「う〜ん、明日からは大人しくしているしかないかしら」
幸菜ちゃんと別れ、学食を後にする私…そんなことつぶやいちゃう。
同じ敷地内にあるとはいえ中等部はちょっと遠いし仕方のないことではあるけれど、やっぱり少しさみしいかしら。
「あの、ちょっとよろしいの?」
と、渡り廊下を歩く私の背に聞き覚えのある声がかかってきたものだから振り向いてみると、そこにはさっき会った子の姿。
「あら、りんごちゃん、どうかしたの?」
「はいなの、雪野先輩にお教えしたいことがありますの」
放課後、私はまた学園の広大な敷地を一人歩いてた。
でも、向かってるのはお昼とはまた違った場所…そこは中等部より解りづらい場所で、地図があってよかった。
木々の間にのびる細い道を進んだ先、まるで隠れる様にひっそりと建っていたあまり大きくはない建物、そこが私の目的地。
外からは人の気配なども感じられなくってとっても静かで入っていいのかちょっと迷うけれど、ここまできたのだもの、入らせてもらおう。
ゆっくり扉を開けて中へ入ると薄暗い廊下がのびていたけれど、そこから通じるいくつかの扉の中の一つから明かりが漏れてきていた。
静かに扉を開いて中をのぞいてみるとそこは実験室の様な部屋だったのだけれど、そこには白衣を身にまとった一人の少女の姿…。
「あれっ、メルアさんですか?」
扉が開いたことに気づいてこちらを見てくるその子は…ええ、間違いない。
「幸菜ちゃん、こんにちは…会えて嬉しいわ」
「…って、えっ、ゆ、雪野先輩っ? ど、どうしてここに…!」
私の姿を見て慌てちゃうのはもちろん幸菜ちゃん。
「うふふっ、きちゃった」
「い、いえ、きちゃった、って…で、ですから、どうしてここにいるんですっ?」
「もう、まるで私がここにいちゃいけないみたいな言いかたね…」
「そ、そんなことないですけど…」
もう、そんな反応されたらさみしくなっちゃうわ。
「私は貴女に会えてこんなに嬉しいのに…えいっ」
「ふわぁっ!?」
「…きゃっ?」
思わず抱きしめちゃうけど、あの子がとってもびっくりしたみたいな声を上げるものだから、こちらもびっくりして身体を離しちゃう。
「もう、そんなに驚かなくってもいいじゃない」
「そ、そんなこと言われても、ああいうことされるの慣れてませんし…はぅ」
「ああいうこと、って…どういうことかしら。もう、本当にかわいいんだから」
我慢できなくなって、改めてぎゅってしちゃう。
「はぅ…って、ま、また抱きつかれてます! 落ち着いてください、私はかわいくなんてありませんから!」
私は落ち着いているし、それはむしろ彼女のほうじゃないかしら。
「そういう奥ゆかしいところも、やっぱり大和撫子よね」
どちらにしてもかわいくって、さらにすりすりしちゃう。
「わ、私は引っ込み思案なだけで…そんな大層なものでは!」
「私がかわいいって思ってるからかわいいのに…しょうがない子」
ゆっくり身体を離してあげるけど、そういうところも微笑ましい。
「うぅ…私よりずっと素敵な人に言われても説得力が…」
「あら、何か言ったかしら」
「なっ、何でもありません!」
「ふふっ、そんなに慌てたりして、やっぱりかわいい」
「あぅ…私よりかわいい子なんていっぱいいるのに…」
「あら、また何か言った?」
「な、何でもないですよ? 多分、きっと!」
まだ慌て気味で、怪しい…よくは聞き取れなかったのだけれど、何か言ってそう。
「本当に?」
じぃ〜っと見つめてみる。
「そ…そんなに見つめられたら恥ずかしいですっ!」
「あら、かわいい」
真っ赤になったりして、またぎゅってしたくなっちゃう。
「はぅっ!」
「もう、その反応もかわいい」
「えっと…何でもかわいいんですか?」
あら、かわいいって言い過ぎて不満になっちゃったのかしら。
「う〜ん、そうね、幸菜ちゃんなら何でもかわいいのかも」
「私なら、って…全く、そんなに好きなんですか…?」
赤くなりながらうつむいちゃったりして、もう…やっぱり、かわいすぎる。
「ええ、そんなこと言うまでもないわ…大好きよ」
微笑みかけるとさらに赤くなったりして、もう…私をどうにかしたいのかしら。
あの子のかわいさにどうにかなっちゃいそうになったけど、それは何とかこらえて。
「それで…雪野先輩はどうしてここにいるんですか?」
落ち着きを取り戻したあの子にそうたずねられた。
「ええ、そんなの幸菜ちゃんに会いにきたに決まっているわ」
「で、ですから、そういうことじゃなくって…私がここにいるなんて、どうして解ったんですか?」
「それはもう、愛の力よ?」
その答えにあの子はまた顔を赤くしちゃったりして、かわいい。
「…と言いたいところなのだけど、本当はお昼休みに会ったあの子…ほら、幸菜ちゃんのお友達」
「え〜と、りんごちゃんのことですか?」
「ええそう、その子が教えてくれたの。幸菜ちゃん、放課後によくここにいる、って」
こんないいこと教えてくれるなんて、幸菜ちゃんはいいお友達を持ったわね。
「もう、りんごちゃんったらおせっかいして…」
「…で、幸菜ちゃんはこんな、校舎とは離れたところで何をしていたの?」
何かつぶやく彼女にこちらからそうたずねてみながら改めて部屋の様子を見回してみるのだけれど…うん、やっぱり実験室みたいな印象。
「私は部活です。ここ、科学部の部室なんですよ」
そっか、部活か…学生の放課後の過ごしかたとしては正しいわね。
「科学部…ふふっ、幸菜ちゃんにぴったりね」
「はい、私もそう思います」
あら、照れたりすることなく微笑み返された…心の底からそう思っている、ってことね。
思えば、彼女とはじめて会ったときも、彼女は何かの図面の整理してたのよね…あれからあんまり日はたってないのに、懐かしい。
ちょっと感慨にふけりそうになったけれど、そのくらいここは静かで落ち着く感じ…ん、静か?
「でも、今日は幸菜ちゃん以外の子はいないのかしら?」
人の気配が感じられないのが気になって、そうたずねる。
「あっ、いつもこうですよ? 他に部員はいませんし」
う〜ん、そうなの…やっぱり、他の子では幸菜ちゃんのレベルについていけない、っていうことなのかも。
「…あら、でもさっき、私のことを誰かと勘違いしていなかった?」
「あっ、それは、ここにいる助手さんのお一人かと思って…?」
「…助手? 幸菜ちゃん、そんな人ついているの…すごいのね、やっぱり」
しかもお一人、ということは複数いるということ?
「わわっ、いえ、私の助手じゃなくって、顧問の先生の助手さんです」
あ、さすがに顧問の先生はいるのね…なんて、当たり前か。
でも、部員は彼女一人、なのよね…さみしく感じられるし、そうじゃなくっても…。
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