〜アサミーナとかな様と桜の季節〜
―お部屋のカーテンを開けると、外は風も強くなくってとってもいいお天気。
「…うん、よかった」
今日が前々から計画をたてていた日ですし、一安心です。
「むにゅにゅ…麻美? まだ起きるのははやいはやいです…今日はお休みなんですし、もうちょっと…」
と、ベッドのほうからかわいらしい声が聞こえてきましたから、もう一度カーテンを閉じ直してそちらへ歩み寄ります。
「うふふっ、うん、夏梛ちゃんはもうちょっとお休みしてていいよ? 私は、ちょっと今日の準備をしたいから」
「…今日の、準備? 何です何です?」
「それは、後のお楽しみだよ」
ベッドで横になっているとってもかわいらしい女の子、灯月夏梛ちゃんをやさしくなでなですると、彼女は気持ちよさげにまた眠りの世界へと入っていきました。
そんな夏梛ちゃんもとってもかわいくって、そのままぎゅってしたくなっちゃいます…こうやって一緒に暮らせていること自体が夢みたいで、毎日とっても幸せです。
「…麻美ったら、はやく起きて何を何をしてるんです?」
ちょっと遅めに起きてきた夏梛ちゃんと、あらかじめ用意していた軽めな朝ごはんを一緒に食べますけど、そうたずねられてしまいます。
「うん、ちょっと…夏梛ちゃんも今日はお仕事お休みだし、一緒にお出かけしようかなって思って」
「あ、なるほどなるほどです」
私が何をしているのか、彼女にはもう解っちゃったみたいです。
「その準備はもう終わりそうなんですか?」
「う〜ん、まだもうちょっとかかりそうかも」
ちょっと張り切りすぎちゃって、色々凝ったものを作り出したら止まらなくなっちゃいました。
「全く全く、しょうがないです…それじゃ、私は近くの公園で待ってますから、準備が終わったら麻美もそっちにきてください」
「あっ、うん…」
「…楽しみ楽しみにしてますからね?」
あっ、夏梛ちゃんったら…私の邪魔にならない様に、さあに完成まで見ない様にってあんなこと言って…うん、頑張らなきゃ。
「…うん、完成」
朝食後、夏梛ちゃんを見送ってから再び準備をはじめたんですけど、それもようやく終わって時計へ目をやりますと…午前十一時?
「わっ、い、いけない、急がなきゃ…!」
準備に夢中になるあまり、時間のことを気にしてませんでした…彼女をずっと待たせたままですし、急いで荷物をまとめてお家を後にしました。
彼女が待っていると言っていたのは、お家の近くにある公園…向かってみますと、敷地内の桜がちょうど満開になっていました。
それに、今日は私たちはお休みっていっても平日ですから公園内に人の姿も、ベンチに座るゴスいおよーふく姿の一人を除いてありません。
今日はお花見をしようって思ってまして、桜がきれいな上にいつも人のいない町外れの神社へ行こうって考えてたんですけど、これでしたらこのままこの公園でお花見をしてもよさそうです。
満開の桜の下にあるベンチで一人座っているのは、もちろんここで待っていると言っていた夏梛ちゃんで、どうやら何かを読んでいるみたいです。
「夏梛ちゃん、待たせてごめんね…何してるの?」
その姿が絵になってましたから見とれそうになりましたけど、何とか気を取り直して歩み寄り、持ってきた荷物を反対側へ置いて声をかけながら隣へ座りました。
でも夏梛ちゃんからは何の反応もなくって、もしかして遅かったことを怒ってるのかなって心配になりながら彼女を見つめてみますけれど、そんな彼女はとっても真剣な表情で手にした本へ目を向けています。
夏梛ちゃんって集中するとこうやってまわりが見えなくなるときがあって、すごいなって感じるのと同時にちょっと心配にもなっちゃうんですけど、何を読んでいるのかな…もうちょっと、身体が触れちゃうくらいに近づいて、本を覗き込もうとしてみます。
「…麻美? 何をしているんですか…近い近いです」
「あっ、夏梛ちゃん、気がついたんだ…うん、何をそんなに集中して読んでいるのかな、って」
「…あ」
夏梛ちゃん、さっと本を閉じて、そのままそれを鞄へしまっちゃいました。
「なっ、何のことかな?」
そしてこちらへかわいらしい笑顔を向けてきましたけれど…誤魔化されちゃってる?
「何のこと、って…さっきの、台本だよね?」
ちらりと中が見えたんですけど、確かにそうでした。
お休みの日もこうやって空いたお時間でお仕事のことを頑張る夏梛ちゃん、やっぱり偉いですよね。
「新しいお仕事かな…もしよかったら私にも見せてくれたり、お話を聞かせてもらえると嬉しいかな、って」
「…うふふっ、秘密よ?」
と、夏梛ちゃん…今までにない雰囲気の笑顔を向けてきました。
「えっ…か、夏梛、ちゃん?」
その大人っぽい雰囲気の声にどきっとしちゃいます。
「あら、私の顔に何かついてるかしら?」
「う、ううん、そうじゃないけど…そんな大人っぽいしゃべりかた、どうしたの…?」
「うふふっ…麻美ったら、おかしなこと言うのね?」
「そ、そうかな…夏梛ちゃんがいつもと全然違う雰囲気で私をどきどきさせてきてるんだって思うけど…」
いつものかわいい夏梛ちゃんでももちろんどきどきしちゃうんですけど、こうも違う雰囲気ですと…。
「ええ、何もかも忘れさせてあげるわ」
しかも、そんなことを言ってこちらへ迫ってきちゃいます…?
「わっ、か、夏梛ちゃん…!」
「違うでしょ? お姉さま、とお呼びなさい?」
いつもの彼女でしたらむしろ妹なんですけど、今はまさにそんな感じ…。
「わ…え、えと、お、お姉さま…?」
まさか彼女のことをこんなふうに呼ぶ日がくるなんて、どきどきが収まりませんけどどうして突然こんな…と、ある可能性が思い浮かびました。
「そ、その、もしかして、そんな役をするのかな…?」
「…あら? 全然聞こえないわ」
微笑まれちゃいましたけれど、さっきの台本はそういうことでしたか…。
「もう、夏梛ちゃ…お姉さまったら、しょうがないんだから」
「あら、物分りのよい子は好きよ?」
「あ、ありがとう…お姉さま」
今の夏梛ちゃんはきっとさっきの台本にあった自分の役になりきってるんですね…こんな役をするなんて、その作品が色々楽しみになっちゃいます。
「あっ、それでね、桜がきれいだからお花見をしようかなって、お弁当を作ってきたんだけど…」
「あら、それは楽しみね」
彼女は役作りのためにこうしているのだと思いますし、そのままで普通に話をしていくことにしました。
「うん、ここの桜もきれいだし、他に誰もいないから、ここで食べようって思うんだけど…お姉さま、いいですか…?」
「え、ええ、喜んで…」
私がじっと見つめると、彼女は変わらない口調ながら顔を赤くしちゃいました…やっぱり夏梛ちゃんはかわいいです。
「うん、それじゃ、夏梛ちゃ…お姉さまのために作ったお弁当、どうか食べてください」
持ってきた荷物…お弁当をベンチの上に広げました。
「あらあら、嬉しいわ…それでは、ぜひしてもらいたいことがあるのだけれど」
「うん、お姉さまとお花見ができて私もとっても嬉しいけど…な、何かな?」
じっと見つめられてどきどきしながら彼女の言葉を待ちます。
「ふふっ、食べさせあいっこしましょうか…口移しでも構わなくってよ?」
微笑みながらそう言われましたけど…えっ、そんな、平然とそんなこと言うなんて…!
いつもの夏梛ちゃんなら絶対言わないと思いますし、私が言ってもとっても恥ずかしがるはずなのに…ここまで役になりきった態度が取れるなんて、やっぱり夏梛ちゃんはすごいです。
「ほら…あ〜ん」
「う、うん、お姉さま…あ〜ん」
でも、たまにはこんな積極的な夏梛ちゃんを堪能するのもいいですよね。
きれいな桜の花を見ながら、それ以上にきれいで大好きな子とこうして過ごせるなんて…とっても幸せです。
-fin-
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