「今日は講堂で色んな出しものがあるので一緒に観ましょう、なの」
 学園祭二日め、今日も教室に迎えにきた松永さんの言葉で、私たちは講堂に行くことにしました。
 今日は一般のかたにも開放されていますから昨日より人が多いですけど講堂では二人隣り合った席につけて、それに彼女の様子もいつもと変りなくって一安心。
「幸菜ちゃんがすごかったって話してた、昨日あった高等部なお姉さまがたの演劇が今日はないみたいで、残念なの…」
「そうなんですか…」
 演劇部の発表が終わったところでそんなこと言われましたけど、私には演劇部の発表で十分すごく感じられました…何がすごかったんでしょう。
 そんなことがあったりしながら、お昼は一旦出し物も中断になるので屋台でお昼ごはんを食べて、また戻ってきます。
 今日はずっと出し物を見てる感じですけど、昨日は歩きが多くてちょっと疲れたし、ちょうどいいかも。
「次のスペシャルライブってものでおしまいみたいなの」
 いくつかの出し物が終わって幕が閉じての待ち時間、プログラム表を見ながらあの子がそう言ってきます。
 何だかメインイベントとして設定されているらしくって、講堂はいつの間にか立ち見の人もたくさんいるほどの状態になってました。
「皆さん、大変長らくお待たせいたしました〜。ただいまより、明翠女学園学園祭のメインイベントを開始いたしますぅ」
 と、しばらく待っていると幕の下りたままの舞台の端に一人の女の人が出てきて、そうアナウンスします。
 司会進行は数人でやっているみたいで、最後はこの人ってことなのかな…制服は高等部のものなんですけど、姿も声もずいぶんかわいらしいです。
 でも、何でしょうか、その人を見てちょっとだけ、よく解らないんですけど引っかかりを覚えて…?
 そんなわずかな引っかかり、それは次の瞬間には消えてました。
「…? 松永、さん?」
 だって、何気なく隣に目をやると、そこにいるあの子が何かに、とっても驚いた様子で固まっちゃってましたから。
「あの、どうしたんです…?」
 でも、そんな私の声は、舞台からの音やまわりの歓声にかき消されちゃいました。

 スペシャルライブは、高等部生徒会長である草鹿彩菜さんが歌う、それに高等部生徒会役員や姉妹校らしい学校の人たちによるものでした。
 それで終わりかと思ったんですけど、その次にはこの学校の卒業生でアイドルと声優をしているっていう人の二人組ユニットによるライブもありました。
 はじめのライブは会長さんが歌うなんて告知はなかったみたいで、その次に至ってはそもそもプログラムにもなくって進行の人も含めて知らなかったものみたいで、お客さんは驚くとともに大盛り上がり。
 でも、私の気持ちはそれどころじゃありませんでした。
 だって、ライブの間じゅうでさえ、隣にいる松永さんは固まったままで、どうしてそうなっちゃっているのか全然解らなかったんですから。
 クールなことで有名な会長さんが見事過ぎる歌声を披露したり、卒業からまだ一年もたってないっていう人がアイドルとして戻ってきてライブをしたりっていうこととかが連続して、驚きが止まらなかったんでしょうか。
 ううん、彼女は会長さんが出てくる前にはすでにそういう状態になっていましたし、その前に何かあったってことです、よね。
 でも、何かって何…全然思い当たらないです。

 アイドルユニットなお二人のライブも終わって、それで講堂で行われる出し物は全て終了、お客さんたちも出ていきます。
 でも、松永さんは固まったまま。
「松永さん」
 私が声をかけても反応はなくって、そうしている間に講堂には私たちしかいなくなっちゃいました。
 学園祭の後片付けは明日ってことになっていますから、そういう人たちがくることはないって思うんですけど…このままでいるわけにもいかないです、よね。
「…あの、松永さん!」
 ですから、思い切って少し大きな声をあげつつ、彼女の身体を少し揺さぶります。
「え…あ、深空ちゃん。どう、したの?」
 すると、やっと反応してこちらを見てくれました。
「えと、どうしたのじゃないです。ずっと固まってましたし…何か、あったんですか?」
 でも、その問いかけにあの子は少し困ったみたいな表情になります。
「何もないんでしたら、いいんですけど…もう終わりましたし、帰りましょう?」
 言えないみたいでしたらしょうがないです、と立ち上がる…んですけど。
「…ねえさまが、いたの」
「…えっ?」
 あの子の呟きみたいなお返事に、私は動きを止めます。
「舞台に、私のねえさまがいたの…」
「えと、それって、さっきのライブの中に…?」
 生徒会役員とかの中に、ということでしょうか。
「ううん…司会、してたの」
「司会、って…あ」
 そっか、ライブの司会をしていた人…何か引っかかりを覚えたんですけど、松永さんに似た雰囲気を感じたからか。
「あの人…そうだったんですか。お姉さんがあんなことをしていて、驚いちゃったんですか?」
 でも、首を横に振られちゃいました。
「えと、じゃあどうして…」
「ねえさまが、いたから…なの」
「う〜んと…?」
「私とねえさま…もうずっと、会えていなかったの。離れ離れだったの」
「…えっ?」
 思いもよらない言葉に、今度は私が固まっちゃいました。
「えと、でも、どうしてそんなの…」
「…深空ちゃん、聞いてくれるの?」
「あ、えと、でも、私なんかが聞いてもいいこと、なのかな…」
 複雑な家庭の事情、って人に話しづらいですよね…私みたいに。
「大丈夫なの。深空ちゃんになら…話せるの」
 でも、ああ言ってるんですから、そこまで話しづらいことじゃない、のかも。
「うん、松永さんがそう言うなら…聞かせてください」
 ですから、私はあの子にうなずき返したんです。

 私たち以外誰もいなくなった講堂、二人座って…彼女の話を聞きます。
 それは、彼女とお姉さんとの関係についてで、私に話してくれるんですからそう大変なことじゃないって考えてたんですけど…そうじゃありませんでした。
 ううん、お二人自体の関係は別に悪くなかったんですけど、悪かったのは…お家の関係。
 松永さんとお姉さんとはもちろん実の姉妹なんですけど、松永さんは家の都合で親の兄弟の養子になったそう。
 その後親たちの関係が悪化し、姉妹は会えない状態になってしまって…ですので、お姉さんがこの学園にいることはずっと知らず、それで舞台で見て驚いてしまった、とのことだったんです。
「その、松永さんは…お姉さんのこと、どう思ってるの?」
「もちろん、今でも大好きなの」
 話を聞かせてもらってからの私の問いかけに、あの子ははっきりそう答えます。
 その瞬間、胸の痛みを感じましたけど…でも、それ以上に別の気持ちが強くなってきます。
「それなら…会いに行ったほうがいいです」
「深空ちゃん…? でも…」
「姉妹が変な都合で引き離されてるなんて、おかしな話です。会える場所にいるんですから、迷うことなんてないです…おかしな大人のことなんて、気にすることないです」
「…深空ちゃんがそこまで言うなんて、はじめての気がするの」
 うっ、ちょっと気持ちが抑えられなくって、言い過ぎてしまったかも…。
「でも…深空ちゃんの言う通りなの。私は、ねえさまに会いたいの」
「うん…なら、迷わず行ってきてください。今ならまだ、講堂かそのあたりにいるかもしれません」
 そのお姉さんが学生寮にいるかは解らないんですけど、どっちにしても後日教室とかを訪れればいい…とはいえ、やっぱりこういうことは少しでもはやいほうがいいです。
「深空ちゃん、ありがとうなの…じゃあ、行ってくるの」
 あの子は立ち上がって、緊張した様な、でも待ちきれないっていった様子で行動を出ていきました。


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