〜アサミーナの休日〜

 ―今日の私、石川麻美は一日お仕事もなくってお休み。
 午前中は家事をしたり、夏梛ちゃんへのお弁当を作ったりして…うふふっ、お嫁さんですね。
 お昼はそのお弁当をあの子へ届けて一緒に食べたんですけど、あの子がちょっとそわそわしていた気が…ううん、いつも私がお弁当を持っていくと恥ずかしそうにはしているんですけど、今日はちょっと違う感じ…。
「ご、午後からは大切大切なお仕事がありますから、緊張緊張しているんです」
 本人にはそう言われましたけれど、普段お仕事であんまりそうした様子を見せませんから、ちょっと珍しく感じました。
「そうなんだ…無理しないで、いつもの夏梛ちゃんでいれば大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます…」
 なでなでしながら声をかけると顔を赤くされちゃって…うふふっ、かわいいです。

 午後からもお仕事のある夏梛ちゃんと別れてまた一人になりましたけれど、どうしようかな…?
 少し考えますけれど、あの子が頑張っているのにのんびりしている気分にはなれません。
 そもそも私はあの子とは違って声優としても歌い手としてもまだまだですから、自主的に練習することに…そして、その練習のできる、私の母校でもある私立天姫学園へ向かいました。
 そこには卒業前には私も毎日の様に使っていたスタジオがあって、ほとんど知られていなくて人が使っていることもほとんどないということで卒業後の今もたまに使わせてもらっているんです。
 人がいないことが多いとはいいながらも、でも念のためほんの少しだけそこへ通じる扉を開いて中の様子を確かめてみますけれど…声が聞こえます?
「松永いちごのスマイル・ギャ○グ〜」
「シャッス! トライアル中なのにこんなことしてていいのかしらね、副ヘッドの冴草エリスよ?」
「シャッス!ですぅ。はわわっ、でもそう言いながらも参加してくれてありがとうございます、ヘッドの松永いちごです」
「んなっ、こんなの、別にただの気分転換よ?」
 中からは二人の女の子の声がして、さらにどうやらラジオ番組の様なことをしているみたいでした。
 冴草さんという子ともここでお会いしたことがありましたけれど、そういえば松永さんのほうは私みたいにここで声優を目指して練習をしている子でしたっけ。
 ちゃんと練習しているみたいで、これはお邪魔をしてはいけませんよね。

 あのスタジオほどいい環境は他にはないんですけど、後輩の邪魔はできませんし今日は遠慮をして。
 静かで誰もこない森の中で声の練習をしようかな、とも思ったのですけれど、ふと思い立ってそれとは逆方向、つまりたくさんの人で賑わう市街地へ向かいました。
 夏梛ちゃんでしたらこういうところを歩くと目立って注目を浴びちゃいますけど、私はそんなことはなくって存在感が薄いから大丈夫。
 やってきたのは、学生さんらしい子などの姿の多いカラオケボックス…そこで一部屋借ります。
 一人でカラオケ、というのはそう珍しいことではなくなってきたとはいいますけれど、私はそもそもこういうところへくること自体がまずないですから、とっても緊張してしまいました。
 そんな思いをしてまでここへやってきた理由…もちろん、遊びにきたわけじゃありません。
「えっと、入ってるかな…あっ、あった、よかった」
 特にルームサービスなどを頼むこともせず、お目当ての曲…とあるアーティストの曲を探すと、幸いなことに一曲だけ入っていました。
 うん、一曲入っていれば十分だし、それにこれがデビューシングルで今のところ一番歌う機会の多い曲だものね…ということで慣れない手つきでその曲を登録しました。
 流れてきたのはとっても聞き覚えのある曲…それもそのはず、夏梛ちゃんと私、二人のユニットの曲なんですから。
 自分たちの曲がこうしてカラオケにあるなんて、よく考えたらとってもすごいことですよね…って、感慨に浸っている場合じゃありません。
「ん…こほんっ」
 マイクを手にして立ち上がった私、流れる曲を歌いはじめますけれど、ただ歌うだけじゃなくって、実際にあの子と一緒にステージへ立ったりするときの様に振り付けも加えていきます。
 そう、私がここへきた理由、それはユニットの曲を練習するため…ここでしたら一応個室ですし、こうしてメロディつきで歌えるんですから、悪くない環境ですよね。
 歌い終わっても、また同じ曲を登録してもう一度…それを繰り返していきますけれど、何だか物足りません。
 私の実力がまだまだ、っていうことももちろんありますけれど、それ以上に…って、そっか。
「そんなの、夏梛ちゃんがいないからに、決まってますよね」
 この曲は元々ユニットとして二人で歌うものなんですし、振り付けだってもちろんそう。
 だから、物足りなく…さみしく感じちゃうのは、当たり前のことです。
「でも、夏梛ちゃんがいないのはしょうがないことだし、さみしいなんてわがまま言わず、ちゃんと練習しなきゃ」
 ここでしっかり練習しておけば、次にあの子と一緒に歌うとき、もっと楽しくなれるはずだもの。
 そう心に気合いを入れて、また同じ曲を登録しようと…。
「…しょうがなくなんてないですし、わがままでもないですから、一緒に歌いませんか、麻美?」
 えっ、後ろからあの子の声が聞こえました…?
 はぅ、さみしさのあまり幻聴が聞こえる様になっちゃったのかな…でも念のために振り返ってみると、そこには一人の女の子の姿が…?
「…えっ、か、夏梛、ちゃん?」
 そこにいたのは見間違えるはずもない、私の大切な人…突然のことに固まってしまいました。
「麻美ったら、そんなにびっくりして、かわいいかわいいです」
 そう言って微笑む彼女は、けっして幻などではありません。
「か、夏梛ちゃん…どうして、ここにいるの? お仕事は…」
 そもそもどうして私がここにいるのが解ったのかも不思議…本当に、どうなっているの…?
「あっ、それは、えとえと…実は実は、麻美の後をつけてました」
「…えっ?」

 突然私の前に現れた夏梛ちゃん…本当は午後からお仕事はなくって、ずっとこっそりと私の後をつけてきたっていいます。
 嘘をついてまでどうしてそんなことをしていたのかというと、自分がいないときの私が一人で休日をどう過ごしているのか、ふと気になってしまったからみたい。
「ごめんなさい、こんなこんなことして…」
 夏梛ちゃんは申し訳なさそうですけれど、その彼女がそんなに私のことを気にしてくれているなんてとっても嬉しいことですし、それにそんなことを考える彼女もとってもかわいいですよね。
「ううん、気にしなくっても大丈夫だよ」
「あ、ありがとう、麻美…」
 ですから、微笑みながら頭をなでちゃいました。
「でもでも、麻美はお休みの日もこうやって一人で練習していたんですね…えらいえらいです」
「そ、そんなこと…私なんてまだまだだから、夏梛ちゃんの足を引っ張らない様に、ってそれでやってるだけだし、全然えらくなんてないよ?」
 でも、こういうところを見られちゃうなんて、ちょっと恥ずかしいかも…。
「…むぅ〜、麻美は別に別に足を引っ張ったりなんてしてませんよ? 歌声もとってもとってもきれいですし、振り付けのほうもちゃんとできてます」
「わっ、そ、そうかな?」
 夏梛ちゃんにそう言われて、大げさとも感じられるんですけど、それ以上にますます恥ずかしくなってきちゃいます。
「もうもうっ、その様子はあんまり信じてなさそうです…けど、本当本当ですよ?」
 と、どうやら心を読まれちゃったみたいです。
「確かに確かに、麻美って明るい曲は得意じゃない感じですけど、しっとりとした曲はとってもとっても雰囲気も合ってて上手ですよ?」
「そ、そうかな、ありがと…う〜ん、でも、明るい曲が上手くないとあんまり意味ない様な…」
「そんなことないですし、それにそれに明るい曲は私が得意ですから、そこは二人でバランス取れてるって思います」
 あっ、つまりユニットの二人でそういうところを補い合っていけばいい、ってことかな…。
「解ってもらえました?」
「うん、夏梛ちゃんと私はやっぱり一緒が一番、っていうことだよね」
「はわはわ…えとえと、まぁ、そういうことです…!」
 うんうん、夏梛ちゃんと一緒なら、大変なことも頑張れるよね。
「じゃあ、夏梛ちゃん…えっと、一緒に練習してくれる?」
「う〜ん、せっかくせっかくこうしてカラオケボックスにきてるんですから普通に楽しんでもいい気がするんですけど…でもでも、麻美がやる気を見せてるんですし、一緒に歌いましょう」
「うん、ありがと、夏梛ちゃん…大好きっ」
「はわはわっ、こ、ここ、一応外から中が見えちゃうんですから…!」
 思わずぎゅっとしてしまうと、あの子はやっぱり慌てちゃいます。
 そういえば、扉のところからちょっとのぞける感じ…でも、そんなことは気にしなくってもいいのに。
 それにしても、カラオケですか…今まで機会がなかったですけど、夏梛ちゃんと色んな歌を歌うのも、確かにとっても楽しそう。
「もうもうっ、曲がはじまりますし、いきますよっ?」
「あっ、うん、夏梛ちゃん」
 でも、今日は一緒に練習かな…うん、とっても幸せ。


    -fin-

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