〜アサミーナとかなさまの謎の練習〜

 ―今日はお仕事もないから、私…石川麻美はいつもどおり町外れの神社へ向かう。
 そこの森をお借りして練習をするわけだけど、でも先日はそこに山城センパイがいて私は遠慮させてもらったっけ。
 ああいうことってあれがはじめてだったけど、今日はさすがに誰もいないかな?
 そんなことを考えながら神社へやってきて、軽くお参りをしてから森へ入ろうとする…と。
「…あれっ、森の中から誰かの声がする」
 そう、誰かのかけ声みたいな声が耳に届いたの。
 その声は山城センパイのものではありませんでしたけれど、それ以上にとっても聞き覚えのあるもので…自然とそちらへ足が向きます。
「たぁ! せいっ! そりゃ!」
 森の中にはかけ声をあげて木刀を振り回す、ゴスいおよーふくを着た女の子の姿…。
「あっ、やっぱり夏梛ちゃん…今日、もうお仕事終わってたんだ」
 木陰で足を止めて、愛しい人のことを見守ってみます。
「でも…何、してるのかな?」
 私もときどきする剣術のお稽古に見えますけれど、私と違ってあの子にはそんな心得はないはずですから少し不思議になります。
「はぁっ! てぃ、そりゃっ…ふにゃっ!?」
 そんな夏梛ちゃん、勢いよく木刀を振り回していましたけれど…勢い余った様子で転んでしまいます!
「わっ、か、夏梛ちゃんっ!? 大丈夫っ?」
 その瞬間に私は自然と飛び出していて、あの子へ駆け寄るとしゃがみ込んで上半身を抱き上げます。
「あ、麻美…? 私はもう…ダメかもしれない…」
 あの子はといえば、弱々しい声でそんなこと言って…?
「えっ、か、夏梛ちゃんっ? 何言って…しっかりしてっ?」
 あまりに突然のことに不安になっちゃって、思わずぎゅってしちゃいます。
「大好きですよ…麻美…」
 そう言い残したあの子、力なくうなだれてしまいます…?
「わ、私も大好きだけど…か、夏梛ちゃんっ!? 夏梛ちゃ…夏梛ちゃーんっ!」
 こんな悲しいこと、とてもじゃないですけど信じられなくって、叫びながら涙があふれてきちゃいます。
「…あ、麻美? 演技ですよね…ガチでガチで泣いて泣いてませんよね?」
 と、少しあたふたしたあの子の声が耳に届く…って、そ、そういうこと…?
「う、うぅ、くすん、くすん…う、うん、もちろん、演技だよ…? 夏梛ちゃんが無事で、本当によかった…」
 涙を拭って、ゆっくり身体を離します。
「はぅはぅ…麻美の迫真の演技にあたふたしました…」
 …本当は演技じゃなかったんですけど、それは黙っておこう。
「くすん、くすん…も、もう、それはこっちの台詞だよ? いきなり転んだ上に、もう終わりみたいなこと言って…」
「はぅはぅ、転んだのを誤魔化そうと…苦肉の策だったのですよ…」
「うぅ、もう、でも、そんな夏梛ちゃんもかわいい…」
 恥ずかしそうに赤くなるあの子をなでなでしちゃいます。
「はぅはぅ、かわいくなんて…ドジなだけです」
「もう、だから…そんなところも、かわいいんだよ」
「は、はぅ…もうもうっ!」
「夏梛ちゃんは何もかもがかわいいんだから…」
 ますます赤くなっちゃったりして、本当、そうですよね。
「今日のおよーふくもとってもかわいいし…って、大変、転んだときにちょっと汚れちゃってる…!」
 ゴスいおよーふくについちゃった汚れをはたいてあげます。
「はぅ、あ、ありがとうございます」
「もう、お礼なんていらないよ? でも、今日のおよーふく…いつもよりゴスい感じだね」
 うん、いつも以上に力の入った感じがするかも。
「ですです、勝負服というやつかも? かも?」
「えっ、そ、それって…わっ、ど、どういう意味かなっ? 夏梛ちゃん、そんなおよーふく着て…どうするつもりなのっ?」
 ちょっと思ってもみなかった言葉におろおろしちゃいます。
「…麻美を食べちゃうぞ?」
 と、その夏梛ちゃん、そんなことを言って…?
「わっ、か、夏梛ちゃん…もう、そんな…」
 まさかあの子がそんなこと言うとは思わなくって、一気にどきどきしてきちゃいます。
 さすがにここでは、またおよーふくが汚れたりするかもしれませんからダメですけれど…帰ってからのことを思うとどきどきしちゃいます。

「ところで、そもそもこんなところで何してたの? 見た感じ、声の練習でもダンスの練習でもない気がしたんだけど…剣術とかに見えたけど、夏梛ちゃんがすることないと思うし…」
 と、あの子が転ぶ原因になったことについてたずねてみました。
「えとえと…剣で戦うときの呼吸の練習を…」
「えっ、剣で戦うって…夏梛ちゃんが? でも、そんな機会あるわけ…」
 そこまで言いかけて、この間の自分自身がしていたことを思い出します。
「…って、もしかして、そういう役を演じる、ってことなのかな?」
 私もそういう役のオーディションを受ける際に同じことをしましたっけ。
「ですです、でもでも剣なんて触ったことありませんから」
 う〜ん、私は剣術などを昔からお稽古の一つとしてやってましたけど、でも普通はそうですよね…。
「でも、夏梛ちゃんならどんな役でも大丈夫だって思うけど」
 うん、夏梛ちゃんは本当にすごいんだもん。
「でもでも…りありてぃって大事大事だと思うんですよ」
「夏梛ちゃんならそのあたりも大丈夫だって思うんだけど…でも、そう思って実際に剣のお稽古をするなんて、夏梛ちゃんはやっぱりえらいね」
「そ、そんなそんなことは…」
 もう、照れちゃったりして、かわいい。
 うん、私もそんな夏梛ちゃんに負けない様に頑張らないと。
「あっ…えっと、剣なら私も少しできるから何か教えられるかもしれないし、そうじゃなくっても、こうやってここで会えたんだもん、一緒に練習、したいな…?」
「はぅ…ですです、ぜひぜひ、麻美と一緒に練習したいです」
 私が微笑みかけると、あの子も笑顔でうなずき返してくれました。
「うん、ありがと、夏梛ちゃん。それじゃ、一緒に練習しよ」
 やっぱり練習も大好きな夏梛ちゃんと一緒にするのが一番幸せで頑張れます。
 それに、夏梛ちゃんはやっぱりとってもかわいくって…はぅ、私はとっても幸せものです。


    -fin-

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