「今日からこのクラスへ編入することになった雪野真綾よ。皆さん、よろしくね」
 ―翌日、ついに学園への初登校…歴史を感じさせる木造校舎、その一クラスへ案内された私、皆さんを前に挨拶をする。
 これで晴れてここの生徒よね、とうきうきするけれど、クラスの皆さんはあっけにとられたかの様…どうしたのかしら。
「あの、あなたのお名前はマーヤ・スノーフィールド、のはずではありませんでしたか?」
 と、私の隣に立つ担任の教師がそんなこと言ってくるけれど…あぁ、そういうことね、確かに昨日も麻美先輩が戸惑っちゃってたっけ。
「ええ、確かに母国での名前はそうに違いありません」
 黒板にも私の名前としてそう書かれている…けれど。
「でも、ここは日本ですし、私も皆さんみたいな名を名乗りたいの。だから、雪野真綾と呼んでくださると嬉しいわ」
 マーヤ・スノーフィールド、からそれらしい名前を自分で考えてみたわけなのだけれど…雪野真綾、いい響きよね。
「私、日本が大好きで、それでこうしてこの学園へ編入までさせてもらったの。この通り言葉も大丈夫だし、仲良くしていただけると嬉しいわ」
 改めて一礼すると、今度は皆さんから拍手が返ってきた。
「マーヤ…真綾さんはどこの国出身ですの?」「ずいぶん日本語がお上手ですけれど、そこで習ったのですか?」
 そして、休み時間になるとクラスメイトたちが私の席へ集って色々質問をしてくるの。
 これも転入生の定めみたいなものだけれど、外国からの、というのがさらに少し珍しいと感じられてるのかも。
「ええ、私は…」
 質問に答えてくと、皆さんとってもびっくりしちゃう。
 どうしてかって、それは…。
「こんなふわふわできれいな金髪、羨ましいです」「本当、真綾さんはとっても美人でスタイルもいいし、やっぱり外国のかたはみんなこうなのかしら…憧れます」
 …と、今のは少し聞き捨てならないわ。
「そんなことないわ、私みたいな髪より黒髪のほうがずっと素敵に決まってるもの。そちらのほうがずっと羨ましいわ」
 私の髪を黒く、とも考えたことがあったけれど、それって全然似合いそうにないのよね…残念、私も和服の似合う黒髪乙女に生まれたかった。
 このクラスの皆さんには、そこまでぴんとくる子はいないかしら…って、いえいえ、皆さんそれぞれに悪くないわよ?
 ただ、私は本当に大和撫子に憧れているうえ、昔からあのかたのこと見てきたから合格基準がかなり高くなっちゃってるのかも。

「真綾さん、お昼はどういたしますの?」「お弁当とか作ってきていらっしゃるのでしょうか?」
 午前中の授業が終わってお昼休み、クラスメイトがまた集ってくるけれど、そういえば約束があったわね。
「ハーイ、マーヤサン、お迎えにあがりマーシタ!」
 と、教室に元気でちょっと独特な発音な声が響くものだから私を含めた全員がそちらへ目を向けると、一人の生徒がこちらへ歩み寄ってくるのが見えた。
 この学園の制服を着た、私と同じくらいの身長でありまたポニーテールにまとめた髪の色まで私とほぼ同じ、つまり金髪であり明らかに日本人でない子なのだけれど、知らない人ってわけじゃない。
「ええ、ラティーナ、どこで食事をするの?」
「ハーイ、学食がありマスカラ、ソチラで食べマショウ。お母さまも待ってマスし」
 そういうことで、私は皆さんに一礼してから彼女と一緒に学食へ向かった。
 教室のある木造校舎の隣、特別棟と呼ばれる校舎を抜けた先にある学食は広くてきれいなレストランといった趣。
「あっ、マーヤさん、お久しぶりです。無事に編入できて、何よりでした」
 ある程度自由に選ぶことのできる食事を選んで、彼女の案内で向かったテーブルにはすでに一人の女の人がいて、そう言って微笑みかけてくる。
 私たちとそう変わらない年齢に見える、けれど制服姿ではないそのかたは、きれいに切り揃えられた長い黒髪に穏やかな雰囲気と、和服の似合いそうなまさに理想の大和撫子に近い…そして、私を呼びにきた子ともども、昔からの知り合いだったりする。
「ええ、アヤフィールさん、お久しぶり…アヤフィールさんもお元気そうで何よりです」
「今日からまたラティーナと同じ学校ですね。クラスは違ったみたいですけれど、娘のことをよろしくお願いします」
 微笑みながら頭を下げるそのかたは日本人にしか見えないのだけれど、実は私と同じ国出身の人で、アヤフィール・シェリーウェル公爵・ヴァルアーニャという。
「マーヤさん、ヨロシクお願い申し上げマース」
 そして、相変わらずの明るい様子でそう言うのはラティーナ・ヴァルアーニャ…アヤフィールさんの娘、ということになる。
 ああ見えてアヤフィールさんは三十代だったりして、日本人にしか見えないのとあわせて外見がすごいわよね…ちなみに結婚したりしてるわけじゃなくって、ラティーナは養女ってことになる。
 アヤフィールさんは国のお仕事でこちらにいるはずなのだけれど、なぜか今はこの学校で教師をしているみたい。
 二人とも私と同じく日本好きで、私に日本語を教えてくれたのもアヤフィールさん。
「こうしてここに通うことができたのもアヤフィールさんのおかげですし、本当にありがとうございます。お金のほうは将来かならず返しますので…」
「もう、そんなことは気にしなくっても大丈夫です。マーヤさんもこちらへきたいということは解っていましたし、少しでもお力になりたかったのですから」
 私がこちらへくるにあたって、お金の半分はアヤフィールさんが出してくれてる…ああは言われても、そのままってわけにはね。
 それにしても、私たち三人、同じ国出身で他に会話に混ざる人もいないのに日本語を話してる…ちょっと不思議な光景だけれど、三人ともそれだけ日本語が堪能、ということでもあるわけ。
「ソレニ、マーヤさんは留学生ジャなくって普通の生徒とシテ編入したんデスカラ、やっぱりすごいデース」
 …ラティーナだけ妙に言葉になまりがあるけれど、それもまた微笑ましい感じがしていいかもしれない。

 私とラティーナとアヤフィールさんの三人、お昼ごはんを取りながらお話しするけど、やっぱり普通に日本語でしゃべっちゃうし、食事だって自然に箸を使えてる。
「雪野真綾、デスか…ナルホド、いいお名前デース」「そうですね、確かに…私も、何か自分に合いそうな日本のお名前を考えたくなりました」
 そこまで日本になじんでると、やっぱり私みたいに日本人な名前を持ちたいわよね…アヤフィールさんならどんなお名前が合いそうかしら。
「…あっ、あやちゃん、こんなとこにいたんだっ。遅くなってごめんねっ」「姉さん、走ると危ないですよ、もう…」
 そうそう、「綾」って字は外せそうにないし、「綾代」とか…って、ん?
 何だか元気のいい、そして小さな子が私たちのテーブルにやってきた…その後ろからは、こちらは普通な感じの女性もついてきてるけど、二人ともなぜか白衣ね。
「あっ、みしゃさん、それに由貴さんも、こんにちは」「今日は私たちの国から編入生がいらしたんデース」
「そういえば、そんなこと言ってたねっ」「では、そちらの子が…?」
 白衣の二人はアヤフィールさんたちのお知り合いの様子で、こちらへ視線を向けてきた。
「ええ、私は雪野真綾、このお二人とは同じ国出身よ?」
「真綾さん、こちらは永折美紗さんと妹の由貴さん…みしゃさんは先生をしていらして、由貴さんはその助手をしていらっしゃるんです」
「みしゃだよ、よろしくねっ」「妹の由貴です、よろしくお願いします」
 あ、小さな子に見える人のほうが姉なのね…しかも教師ということはそれなりの年齢なのでしょうし、アヤフィールさん同様に外見だけじゃ解らない、ってとこね。
「みしゃさんは、お母さまとお付き合いシテるんデースよ」
「もう、ラティーナったら…少し、恥ずかしいです」「でもでも…そういうこと、なんだよっ」
 …えっ、それってつまり、恋人同士ってことよね…共通点どころかそんな繋がりがあるなんてびっくりしちゃったけど、でも素敵なことよね。
 女のかた同士、というのは大和撫子に憧れる私にとって何も問題のないところだし…私も素敵な大和撫子にめぐり合いたいわ。

「ラティーナは放課後、何か予定あるの?」
 今日の授業も無事に終わり、私は隣のクラスを訪れてそこにいた元気さと髪の色のために目立つ女の子に声をかける。
「あっ、真綾さん、私は生徒会のほうに行ってきマース」
「…えっ、生徒会?」
「ハーイ、ワタシは生徒会役員をしてマスカラ」
 それは少し意外…留学生のラティーナでもなれちゃうものなのね。
 とにかく、そういうことでラティーナは生徒会室へ行ってしまった。
 う〜ん、残念、彼女に学園内の案内をお願いしようかな、って考えてたから…今日だけで結構まわりから声かけられたりしたけれど、そういうことを気軽にお願いできる相手、っていったらやっぱり彼女を置いて他にないものね。
「…しょうがない、一人で色々回ってみようかしら」
 そのほうがかえって思いもよらなかった発見とかあるかもしれないものね。
 何しろ、ただ純粋に学園のことを知りたいって以上に望むものが私にはあるもの。


次のページへ…


ページ→1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12

物語topへ戻る