放課後は私たちが友達になったあの場所へ向かいます。
「深空ちゃん、いらっしゃいませ…なの」
「う、うん、えっと…こんにちは」
 今日もあの子は温室でお花へ水をやっていて、私はそんな彼女へ歩み寄って挨拶を交わします。
「深空ちゃんはそちらのお花をお願いできますの?」
「うん、解りました」
 みーちゃん以外の荷物を置いて、代わりにじょうろを手にしてお花へ水やり。
 最近はこうやってあの子と一緒にお花のお世話をするのが日常になってきています。
 自然と勉強する時間は減っていっちゃってますけど、最近はちゃんと授業についていけてますし、お休み前に少し予習復習をするくらいで大丈夫です。
 それに、お花は昔から好きですから、こうやってお花に囲まれた中でお花を育てる、ということができるのは嬉しいです。
「深空ちゃん、お茶を淹れましたから少しお休みするの」
 しばらくお花のお世話をしていますと、あの子がそんな声をかけてきました。
 見ると、温室の中にあるテーブルの上に二人分のお茶、それにお菓子も用意されていました。
「あ、えと、ありがとうございます…」
「いえいえなの」
 うながされるままにあの子と一緒のテーブルについて、お茶とお菓子の時間…。
「…おいしい」
「あらあら、ありがとうなの…嬉しいの」
「あ、えと…」
 お茶を口にしてついつぶやいちゃった一言にあの子が満面の笑顔を浮かべて、何だかとっても恥ずかしくなっちゃいます。
 おいしいのは確かなのに、どうしてこの子の前でそれを口にすると恥ずかしくなってくるんでしょう…うぅ。
「…ふぅ」
 気持ちを落ち着けるためにももう一口お茶を口にして深呼吸…。
 温室には私とあの子以外には誰の姿もなくってとっても静かですから自然と気持ちも落ち着きます…けど。
「そういえば、ここ、いつも人がいませんね…」
 あの子とここではじめて会った日から今日まで、安堵かここへはきていますけれど、彼女以外の人に会ったことがありません。
「深空ちゃんは、他にも人がいたほうがいいの?」
「ううん、そんなことありません、松永さんと二人のほうが…」
「あら、嬉しいの」
「…って、い、いえ、今のは何でもないです、とにかく人がいなくて静かなところのほうが好きなだけですから…!」
 思わず出ちゃった言葉を慌てて取り消しますけど、あの子はやっぱりにこにこして。
 もう、私は本当に何を言ってるんでしょ……第一、ここにはみーちゃんもいるのに。
「えっと、と、とにかく、どうしてここにはいつも人がいないんでしょう…?」
 何とか話を本題に戻さないと。
「それはきっと皆さんここのことをご存じないからだと思うの」
「…そう、なんですか? 確かに、少し目立たない場所にあるとは思いますけど…」
「はいなの、ここはつい最近作ってもらったばかりなの」
 なので知っている人が少ない、ということですか…あれっ?
「何か言い回しが変です…作ってもらった、ですか?」
 確かに改めて見回してみると新しくできた場所だっていうことが解りますけど、ここって学校の施設なんですし…。
「はいなの、中等部用の温室がなかったから、お願いして作ってもらったの」
「えと…お願いって、誰が誰に、です?」
「はいなの、私が学校にお願いしたの」
「そ、そう…なんですか…」
 こんな大掛かりなものを、一生徒がお願いしただけで学校に作ってもらえるものなんでしょうか…。
 もしかして、この子って何かものすごい…ううん、逆に学校がものすごいのかも…。
「どうかしましたの?」
「…あっ、ううん、何でもないです」
 まぁ、ここってかなりのお嬢さま学校みたいですし、そういうこともあるのかもしれませんか…。
「え〜と、じゃあここのお花たちの世話って、松永さんが一人でしてるの?」
「はいなの、中等部の園芸部を作ったけど、今は部員は一人なの」
 あ、一応部になってるんですか…。
「でも、もう一人くらい部員がいてくれたほうが嬉しいかもしれないの」
 それはそうかもしれません…こんな広い温室、一人でお世話するのは少し大変かもですし。
 と、そんなことを思っていると、あの子がこちらを見つめてきているのに気づきます。
「…え、えと、どうしたの?」
「深空ちゃんは、何か部活に入ってるの?」
「えっ、私…? ううん、別に何も入ってないけど…」
 他の人と接するのは苦手ですし、部活は強制じゃないですから入る理由がありません。
「でしたら、園芸部に入りましょう、なの」
「…えっ?」
 ちょっと戸惑っちゃいましたけど、でも言っていることは解ります。
 そもそも、ここで一緒にお花のお世話をしている時点で、誘われている様なものですし。
「え、え〜と…わ、私なんかが、いいの…?」
 でも、そんなことお願いされたのははじめてですし、何て答えたらいいのか解らなくてそう聞き返してしまいます。
「どういうことなの?」
 と、逆に首を傾げられちゃいました。
「だって、その、私なんて…その、真田さんとかのほうが…」
「この間も言いましたけど、幸菜ちゃんはもう別の部活に入ってるの。それに…深空ちゃんがいいの」
「ど、どうして…?」
「それもこの間も言いましたけど、理由がないとお友達になったり、一緒の部活をしてはいけないの?」
「え、えと、それは…」
 まっすぐな視線に見つめられて、言葉を失っちゃって、この流れは…。
「…深空ちゃん、どうなの?」
「…わ、解りました。入っても…いい、です」
 じぃ〜っと見つめられながら声をかけられて、ちょっと視線をそらしながらもそう答えちゃいます。
 あ、あんな目で見つめられたら、なおさらとても断れないです…。
「わぁ、ありがとうなの……とっても嬉しいの」
「そ、そんなに喜ばなくっても…って、わっ!」
 手を握られちゃったりして慌ててしまいますけれど、でも…嫌じゃありません。
 むしろ、私も嬉しいかも、って感じてて…理由なんて気にしなくってもいいのかも、なんて思ってしまいます。

 松永さんと二人きりな園芸部へ入って、ますます一緒に過ごす時間が増えた気がします。
 こんなにも誰かと同じ時間を過ごすなんて、家族とあの子以外ででははじめて、っていっていいと思います。
「みーちゃん…いいの、かな…」
 ある日の夜、お部屋でついあの子…みーちゃんに話しかけます。
 私と一番長い時間を過ごしているのは、もちろんこの子…とっても大切なお友達、そして家族。
「私…このまま、松永さんと仲良くして、いいのかな…」
 彼女のことを思い浮かべた瞬間、胸がどきどきしてきた気がします。
 一緒にいると、さらにそういうことになって…でも、これはもっと一緒にいたいって感じているから、そうなるみたい。
 それ以上のことはよく解りませんけど、とにかくこのどきどきは悪い感情じゃないです。
 ううん、悪いどころか…だからこそ、あんなことを考えちゃうんです。
「みーちゃん、私…もう、あんな思いするの、嫌だよ…」
 ふと、あのときのことを思い出しちゃって…みーちゃんをぎゅっとします。
 もしもまた、あんなことになって、つらい思いをするのなら…これ以上、仲良くなったりしないほうが、いいのかも…。


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