〜アサミーナとかな様〜
―私、石川麻美は、個性的な生徒が多いことで有名な私立天姫学園の卒業生。
といっても、在学中の私はごくごく目立たない生徒でした。
それは、その学園の生徒でしたらかならず持っている特殊な能力…私の持つそれが、とっても地味だったこともあります。
私の実家は、大正期に財をなした少し大きめの家で、その関係で珍品などが数多くあり、幼い頃からそれらを見続けてきた私は、いつしかそういったものの価値を確実に見抜ける様になっていました。
自分ではそれは普通のことと感じていたのですけれど、それが特殊な能力と認められその学園へ入ることになったんです。
そんな能力でもその道を歩めば成功は間違いないですから、将来は鑑定士になるといいと勧められました。
けれど、卒業後に私が進んだのは、それとは全く違った道でした。
私が歩んだのは、声優になるという道…憧れでしたし、それに特殊能力に頼らない道を歩みたかったですから。
そう簡単になれるものではないものではありましたけれど、学生時代からこっそり独学で練習していたりしたこともあって、何とかデビューを果たすことができました。
そういえば、私が練習に使っていた学園のスタジオ、今では後輩の女の子がやっぱり声優を目指して練習に使っているみたいなんです。
それはともかく、声優になるって夢が叶ったのも嬉しいことですけど、それ以上に嬉しいことは、あの子に出会えたこと…。
私が所属することになった事務所…歌い手さんの草鹿彩菜さんなどが所属していて、また私と同じ学園出身の先輩さんである榊原氷姫さんがその彩菜さんのマネージャとしているところなんですけど、そこで私は同い年で同じく新人の声優としてデビューした女の子に出会ったんです。
お人形さんみたいにかわいらしくって、しかもとっても明るい女の子…。
「…麻美? ぼ〜っとしちゃって、どうしたの?」
とっても聞き覚えのあるかわいらしい声に、私の意識がすっと引き戻されました。
ちょっと薄暗いその場所、私のすぐ隣には私よりほんの少しだけ背の低い、髪をツインテールにした女の子の姿。
「ごめんなさい、ちょっと夏椰ちゃんにはじめて会ったときのことを思い出してて…」
「なっ、ほ、本番前にそんなこと考えてるなんて、麻美は余裕余裕なんですねっ」
顔を赤くしてしまったその子が、私が想いを馳せていた女の子、灯月夏梛ちゃん。
ちなみに、今の私たちが立っているのは、中規模なステージの舞台袖。
「それにそれに、目の前に本人がいるのに、昔々のことを考えるなんて…!」
ちょっとツンツンしちゃう夏梛ちゃんですけど、そんな態度は私にしか見せなくって…私だけ特別なのかなって思うと、嬉しくなっちゃいます。
それに、私がこの日のために選んであげたゴスいおよーふくを着た姿がまたかわいくって…もう我慢できないっ。
「夏梛ちゃん、かわいいっ」
「は、はわわわっ、い、いきなり、しかもこんなときに抱きつくなんて…!」
そう、私は思わず彼女をぎゅっと抱きしめちゃった…以前の私じゃ考えにくいことだけど、夏梛ちゃんを前にすると、つい…。
夏梛ちゃんもあんなこと言いながらも抵抗しないから、しばらくそのままでいる。
「夏梛ちゃん、どきどきしてる…」
「あ、当たり前ですっ」
「そうよね、たくさんの人の前で歌ったりするなんて、とっても緊張しちゃう…」
私たちがここで待機しているのは、もうすぐ私たちのライブがはじまるから。
そう、私と夏梛ちゃんは新人声優であるのと同時に、二人組のアイドルユニットとしても活動しているの。
「あ、相変わらずですね、麻美は。全然全然ダメダメです」
「しょ、しょうがないじゃない、私は歌もあまり上手じゃないし、夏梛ちゃんみたいにかわいくもないし…」
バイオリンの演奏で舞台に立ったことは昔ありましたけど、ライブとなるとその熱気がものすごく、そんなものとは比較になりません。
それに、夏梛ちゃんはアイドルデビューも想定してたみたいだけど、私は声優としてのみの活動しか考えてなかったから、こんな大人数の前で歌ったりするなんて…やっぱり緊張します。
「…はぁ」
あ、ゆっくり身体を離されてため息をつかれちゃいました…呆れられたのかな。
「ほんとほんと、麻美はダメダメです。歌もうまいしかわいいのに、そんなこと言って」
「か、夏梛ちゃんっ?」
「もう、それならどうしてどうしてアイドルになろうって思ったんですか?」
「そ、それは…夏梛ちゃんと、同じ舞台に立ちたくって…」
当初、アイドルとして売り出すのは夏梛ちゃんだけの予定だったんですけど、私が自分で強くお願いしてこうしてユニットにしてもらったんです。
アイドルなんて考えられなかったのにどうしてそんなお願いをしたのかというと、それは今の言葉通り…夏梛ちゃんと、一緒にいたかったから。
「だったら、一緒に頑張ろ? 私だって、一人じゃ緊張緊張してダメダメになっちゃうかもだけど…麻美がいるから、大丈夫なんだから」
と、顔を赤らめた彼女が、私の手をつないできます。
「夏梛ちゃん…」
「そ、そんな熱い目で見つめないでください…ほ、ほら、もう時間ですし、行きますよ?」
「…うんっ」
手をつないだまま、私たちは一緒にステージへ向かいます。
私、この子と一緒なら、この子と頑張れるなら、緊張なんて吹き飛んじゃいます。
だって、私は誰よりも夏梛ちゃんのことが好き…一番のファンですし、それ以上でありたいですから。
-fin-
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