〜アサミーナとかなさまと夏のお社で〜

 ―今日の夏梛ちゃんは事務所のほうでお仕事があるから、その間、私…石川麻美は自主練習。
 天姫学園のスタジオを借りてもよかったんだけど、在校生でない私があまり頻繁に使うのもどうかなって思うから、今日は違う場所で練習。
「はぅ、やっぱりちょっと暑いです…」
 学生さんなどは夏休みの時期ということもあって、日差しがとっても厳しい…日傘を差しても、やっぱりとっても暑いです。
 でも、長い石段を上った先にあるお社へくると、心なしか涼しくなった様に感じます。
「夏梛ちゃんのお仕事が、今日も無事に終わりますように…」
 まずはおまいりをしますけど、ここへきたのはそのためだけではありません。
「えっと、それじゃ、森の中をちょっとお借りしようかな…」
 どなたもいないことを確認して、お社のまわりを包む森の中へ足を踏み入れていきました。

 この時期に外で練習するなんてとっても大変…少なくても、この場所以外ではとてもできないと思います。
「…うん、今日はこのくらいでいいかな」
 夕ごはんの準備もありますし、練習を終えることにしてお社の境内へ戻ってみたんですけど…。
「…あれっ?」
 そこにとっても見覚えのある子の姿がありました。
「夏梛ちゃん…きてたんだ」
「あ、麻美? 麻美、麻美こそきてたんですね…練習練習ですか?」
 私の声に反応してこちらを向いたのは、私の大切な人…夏梛ちゃん。
「うん、夏梛ちゃんがお仕事の間、何にもしていないわけにはいかないし…少しでも夏梛ちゃんに追いつかなきゃいけないから」
「でもでも、無理しないでくださいね? 今日も暑い暑いですし」
「うん、ありがと、夏梛ちゃん」
 私は大丈夫、って伝えるために微笑み返す。
「夏梛ちゃんこそ、こんな暑いのに、お社のほうには何しにきたの?」
 少し気になっちゃった…そういえば、私がここにいるってことは言ってなかったし。
「えっとえっと、お散歩です!」
「何だか言葉を詰まらせちゃった感じがするけど…本当にそれだけ?」
 ちょっと引っかかっちゃって、じぃ〜っと見つめちゃいます。
「うぅ、そんな見つめられると恥ずかしいです」
「わっ、夏梛ちゃん…かわいすぎるよ」
 顔を赤らめる彼女がかわいらしすぎて、思わずぎゅってしちゃう。
 うん、夏梛ちゃんがああ言ってるんですから、それでいいですよね…こうして会えたことが、とっても嬉しいですし。
「はぅっ!? あ、麻美麻美…! 嬉しいですけど…はわわっ!」
 一方、ぎゅってしちゃったあの子はあたふたしちゃって、本当にかわいい…。
「もう、夏梛ちゃん、大好き…それに、今日もお仕事、本当にお疲れさま…」
 そんなあの子がとっても愛しくって、やさしくなでなでしてあげる。
「ありがとうございます、麻美」
「ううん、そんな…今日のお仕事、どうだったのかな」
「はい、無事に無事に終わりましたよ?」
「そっか…うん、夏梛ちゃんだし、私と違ってお仕事の心配はいらないよね」
「そんなことないと思いますけど…」
 私は一安心したんだけど、あの子はその私の言葉が少し引っかかっちゃったみたい?
「ううん、そんなことないよ。だって、私なんてこの間のラジオだって…わっ、えと、な、何でもないよ…?」
 ふと先日のwebラジオ収録のことを言いそうになって、恥ずかしくなっちゃう。
 先日もとってもたどたどしくなっちゃったし、やっぱり私はまだまだ…。
「もうもう! 麻美は気にしすぎです!」
「…わっ、え、えっと、夏梛ちゃん?」
 あの子が突然強い声を上げるものですから、少し驚いて身体を離してしまいます。
「全く全く…素の麻美が一番かわいいですのにっ!」
 さらに、そんなことを言ってぷいってされちゃいました。
「わ、え、えっと、夏梛ちゃん…も、もう、そんな、恥ずかしいよ…」
「ほらほら、かわいいじゃないですか」
 言葉を詰まらせる私に彼女はにこにこします。
「も、もうっ、夏梛ちゃんのほうがずっとかわいいのにっ」
 思わず真っ赤になりますけど、それは間違いありません…さっきぷいっとしたりしたときだって、あまりのかわいらしさにぎゅってしそうになりましたから。
「ななっ、何を言ってるんです! 麻美のほうが千倍かわいいですっ!」
 それなのに、あの子はそんなことまで言ってきちゃいます…!
「も、もうもう、夏梛ちゃんは自分のかわいさを全然解ってないよ!」
 うん、誰に聞いても、地味な私より夏梛ちゃんのほうがかわいい、って答えると思うのに…。
「麻美こそ、解ってないです! むぅ〜…」
 と、夏梛ちゃん、少しふくれながら見つめてきて…やっぱり、とってもかわいいです。
「もう、夏梛ちゃんよりかわいい子なんているわけないし、まして私なんて…むぅ〜」
 私からも見つめ返しちゃいますけど、あの子があんなこと言うのも私のことを好きだと思ってくれているから、と考えると嬉しいかも。
「もう、夏梛ちゃんったら…しょうがないんだから」
 そんなあの子が愛しくなって、またぎゅっとしちゃうのでした。

「お仕事は大丈夫でしたけど、やっぱり暑い暑いのは大変でした」
 しばらくして身体を離してから、あの子はそんなことを言います。
「うん、暑いのは本当にきついよね…。何だか、片桐さんが倒れちゃった、っていう話も聞いたし…」
 そしてその話を聞いた途端に山城さんが事務所を飛び出していったりしちゃいましたっけ…。
「ですです、麻美も気をつけないと…」
 うん、心配してくれるのはとっても嬉しい…けど。
「もう、それを言うなら夏梛ちゃんも、だよ? 夏梛ちゃんのほうがずっと暑そうな服装をしてるんだし…」
 日傘を差してそばに立ってあげるけど、今日のあの子もいつもどおりのゴスいおよーふくですから…。
「これ、意外と涼しい涼しいんですよ?」
「う〜ん、そうなの? あんまりそうは見えないんだけど…」
 いくら夏物とはいっても…と考える私ですけど。
「あっ、そうだ、少し待ってて? ちょうど、ちょっといいもの持ってたんだっけ…」
 うん、いつか夏梛ちゃんに、って持ち歩いてたものがあって…日傘を閉じて、そばにあった鞄を手にします。
「…麻美?」
「夏梛ちゃん、ちょっとばんざいしてみて?」
 首を傾げる彼女に、鞄の中身を取り出しながらそう声をかけます。
「…こうですか?」
 言われたとおりに両手を上げてくれて、やっぱりとってもかわいいです。
 あたりを見回しても誰もいなさそう…うん、大丈夫。
「うん、それじゃ…さささ、ささっ」
 手際よくあの子の服を脱がして、代わりに鞄から取り出した服を着せてあげます。
「ひゃうっ!? ななっ、何ですかこれはっ!?」
 あたふたしちゃう彼女ですけど、着せたのはいたってシンプルなTシャツ…ただ「働いたら負け(杏)」と書かれています。
 これはとあるアイドルな子の普段着なんですけど…。
「あっ、やっぱりちょっと似合ってるかも…それじゃ、私はこんなのでどうかな」
 私も手早く着替えを…ちょっときらきらした服になってみます。
「これは…私は絶対に働かないぞ! 寝て起きて寝る…これが私の生き様だぁー!」
 一方のあの子はそんなこと言って…。
「…って、何を言わせるんですか」
「わっ、夏梛ちゃん…私は何も言わせてないよ?」
 今のあの子の言葉は、あのTシャツを着てる子の台詞なんだよね…。
「やっぱり夏梛ちゃんも知ってたんだ…大好きにょわ〜」
 私の服装もまたとあるアイドルな人のもので、そのお二人がカップリングになってることがよくあって…それにあのTシャツの子が夏梛ちゃんに似てるところがあったからあんな格好をさせちゃったんですけど、こんな夏梛ちゃんもかわいくってぎゅってしちゃいます。
 うん、やっぱり夏梛ちゃんは誰よりもかわいいですよね。


    -fin-

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