「松永さん、お姉さんに会えたかな…」
 彼女を見送った私、他にみーちゃんしかいない静かな温室でそうつぶやきます。
 学園祭後は自由行動になっていて、そのまま帰ってもよかったんですけど…そういう気持ちになれなかったんです。
 それはやっぱり、松永さんのことが気になったから…。
「会えていたら、いいですよね…」
 うん、これは私の偽りのない気持ち…大切だって思える家族とは、一緒にいられるならそうしたほうがいいに絶対に決まってます。
 それは、私には…もう、絶対に無理なことなんですから。
「…みーちゃん」
 昔を思い出して、思わずみーちゃんをぎゅってしちゃいます。
 みーちゃんをくれたのは、私の兄さん…でも、今はもう兄さんも、それに両親もこの世界にはいません。
 そうなってしまった後、ここの学園の理事長さんの厚意でここに置いてもらえることになったわけですけど…今の私にとって家族といえるのは、もうこのみーちゃんだけ。
 だから…会えなかった家族がすぐそばにいるという松永さんには、ちゃんと会ってもらいたいです。
「松永さん…お姉さんのこと、今でも本当に大好きそうでしたし…」
 うん、見ればそうだって伝わってきて…お姉さんも同じ思いでいてくれたら、大人の都合なんて気にしなくていいです。
 この学園で、姉妹一緒にいられたらとっても幸せなことで、私もそうなってもらいたいって思います。
「でも…どうして、こんなに胸が苦しいの?」
 そう…心からそう思っているのは確かなのにそうなっちゃうんです。
 どうして、と思うんですけど…ううん、心の底では、もう理由は解っていました。
「私は…松永さんのこと、好き、なんですね…」
 そうつぶやいちゃいましたけど…そう、私は多分、あの子に対して恋をしていると思います。
 だから、一緒にいてどきどきしたり幸せを感じたり…例えお姉さんであっても他の誰かが好きって聞いたとき胸が痛くなっちゃったんだって思います。
 でも…でも、です。
「やっぱり、私は…この想い、捨てちゃいたい、です…」
 そう口にした瞬間、胸の痛みはさらに大きくなって…涙があふれそうになるのをこらえます。
 だって、私は…もう…。

 胸が痛くって、みーちゃんをぎゅってして…そのまま、どのくらいの時間がたったでしょうか。
「…深空ちゃん? 帰ってなかったの?」
 暗くなっていた温室に明かりが灯るとともにそんな声が届きました。
「え…松永、さん?」
 声のしたほうを向くと、そこにいたのはもちろんあの子。
「え、えと、私は特に…。それより、松永さんこそどうして…お姉さんに、会えなかったんですか?」
「ううん、会うことができたの」
 うん、それは今の彼女の表情を見れば解ります。
「じゃあ…その、気持ちは、伝えられたんですか?」
「はいなの。ねえさまも、私のこと憶えててくれて、これからも会いたいと言ってくれたの」
 いつもにこにこしている彼女ですけれど、今はいつにも増して笑顔で本当に嬉しそうっていうのが伝わってきます。
 だからこそ、よく解らなくなってきます。
「それはよかったですけど、それならお姉さんと一緒にいたほうがいいんじゃ…」
 長く会っていなかった、しかもお互い大切に想い合っているっていうんですから、そうするのが当然のはずなのに…。
「ねえさまとももちろん一緒に色んなことお話ししたいの。でも、ねえさまも突然のことで、元々のご予定があったからまた後日たくさん時間を作ることにしたの」
 あぁ、それはそうかも…ちょっと突然すぎでしたよね。
「それに…深空ちゃんに、会いたかったの」
「…えっ? ど、どうして…」
 唐突にそんなこと言われて、どきっとしちゃいます。
「ねえさまにお会いしてお話しできたのは、深空ちゃんのおかげなの。そのお礼を言いたかったの…ありがとうなの」
「えっ、いえ、そんなの、お礼言われる様なことじゃ…」
 同じ学園にいるってことが解ったんですから、私の言葉がなくってもいずれは会いに行っていた気がします。
「それにそんなの、明日とかでも…」
「…何だか、深空ちゃんが私の前からいなくなっちゃう、そんな気がしたの」
「え…」
 表情が曇った彼女の言葉に私は固まっちゃいました。
 だって、それは…。
「あ、あの…どうして、そんな気がした、んです…」
「何となく、なの…私を見送ってくれた深空ちゃんを見たら、そんな気がしちゃったの」
 松永さん、じっと私を見つめながら少しずつ歩み寄ってきます。
「今の深空ちゃんを見てたら、やっぱりそんな気がしちゃうの。気のせい…じゃないの」
「え、えと、その…松永さんは、私といるより、お姉さんと一緒にいたほうがいいと、思う…」
 少し後ずさりしながら、そんな言葉が出ちゃいます。
「どうして、そんなこと言うの? 深空ちゃんと姉さまは別なの」
「そ、それは、私といるより、お姉さんと一緒にいるほうが、松永さんも幸せだって思うし…」
「そんなことないの。深空ちゃんと一緒にいて、幸せなの」
 私なんかにそんなこと言ってくれるなんて、本当に嬉しく…もったいないです。
「私…深空ちゃんのこと、大好きなの」
 さらにそう続けられて…また、固まっちゃいます。
 それは、私と同じ意味での、なのかな…ううん、どっちにしても、私は…。
「深空ちゃんも、私のこと…好き、なの?」
 私まであと数歩のところで足を止めて、じっと見つめながらそうたずねられてしまいます。
 ど、どうすれば…う、ううん、私はもうこうするって決めていたはずです。
「わ、私は…」
 こ、声が震えてうまく言葉が出ません…。
「深空ちゃん…どう、なの?」
「わ、私は、松永さんのこと…す、好きです、けどっ」
 あぁ、言っちゃった…ちゃ、ちゃんと最後まで言わなきゃ。
「わ、私、もう、松永さんと一緒にいられません…ううん、いたくないんですっ」
 言葉にするととってもつらくって、うつむいてみーちゃんをぎゅっとしちゃいます。
「…どうして、なの?」
 松永さんの声は戸惑ってて…うん、好きって言いながらこんなこと言うなんて、おかしいですよね。
「た、大切な人ができても、その人がいつ突然いなくなるか解らないですし、そんなつらい思いをするなら…はじめから、大切な人なんていなくっていいんですっ」
 みーちゃんをくれた兄さんも、両親も…本当に、突然いなくなっちゃいました。
 あんなつらい思いをするくらいなら、私…もう、みーちゃんだけいてくれたら、それでいいです。
「深空ちゃん…でも、私のこと、好きになってくれたの。大切な人じゃ、ないの…?」
「そっ、それは…こ、これ以上大切になる前に、お別れしますっ」
 私がこんなに誰かに惹かれちゃうなんて思ってませんでしたけど、今ならまだ間に合う、はず。
「だから…さ、さよならっ」
 あの子の顔も見てられなくって、その横を逃げる様に通り過ぎようと…。
「…ダメ、なの」
 と、あの子が私の前に立ちふさがったかと思ったら、そのまま私を抱きとめてきます…!
「えっ、ま、まま、松永さ…!」
「深空ちゃんがいなくなるなんて、嫌なの…それに、どうしてそんなこと言うのか、解らないの」
「そ、それは、あの、今は一緒にいられても、この先何があるか解りませんし…」
「大丈夫なの、私はずっと深空ちゃんと一緒にいるの」
 それが叶えば、どれだけいいことでしょうか…。
「そんなの、解りませんっ。現に、私の両親や兄さんは突然いなくなって、私の家族はみーちゃんだけになっちゃいましたし…何があるのかなんて、解らないんですっ」
「深空ちゃん…ご家族、お亡くなりに…?」
 あの子に抱き留められたまま、小さくうなずきます。
「そう、なの…だから深空ちゃんは、大切な人をまたなくしちゃうのが怖くて、独りでいようとしてるの…?」
「独りじゃ、ないです…みーちゃんが、いてくれるから…」
「それなら、みーちゃんに聞いてみるの。私が、深空ちゃんとみーちゃんの、家族に加わっていいか」
「え…か、家族、に…? で、でも、あの、だから…」
「…みーちゃん、私、深空ちゃんのこと大切にするの。本物のご家族の代わりにはなれないかもしれないけど、でも深空ちゃんのこと、あったかい気持ちでいっぱいにしてあげたいの…一緒にいられるだけ、一緒にいたいの」
 あの子、本当にみーちゃんに話しかけてるかの様に、やさしくそう言ってきます。
「もし、深空ちゃんのことを悲しませる様なことをしちゃったら、叱ってほしいの。でも…今、こうして悲しんでる深空ちゃんと離れることなんて、できないの。大好きだから、幸せでいてもらいたいの…私にそれができるなら、そうしたいの」
 みーちゃんに話しかけてますけど、その声はもちろん私にも届いてて…。
「だから…深空ちゃんとみーちゃんがよければ、これからもずっと、一緒にいたいの。ダメ…なの?」
 そうして、みーちゃんを抱きかかえている私を、彼女はやさしく抱きしめてきます。
 そこから伝わる彼女のぬくもり、そして言葉はとってもあったかくって…。
「みーちゃん…松永さん、わ、私は…」
 涙があふれて、うまく言葉がでない…。
 でも、こんなあたたかさに包まれて、あの日以来凍っていた私の心は…ううん、それまでも彼女と一緒にいることで少しずつ溶けていってましたけど…。
「私、も…りんごちゃんと、ずっと一緒にいたい、です」
 …今、それが完全に溶けました。
「嬉しいの…それに、やっぱり深空ちゃんの笑顔、思った通りとっても素敵なの」
 …私、笑顔になったの?
 あの日以来、笑顔なんて忘れてたはずなのに…これも、この子のおかげ、なんですよね…。
 みーちゃん…それに父さん、母さん、兄さん、私はこれから、この子と一緒に歩んでいいんです、よね…?


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