とはいっても、私とあの子、まだお互い名前すら名乗ってなくって。
 制服から同じ中等部っていうことは解ってますけど、それ以上のことは…少なくても私のクラスメイトにはいない、っていうことくらいしか解りません。
 私から他のクラスをのぞいて探してみる、なんてこともする気にはなりませんから、会う機会がないのならもうそのままでもいいかな、って考えちゃいます。
 そうして今日も静かに授業を受けて、お昼休み…いつも通り学食へお昼ごはんを食べにいきます。
 学食は校舎とは別の建物にあって、明るく開放的なレストランみたいな雰囲気…メニューも豊富でお金もいらなくって、はじめてきたときにはちょっとびっくりしちゃいましたっけ。
 お弁当を作ってきたりパンを買ってきたりすることもできますけど、お金もいらないんですし…ということでここを利用してます。
 でも、人がたくさんなのは厳しくって…端のほうの、目立たなくって空いている席につきます。
「ふぅ…それじゃ、いただきます」
 一息ついて、食事をはじめようと…。
「お隣、よろしいの?」
 そんなとき、もうすっかり聞き慣れた声が届いて、どきっとしちゃいます。
「えっ…あ、あなたは…」
「うふふ、またお会いしましたのね」
 声の主はもちろんあの子で…その姿を見た瞬間、胸が高鳴った気がしました。
 …私ったら、本当にどうしたんでしょう…落ち着いて、落ち着いて。
「座ってよろしいの?」
「えと、う、うん、どうぞ…」
「ありがとうなの。では、失礼しますの」
「あっ、それじゃ、私はこっちに…」
 と、私の隣にはあの子が座りますけど、テーブルを挟んでその向かい側にも女の子が座ります?
「それでは、いただきますの」「うん、いただきます」
 そして二人は食事をはじめて…何です、たまたま席が空いてたから座っただけでしたか。
 なのに私は…何を考えていたんでしょう。
「…あら、食べませんの?」
「…え? う、ううん、食べますけど…そ、そんなの、あなたには…」
「ご一緒にお食事できて嬉しいの」
 関係ない、って言おうとしたんですけど、彼女はにこにことそう言ってきました。
「え、え〜と、私と食事したいから隣にきた、んです…?」
「はい、なの」
 うっ、何だか胸が高鳴っちゃった様な…嬉しいって、感じちゃった…?
「りんごちゃん、そちらの子はお知り合い?」
 と、あの子の向かい側に座った子がそうたずねてきます。
「はいなの、この子は…えっと、どなたなの?」
 一転して複雑な気持ちになりかけましたけど…ううん、そういえばまだお互いに名乗ってもいませんでした。
「え、えと、中等部二年の橘深空、です」
「あらあら、先輩さんでしたの。私は、一年の松永りんごなの」
 どうやら年下だったみたいですけど、かわいい名前ですね。
「それで、こちらは私のお友達の幸菜ちゃんなの」
「あ、えと、はじめまして、真田幸菜です」
 あの子に紹介されて挨拶をしてくるのは、きれいに切り揃えられた黒髪が日本人形を思わせる女の子。
 あの子…松永さんは西洋人形みたいな感じもしますし、このお二人がお友達というのは画になるっていえそうで、それだけになおさら私なんかと友達になる必要なんてないんじゃ、って思っちゃいます。
「深空ちゃんはお蕎麦がお好きなの?」
 そんな私の気も知らずあの子はにこにこと声をかけてきて…。
「って、み、深空ちゃん?」
「あら、どうしましたの?」
 ちょっと言葉を失っちゃった私なんですけど、あの子は不思議そうに首をかしげます。
「りんごちゃん、先輩さんにそんな呼びかた…」
「あらあら、ダメでしたの?」
 真田さんに言われてもまだちょっと不思議そうにこちらへたずねてきます。
「いえ…まぁ、その、好きにしたらいいです」
「はいなの、深空ちゃん」
 先輩がどうこうより、「深空ちゃん」って呼ばれるのが何ていうか…悪い気はしないかも、ですけど…。
「ところで深空ちゃん、先日のことは考えてくださいましたの?」
「…えと、先日のことって?」
「あらあら、忘れてしまいましたの? 私と…」
「い、いえ、覚えてます。覚えてますから、それ以上言わなくってもいいです」
 他の人がいる前であの日のことを言われるのが恥ずかしくって制止します。
「あら、そうなの? それで、どうなの?」
「えと、それは…」
 勇気を出そう、って決めたはずなんですけど、でもやっぱり…勇気が出ません。
 特に今は、あの子のお友達っていう他の子もいますから、なおさら…。
「あらあら、言えないの? じゃあ、もし大丈夫そうなら、放課後にあの場所でお待ちしてるの」
「えと…あの場所、って?」
「先日お会いした温室なの…きてくださるの、楽しみにしてるの」
「え、えと、はぁ…」
 相変わらずにこにこしながらああ言ってくるあの子ですけど、私は曖昧なお返事をする以上のことはできませんでした。
 どうしようかまだ心が揺れてましたし、それに他の人がいる前でうなずいたりするのはやっぱり恥ずかしくって…。
「りんごちゃん、何のお話してるの?」
「それは…秘密、なの」
 でも、あの子がお友達からの質問にそう答えてるのを聞くと嬉しく感じてしまったりして…これはもう、私の中でどうしたいのか、答えが出ていそう…。

 お昼はちょっと気まずさもあって、ごはんを食べたら早々に退散して…迎えた放課後。
「…結局、きちゃいました」
 少し敷地内を歩いたりして迷っていたんですけど、そんな私は今、温室の入口前にいます。
 お昼休みにいた、真田さんっていうとってもいい子そうなお友達がいるんですから、私なんかと…ともここにくるまでに何度も思ったんですけど、でもあの子はああ言ってくれました。
「…みーちゃんも、こうしたほうがいいって思うの?」
 それに、私もやっぱりこれを望んじゃってる気がして…大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、ゆっくりと扉を開くのでした。


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