第五章 〜深空さんとりんごさん〜

 ―あの日からもう数ヶ月…秋めいてきたこの時期、私は今までとは全く違った環境に身を置くことになりました。
 まるで別世界にきてしまったかの様な場所…。
「ここがあなたの部屋になります。転入生ということで一人部屋になってしまいましたけれど、我慢してくださいね」
 軽く案内をしてもらった後、これから生活をすることになる学生寮の一室へ通されて、案内をしてくれた人はそう言い残して立ち去っていきました。
「我慢も何も、一人のほうがいいですし…」
 家具など一通り揃っているその部屋を見回しながらそうつぶやいてしまいます。
 人と接するのが苦手な私にとって、このほうが落ち着きますし、それに…。
「…みーちゃんが、いてくれるもん」
 手にしたあの子を、そっと抱きしめます。
 …うん、だから私はさみしくなんてない。
「ずっと一緒にいようね、みーちゃん」

「その、た、橘深空、です…」
 次の日、教室じゅうの視線が集まる中、自己紹介をさせられて…こういうの、緊張します。
 それから指示された席は窓際でしたから、少し安心…四方を人に囲まれると落ち着きません。
「橘さんは転入前はどこにいらしたんですか?」「長くてきれいな髪ですね」「お好きなものなど、聞かせていただけませんか?」
 なのに、休み時間になると周囲を完全に取り囲まれちゃいました。
「え、えと…」
 ただでさえ初対面の人と話すなんて大変なのに、そんな一度に声をかけられてはただ戸惑うばかりです。
 ちなみに、確かに私の髪は長めで、それをツインテールにしています。
「その腕に抱いている猫のぬいぐるみは何ですか?」「あ、それは私も気になりました…わざわざ学校に持ってくるなんて」
「…っ、そんなの、関係ないです」
 思わず立ち上がっちゃった私、唖然とした様子の人たちをかき分けて教室を出ていっちゃいました。

 そんなことをしてしまいましたから、私は新しいクラスでさっそく浮いた存在になっちゃいました。
 でも、いいんです…みーちゃんのこと変に見る人となんて、仲良くなりたいなんて思いませんから。
 それに…みーちゃんのことがなくっても、私が浮いた存在だっていうことは自分自身で感じちゃいますから。
「はぁ…やっぱり、すごいところです」
 放課後、みーちゃんと一緒に校舎とかを一通り回ってみたんですけど…校舎を出たところでため息も出ちゃいました。
 私が編入をしたのは、私立明翠女学園という学校の中等部なんですけど、ここはお嬢さま学校として有名らしいんです。
 ですので校舎なんかもそれっぽい雰囲気ですし、外に出て歩いてみても学校の敷地がとっても広い…同じ敷地内に初等部から高等部まであって、さらにそれぞれの学生寮まであります。
 全寮制、ってわけではなくって半数くらいは自宅から通っているみたいですけれど、そんな学校ですからまわりの人たちはもちろんお嬢さまばかりです。
 でも私はそうではなくって、あのことがあった末にこうなっただけで…。
「…やっぱり、私、浮いてます」
 別にまわりとなじもうとは思ってませんから、いいんですけど。

 そんな感じで、私はクラスの子とも話したりすることなく時間を過ごします。
 学校にいるときは本を読んだりして、学生寮にいるときには勉強とか…。
 ううん、勉強はもちろん好きじゃないんですけど、前に通っていた学校に較べてこっちの学校は授業内容が難しくって、特に転入したての私じゃこうでもしないとついていくのが大変なんです。
「ふぅ…さすがにちょっと疲れましたし、お散歩にでも行きましょうか」
 転入して一週間が過ぎた日曜日、この日も部屋で勉強していたんですけど、そういうことでみーちゃんを連れて外へ出ました。
 まるで林みたいにたくさんの木々に包まれている学校の広い敷地内を歩いてもよかったんですけど、また一度も出ていなかった学校の外へ行ってみることにしました。
 この学校の敷地内には色んなお店があったりして、学生寮で暮らしているならその気になれば一切敷地の外に出ることなく過ごせそうなんですけど、それはそれで息が詰まっちゃいそうですものね。


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