけれど、私が視線を向けると慌てて目を逸らす…ばれている、ということはなさそうだけれど、妙な反応。
もしかして、この格好が怪しくて不審者と思われているのかも…ま、気にしないでおきましょう。
散歩がてらに一時間ほどかけてたどり着いたのは、この街の市街地からは少しだけ離れたところにある大きめの学校の正門。
そこは私立天姫学園という、小中高一貫型の女子校…確か氷姫さんの出身校でもあったはず。
この学園は一般の人ではいくら成績がよくっても入ることはできず、入学条件は特殊な能力の保持者、となっている。
だから私も入ろうと思えば入れないこともなかった…けれど、いいわ。
私の能力は自らの意思で封じたのだから…使うことなんてない。
とにかく、結構近所にあった場所だけれど、こうして実際にくるのははじめて…これまでは、特にくる用事などなかったものね。
ならば今は用事があるのか、といえば一応ある。
それは、昨日氷姫さんから受け取った、妹からの手紙…そこには、妹がこの学園へ編入することが書かれていた。
幼い頃にその才能を認められ、遠い名家の養女となった妹…それ以来ずっと離れ離れだったけれど、まさかこんな近所の学園へ編入してくるとは思ってもみなかった。
ここへ入ることのできた妹の能力とは、やはり妹への期待からなのでしょう…けれど、ときどき届く手紙を読んでも、妹は少し大切に育てられすぎて世間知らずになっていそうなことが解る。
そんな彼女が、しかもこの学園の敷地内にある学生寮へ入って生活をするというのだから、心配…だから、ここが妹にとって安全に過ごせる場所なのか、この目で見てみることにしたの。
すでにここに妹がきているのかは解らないけれど、もしかしたら姿を見られるかも…いえ、そんなことを望んではいけないか。
学園は外部の人間が入っても問題がないらしく、正門からのびる並木道を私が歩いて、そして制服を着た少女たちとすれ違っても特に見咎められることはなかった。
その代わりやはり妙な視線は向けられたけれど…もしかして、男なんじゃないかなどと思われたかしら。
この見た目じゃそう思われても仕方ないところがあるし、ここは女子校だものね…ま、声をかけられないうちは気にしないでおきましょう。
広々としたグラウンドやプールも見られ、校舎などは立派な建物で、環境はなかなか整備されている気がする。
けれど、こうやって部外者が簡単に入れるなんて、保安面が心配ね…。
「葉月ちゃん、裏門に不審者が現れたみたいだから行ってくるねっ」「あらあら、さぁやお姉さま、私も一緒に行きますよ〜」
と、すぐそばからそんな、ややのんびりとした感もある会話が耳に届いたから思わずそちらへ目を向けてしまう。
すると、そこには明るい色のスーツを着た女の人と小さな女の子の姿…教師と生徒にも見えるけれど、今大きい人のほうが「お姉さま」と言っていた様な…。
不思議に思っている間に、その二人は竹ぼうきに乗って空高く飛び去っていってしまった。
…さすが、特殊な能力を持つ者が集うという場所ね…。
けれど、さっきの二人の言葉…不審者が現れたというけれど、やはりどこかで監視をしたりしているのかしら。
それならば安心か…って、ならどうして私は見咎められないのかしら。
この様子なら建物の中に入っても大丈夫そう…ということで実際に校舎の中へ入ったのだけれど、やはり見咎められることはなかった。
ま、いいわ…この機会に、色々見学させてもらおう。
校舎、それに教室はきれいにされているけれど、人の姿はほとんどない…今日は日曜日だものね。
校舎から出てグラウンドへ目をやると、そこには部活をする生徒たちの姿。
そういえば、私の学生時代は結局どの部活にも入らなかったわね…一応生徒会長は務めたけれども。
さて、ともかくグラウンドの向こう側にも建物が見られるし、そちらも見てみようかしら…。
そう思いそちらへ向かいはじめるのだけれども、そのとき私の耳に、ある音色が届いた気がした。
それは、本当にかすかに聞こえたか聞こえなかったかというくらいのもの、だったのだけれど…私は思わず足を止めてしまった。
だって、耳に届いたその音色は…。
「今のは…魔導楽器の音色?」
そう、それはごくわずかの人にしか奏でることのできない、けれど私はずっと昔に直に聴いたことのある楽器の音色。
この学園に、あの楽器があると…と、それはあの妹が編入するくらいなのだから、あるに決まっているか。
では、聴こえた音色は、まさか…?
そう思ったときには、私の足はすでに聴こえたと思われる方向へ向かい出していた。
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