「あっ、きてくださったのね…嬉しいの」
「え、えと、こんにちは…」
温室の奥、この間と同じ場所にあの子…松永さんの姿があって、私を見ると満面の笑顔を向けてくるものですから、つられて私も挨拶します。
今日も温室には他の人の姿はなくって、またあの子も先日と同じ様にお花へ水やりをしていました。
「えと…お花、好きなんですか?」
おずおずとそばへ歩み寄って、足を止めながらそうたずねてみます。
「はいなの…深空ちゃんはどうなの?」
「う、うん、私も…好き」
「うふふっ、同じですのね…嬉しいの」
そうしてまた満面の笑顔を向けられてしまうものですから、何だかどきどきしてしまって思わず顔をそらしてしまいます。
「…どうしましたの? 深空ちゃんは、嬉しくないの?」
「え、えと…そ、そんなことはない、です…」
じぃ〜っと見つめられちゃって、その視線に負けてうなずいちゃいます。
「うふふっ、それはよかったの」
うぅ、は、恥ずかしい…ですけど、嬉しい、って感じちゃってるのも確かなんですよね、どうしてなのか自分でもよく解りませんけど。
「あらあら、かわいいの」
「な、何がですか…?」
あの子はただ私のことをにこにこと見るばかり…これじゃどちらが年上なのか解らないくらいですし、しっかりしなきゃ。
「…と、ところで、松永さんはこの間もここにいましたけど、よくお花の世話をしているんですか?」
「はいなの、放課後はよくこうしてるの」
彼女がお花に囲まれている姿はとっても画になってるっていうか、似合いますよね。
「深空ちゃんも、一緒にお花のお世話、しませんの?」
「…えっ? それって、その…ここで、松永さんと一緒に、っていうことですか?」
「はいなの」
「えと、それは…」
にこにこと私を見つめる彼女ですけど、こちらはちょっと戸惑います。
「…深空ちゃん、ここにきてくれた、っていうことは、お友達になってくださるということじゃないんですの?」
それは、確かにそう…なんですけど。
「えと、でも…松永さんは真田さんとか、他に素敵なお友達がいますし、その子と一緒のほうが…」
自分でもちょっと情けないかも、って感じちゃいますけど、この期に及んでそんなこと言ってしまいます。
「幸菜ちゃんは放課後は部活に行ってるの。それに、私は深空ちゃんと一緒にしたいの」
「ど、どうして、私なんかにそこまで言ってくれるの…?」
こういうことって今までありませんでしたから…嬉しいって感じると同時に、怖いって、あるいは不安とも感じちゃいます。
「深空ちゃんは『なんか』じゃないですの。はじめてお会いしたときから、お近づきになりたいって思ってましたの」
「そ、それは、どうして…?」
「それは、よく解らないの」
「な…何です、それ…」
思わず脱力しかけちゃいますけど、あの子は特に表情を変えたりしてなくって、きっと至って真面目に言ってるんですよね…。
「理由がないと、お友達になりたいって思ってはいけないの?」
「う、ううん、そういうわけじゃ…」
「でしたら、何の問題もないの…私とお友達になって、一緒にお花のお世話をしましょう、なの」
あの子はそう言うと私のみーちゃんを持っていないほうの手をつかんでにこにこしながら見つめてきます。
「…う、うん、私なんかでよかったら…よ、よろしくお願いします…」
そんな目で見つめられちゃったら断ることなんてとてもできなくって、恥ずかしさでちょっとうつむきながらもそうお返事するのでした。
私にとってお友達って呼べる存在がみーちゃん以外にできたのって、いつ以来なのかな?
少なくても、私には家族もお友達もみーちゃんだけでいい、って思ってからは…そう思ってたっていうこともあって、もちろんはじめて。
今でもこれでよかったのかな、って気持ちはあるけど…大丈夫なんだって、信じたい。
「うん…そうだよね、みーちゃん…」
不安になる気持ちを抑えるかの様に、みーちゃんのことぎゅってしちゃいます。
あの子とは学年が違いますから、会うのは主にお昼休みと放課後です。
「深空ちゃん、今日もご一緒してよろしいの?」
「あ…う、うん、どうぞ」
お昼休みには、私が学食で席についているとあの子がやってきて声をかけてきます。
「はいなの、ありがとうなの」
にこにこと向かい側へ座るあの子…私も、そんな彼女がきてくれることを楽しみにしちゃっているみたいです。
「では、いただきますなの」「う、うん、いただきます…」
実際、あの子がくるまで、食べるのを待っちゃってますし…お互い、別に約束をしてるってわけでもないんですけど。
ともかく一緒にお食事をはじめるんですけど…ちょっと気になることが出てきます。
「あの、ところで、真田さんはどうしたんですか…? 今週に入ってから、お姿を見ませんけど…」
そう、松永さんがいつも一緒にお昼を過ごしているっていう子の姿がなくなっちゃったんです。
もしかすると私がいることに遠慮をして…ううん、もし私がいるのが嫌で、ということだったらどうしよう…。
「幸菜ちゃんは部活がお忙しくって、授業中以外は部室にこもっちゃってるの」
「…そ、そうなんですか? でも、いくら何でもお昼ごはんを抜くなんて…」
いくら忙しいからってそこまでするでしょうか…?
「幸菜ちゃんは好きなことに集中するとそうなっちゃいますの。だから、しょうがないの」
でも、そう言うあの子に嘘をついた様子は感じられませんし…本当に、そういうことみたい。
「それならいいんですけど…大丈夫なんですか? 食事抜いちゃうなんて…」
「幸菜ちゃんもそこまで無茶はしない子ですし、大丈夫なの」
まぁ、友人の彼女がそう言っているんですから、そうなんですよね。
「それに、幸菜ちゃんには年上の恋人さんもいるから、心配ないの」
そうですか、そういう人がいるなら気遣ってくれたりしそうです。
「…って、えっ? あの子に、そんな人がいるんですか?」
他人には興味ないんですけど、意外というよりもちょっとよく解らなくってたずね返してしまいました。
「あらあら、まだ恋人さんの関係じゃなかったかもしれませんの。でも、高等部にそういうかたがおりますの…私も一度お会いしましたけど、素敵なお姉さまでしたのよ?」
「高等部に、って…それはつまり、この学校の生徒のかた、ってことですよね?」
「はいなの、もちろんなの」
「ということは…女の人、ですよね?」
「はいなの、もちろんなの。それがどうしましたの?」
首をかしげるあの子ですけど…そんな不思議そうにされるとこちらが困ります。
「えと…女の人同士なのに、恋人なんですか?」
彼女の話ではまだそうじゃないかもしれないそうなんですけど、でも彼女にはその二人がそう見えた…んですよね。
「はいなの、それがどうしましたの?」
「どうしたの、って…女の人同士で恋人とか、おかしくありませんか?」
「そんなこと、好きって気持ちの前では関係ありませんのよ?」
あの子はにこにこしながらそう答えてきました。
「は、はぁ、そんなものなんでしょうか…」
今まで思いもしなかったことですけど、ああ言い切るあの子を見るとそんなものなのかも、って感じます。
「はいなの、そういうものなの」
そのあたりは人それぞれ、なんでしょうか…私には関係のないことですけど。
ですから、それ以上は気にしないで、食事の続きを…。
「…やっぱり、深空ちゃんはやさしいんですのね」
「…え? ど、どうして突然そんなこと……」
危うく、口にものを含んでいたら噴き出してしまいかねないことを言われてしまって戸惑います。
「幸菜ちゃんのこと、心配してくださったの」
「い、いえ、あれは、心配したというか何というか…とにかく、そういうものじゃないですから」
私がそう言ってもあの子はにこにこするばかりで…もう、本当にそういうのじゃないのに。
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