〜貴女とともに奏でたい、あの歌を…〜

 ―私には、少し歳の離れた妹がいた。
 その妹には、他の人にはないすぐれた才能を持っていた。
 この世界全てでも弾ける人などわずかしかない特殊な楽器、魔導楽器ともいわれるものを弾くことのできた…しかも、誰もが聴き惚れてしまうほど見事に。
 私も、妹の奏でる音色に聴き惚れてしまった人の一人…私が歌を歌いはじめたのも、妹の音色に思わず声が出てしまって、だった。
 私が今の道を歩んでいるのも、妹がいたから…だけれども、そんな妹とはもうずっと長い間会えていない。
 彼女は、遠いところへ行ってしまったから…。

「♪大切なこの想い、抱きしめて…」
 ―ここは、とあるスタジオ。
 一曲歌い終えて録音スタジオから外に出ると、黒いスーツを着こなし怜悧な雰囲気を漂わせた女性が歩み寄ってくる。
「お疲れ様です、これをどうぞ」
「ええ、ありがとう」
 飲み物を差し出してくれた彼女は榊原氷姫さんといい、私のマネージャをしている人。
 年齢は確か二十歳だったかしら…私とそう変わらない歳ながらもずいぶんしっかりとした人で、さながらキャリアウーマンといったところかしら。
 といっても、そうした雰囲気に似合わず少し抜けたところもあるのだけれど…現に、今だってアイスクリームを手にしてるし。
「これで新曲のレコーディングも終わりね…貴女から聴いてみて、どうだったかしら?」
「はい、まずまずといったところでしょうか」
 相変わらず表情一つ変えず正直なことを言う…ま、そんなところもよいけれども。
「CD越しで聴けば解らないでしょうけれど、直に歌っているところを見ると解ります…彩菜自身が満足していないことが」
「そう…」
 間違っては、いないわ。
 私…草鹿彩菜がこうした仕事、つまりボーカリストをしているのは、もちろん歌うことが好きだから。
 けれど、こうして好きなことをして生活をしている、というのはとても贅沢なことなのに、なぜか満たされない。
 歌声はもちろん自分のもの、作詞や作曲も自分でしていて納得のできるものになっているはずなのに…。
「…ふぅ」
 いけない、飲み物を飲み干したときについため息をついてしまった。
「元気、ありませんね」
「…別に、そんなことないわ」
 高めの身長につり目、短めの黒髪、それにややそっけないとも言われることもある態度から、私は周囲の人から冷たい性格だと思われることが多い。
 自分では意識していないのだけれど、でも氷姫さんの外見同様に私の外見もそう見られても仕方ないかしら、とは思う。
 ともかく、今話しているのは、私同様に冷たい人だと思われがちの氷姫さん…一説によると雪女とのハーフらしく、もしそんなことが本当なら別の意味で冷たいわ。
「そうですか? 彩菜が元気付くものを持っているのですけれど、いりませんか?」
 多少意地の悪い言いかたをしているけれど、実際の彼女はそう冷たい人じゃない…お互い、外見と口数の少なさからそう思われがちなのかしら。
 と、私は実際に冷たいのかもしれない…けれど、そんなことよりも…。
「私が元気になるもの?」
「はい、逆に落ち込むものになるかもしれませんけれど…これです」
 大きめの胸元からさっと何かを取り出す…って、どこから出しているのよ。
 ともかく、彼女が出してきたものは…封筒?
「ファンレター? 確かに嬉しくないことはないけれど…」
 あんな意味深なことを言われるほどのものではない気がする…脅迫文なら落ち込むかもしれないけれど。
「そんな余裕ぶった台詞は、差出人のお名前を見たあとで言っていただきたいものです」
 また意味深なことを言われ、手紙を受け取って目を通すけれど…えっ、これって?
「中身は見ておりませんけれど、お気に召しましたか?」
 氷姫さんの問いかけも上の空になってしまうくらい、その封筒の差出人、それに中にあった手紙は私にとって驚きのものだった。
 もう、じっとしているのがわずらわしくなるほど…だから…。


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