―私立明翠女学園へ編入して一週間がたった。
 秋に差しかかろうとする時期らしいけど母国に較べるとかなり暑い気候にも少し慣れてきて、学園生活のほうはそれ以上に慣れてきた。
 大好きな日本での授業は、日本語や日本の歴史などの授業もあってとっても楽しいし、勉強自体もきちんとついていけてる。
 クラスの皆さんとも…まだ何だかちょっと私だけ浮いているというか、特別扱いされてる気もするけど、でも仲良くさせてもらってる。
 とっても充実した日々…なのだけれど、一つだけ、でも私にとっては非常に大きな心の空白ができちゃってて、それがずっと引っかかってた。
「う〜ん、もうだいたいの皆さんにはお会いできたって思うけれど、なかなかぴんとくるかたっていないものね…」
 放課後、一人並木道を歩きながらそんなことを呟いちゃう。
 みんなとも結構仲良くなってきて休み時間とかかならず誰かに声をかけられるんだけど、今はちょっと考えごとしたくって、あえて一人で、しかもあんまり人の歩いてない道を歩いてる。
 この学園、本当にとっても広い敷地があるし、いずれもっと色々回ってみるのもいいかも…って、今考えるべきはそこじゃない。
 色々回ってみるっていえば、この一週間で高等部の校舎の中とかはあらかた回ってみてて、そして私の学年である一年から上級生まで、見れるだけの生徒をこの目で見てきてた。
 編入前日にお会いした麻美先輩の姿はどうしても見つけられなかったりと、全員を確認できたわけではないでしょうけれど、でもだいたいは…って、どうしてそんなことをするのかなんて、決まってる。
 そう、私の理想とする大和撫子を探すため。
 ここは女子校なのだし、そして何より日本なのだから結構いるのではないかしら…と考えていたわけなのだけれど、実際はそこまで甘くはなかった。
 なまじ私の身近にアヤフィールさんという限りなく大和撫子に近いかたがいるせいかしら…あっ、でも、もちろん全く誰もいなかったわけじゃなくって、もうまさに完璧、っていう様な人も見つけてた。
 でも、それほどの人を見てもぴんとこなかったのは、私の一番の理想とはちょっと違ったから、なのかも…いえ、もちろんその人はその人でものすごく素敵で感激したし、これは私の贅沢なのだけれども。
「…でも、きっといつか巡り会えるわよね」
 そう、何ていったってここは日本なんだもの。
 気持ちを新たにしたそのとき、木々の間を突風が吹き抜けて私の髪を大きくなびいていく…。
「…って、きゃっ?」
 その風に乗って一枚の髪が飛ばされてきて、私の視界をふさいでしまったの。
「何かしら、これ…?」
 顔に張り付いた紙をすぐに剥がして見てみるけれど、何かの資料っぽい…?
「…す、すみませーん! それ、私の…え、えっと」
 と、少し慌てた声が届くものだからそちらへ目をやると、並木道…ではなくって木々の間からこちらへ駆け寄ってくる人の姿が留まった。
「あら、人がいたのね。気をつけて…」
 私の前まで駆け寄って足を止めるその人が紙を飛ばしてしまったみたいだったから、渡してあげようとしたのだけれど…紙を差し出したところで私は固まってしまった。
「は、はい、ありがとうございます…っと、あのぅ?」
 紙を受け取りながらも不思議そうな表情を向けるのは、私とは少し違うデザインの制服を着た一人の少女。
 私よりきっと年下で、背もそう高くない、肩あたりまで伸ばしたおかっぱで黒髪な女の子…。
「え、えっと…ごめんなさい、私、日本語しかしゃべれないんです」
 私がずっと固まったままだったからか戸惑った様子でそう言うその子だけれど…これ、夢じゃないのよね?
「かわいい…かわいすぎる…」
 こんな他に誰もいない様な場所で、突然私の前に現れて…これはもう、あれなのねっ?
「これは奇跡なの…それとも、運命なの? こんな理想の大和撫子が目の前に現れるなんて、これは運命なのねっ」
 あふれる想いを抑えることはできなくって、目の前に現れたその子のことをぎゅって抱きしめちゃう。
「ふわっ!? ちょっ、えっ、えぇ〜!?」
「この子、私のものにしてもいいのよね…このまま連れ帰っちゃってもいいわよねっ? 素敵、素敵すぎる…やっぱり日本へきてよかった」
 あぁ、もう幸せすぎる…さらにぎゅってしちゃう。
「ちょっ、えっと、とりあえず、話し合いましょう! といいますか、落ち着いてくださいっ」
「…はっ! あっ、えっと…ご、ごめんなさい、つい、貴女が理想の大和撫子すぎて…」
 彼女のあたふたとした言葉にはっとして身体を離す…いけないいけない、完全にわれを忘れてしまっていた。
「ふぅ…外国の人ってこんな激しい…」
 思わずぎゅってしちゃってた相手の彼女はちょっと疲れた様子になってた。
「…あの、えっと、理想の大和撫子って?」
 そして戸惑った様子でそう訊ねられたけれど…そんなの決まってるわ。
「ええ、貴女のこと。黒髪でとってもかわいらしい、まるでお人形さんみたいに素敵…ここにいたということは、私へのプレゼントとか、そういうことじゃないの?」
「いやいや…意味が解りませんし、それに私よりかわいい子なんて、この学園にいくらでもいると思いますよ?」
「そんなことないわっ!」
「…ふぇっ!?」
 思わず声を荒げちゃって、彼女はびくってしちゃう。
「こんなきれいな黒髪の、和服がよく似合いそうな子なんて、そうそういないわ?」
「えっと、ほら、理事長さんとか、会ったことないですけど九条先輩とかいるじゃないですか」
「あぁ、そのかたがたならもちろん見たわ。特に九条叡那先輩はもう完璧で隙のない大和撫子ね…」
 遠目から見ただけだったけれど、隙がなさすぎて近づきがたい雰囲気のかただった…素晴らしい人なのは間違いないけれど。
「でも、私はかわいい子のほうがさらに好みなの」
 ええ、叡那先輩にかわいいなんて表現は絶対合わないけれど、今目の前にいるこの子には…。
「か、かわいい…って、私はかわいくもないですし、大和撫子なんかでもないですよ?」
「もう、私がそうだと言ったらそうなのに…でも、そういう奥ゆかしいところが大和撫子なのかしら」
「え、えっと、そういうものなんですか?」
 あたふたとしちゃったりして、本当にかわいいわよね。
「え、だから貴女はやっぱり素敵な大和撫子よ」
「あ、えと…ありがとうございます」
「そんな、こちらこそ…貴女に会えたこと、そのことにお礼を言いたい気分。本当に、ありがとう」

 出会えたことにお礼を言いたくなるその少女は、私に巡り会うためにここにいたというわけではないそうで、そこはちょっと残念。
 では何をしていらしたのかといえば、静かで人のいない林の中で資料の整理をしていたそうで、さっき飛ばされてきた紙もその中の一枚。
 書かれていたのは何だか難しそうな機械の設計図だったのだけれど、その子に言わせればただの落書きだそう。
「なかなか面白い子ね…それに何よりかわいいし、貴女に会えただけでもここへ編入した価値は大きいわね。とっても嬉しいっ」
 うん、やっぱりこれは偶然ではなく運命の出会いだって思えてきちゃう。
「編入…ひょっとして留学生とかでしょうか? 日本語お上手ですね」
「ええ、昔から勉強していたから…でも、留学生ではなくって普通に編入させてもらったのよ」
「そうなんですか…」
 そしてこれまで勉強をしてきた結果、今こうしてこの子に巡り会えたわけで…ええ、本当によかった。
「私は高等部一年の雪野真綾、よろしく」
「あ、えっと、中等部一年の真田幸菜です…」
 お互い自己紹介をして握手するけれど、この制服は中等部のものだったのね。
 確かにこの学園は広大な敷地内に初等部から高等部まであるわけだけれど、この子は中等部の、しかも一年生の割にはしっかりしているわよね。
「真田幸菜さん、ね…うふふっ、これからもお会いしたいわ。いいかしら?」
「いえ、私は…その、構いませんけど…」
 微笑む私に、彼女は顔を真っ赤にしちゃった。
「そう、よかった…本当、嬉しいっ」
 もちろん、これまで出会った人たちとの出会いもそれぞれに大切だって思うけど、この子はやっぱり特別。
 こういうの、一目惚れっていうのかしら…とにかく胸が高鳴っちゃう。


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