広いパーティ会場では来客者たちが談笑したりしてるけど、こういうとこにくるのがはじめてなボクは戸惑うばかりでどうしたらいいのか解らない。
と、あゆちゃんがボクの手を引っ張ってきた?
「ん、どうしたの?」
どこかを指差す彼女だけど、その先には豪華な料理が並んでいた。
「あっ、そうだね、まずは食事にしようか」
一緒に料理の並んだテーブルに行くけど、すごいな、こんな豪華な料理、はじめて見るよ。
「それじゃ、いただきます」
さっそく一口食べてみるけど、やっぱりとってもおいしい。
あゆちゃんものんびりした感じながらおいしそうに食べてるし、よかった…。
「あら、朝倉のお嬢さんじゃありませんこと?」
同い年か少し年上っぽい、派手なドレスを着た女の人たちがやってきて、あゆちゃんは声をかけられびくっとしてボクの服をつかんでしまう。
もう、せっかく食事を楽しんでたのに…。
「あゆみさんがこんなところに、しかも男性といらっしゃるなんて珍しいですわね」「本当、いつもは人が怖いからってこうしたところにはいらっしゃいませんのに」
だ、だからボクは男じゃ…って、あの学園の制服姿でもあゆちゃんに男だって思われたのに、今の服装ならなおさら間違えられてもしょうがないか。
何しろタキシード姿だからなぁ…鏡の向こうの自分が男に見えちゃったもん。
「そちらの素敵な殿方、せいぜいお子さまのエスコートをして差し上げるのですね」「あら、お守りだったかしら」
そんなことを言いながら彼女たちは去っていったけど、ひどいこと言うな…何しにきたんだろう。
ボクのことはともかくとしてもあゆちゃんのことを…怒りで追いかけそうになっちゃうけど、その前にボクの服がさらにぎゅっとつかまれた。
見ると、あゆちゃんは今にも泣いてしまいそう…。
「…大丈夫だよ、あんなの気にしなくって。ボクがそばにいるんだから、ね?」
「うん、王子さま…」
そうだよ、さっきの人たちの言葉じゃないけど、ボクが彼女をしっかりエスコートしてあげないと。
実は、今日のパーティがどんなパーティなのか、ボクはよく知らないんだ…招待状にも特に書いてなかったし、あゆちゃんはあの通り口数が少ないから。
でも、会場のお屋敷は学園の敷地内っていっていい様な場所にあるってこともあって、学園の関係者も結構いるみたい。
「あら、誰かと思えば浅井さん。どう、陸上部に入ってくださらない?」
「あっ、い、いえ、遠慮しておきます…」
だから学園の先輩とかからそんな声をかけられることもあって、その度にあゆちゃんが不安そうにしちゃうからちょっと困った。
そんなこんなでおなかはいっぱいになったけど、これからどうしよう?
「おや、朝倉あゆみ嬢か。久しいな」
と、また誰かに声をかけられてあゆちゃんはおびえちゃう…と思いきや、ちゃんとお辞儀してた。
声をかけてきたのは、二人のメイドさんを後ろに控えさせてやや落ち着いたドレスに身を包んで眼鏡をかけた、若いのに何だか風格を感じさせる女の人。
うっ、先日の巫女さんといい、こういう雰囲気の人に声をかけられると緊張する…って、声をかけられたのはボクじゃなかったんだけど、でも次の瞬間にはこっちに目を向けられた。
「おや、そちらの人ははじめまして、だな。私はこのパーティの主催者の鷹司摩耶だ、よろしく」
「あっ、は、はい…」
何だかどこかで聞いた名前なんだけど…って、お、思い出した。
「あ、あの、もしかして生徒会長…そ、そして理事長さんですかっ?」
「そうだが?」
そ、そういえば入学式のときにも見てたよ…理事長だけどまだ高校三年生で生徒会長なんだよね。
あのときは別世界の人だって感じてたけど、まさか直接話すことになるなんて…っていうか、ここは理事長さんの家だったんだ。
「あ、あの、ボクは浅井智といって…」
「…あゆみの、フィアンセです」
慌てて自己紹介をするけど…えっ、あゆちゃん、何て言った?
「ほぅ、こんな素敵な婚約者が朝倉さんにいたとは知らなかったが、幸せにな」
…って、ちょっと待ってよ!
ぼ、ボクが婚約者、って…そ、そんなの初耳だし、とにかく…!
「ちょ、ちょっと、あゆちゃん…こ、こっちきてっ。理事長さん、し、失礼しますっ」
慌てて彼女の手を引いて…ううん、思わず抱き上げてその場を後にした。
「はぁ、はぁ…ふぅ」
大広間から大きな窓を抜けてその先にあったバルコニーへ出たボクは、カーテンと窓を閉めて二人きりの世界を作った。
窓の向こうから声とかは聞こえるけど、でも他に誰もいないここはやはり静か…夜空の下、息を切らせながらもゆっくりと彼女を下ろす。
「お姫さまだっこ…」
顔を赤くして嬉しそうにしてる姿はかわいらしいけど、今はそれどころじゃない。
「ね、ねぇ、あゆちゃん、さっきの話ってどういうこと? ボクがあゆちゃんのフィアンセだなんて…」
あまりに唐突だし、理事長さんは思いっきり信じてたし…。
「…好き、だから」
「えっ、あゆちゃん?」
「あゆみ、王子さまのことが好き、だから…」
まっすぐにボクを見つめて、今までにないくらい力のこもった言葉…。
「運命の王子さま…だから、結婚したいの…」
…あゆちゃんは、ボクのことをこんなに想ってくれている。
ボクも、彼女のことが好き…なのに、彼女の告白を受けて、胸が痛くなってしまった。
それは、あのことをまだ言っていないから…もう、言わないわけにはいかないよね。
「で、でもね、あゆちゃん。ボクは、その…男じゃなくって、女なんだ」
…あぁ、ついに言っちゃった。
これで、彼女の気持ちは変わっちゃうのかな…。
「…うん、知ってるよ」
固唾を呑んで待った彼女の返事は、あまりに意外なもの…固まってしまった。
「でっ、でも、ボクのこと、ずっと『王子さま』って…」
「うん…女の、王子さま…」
そんな、じゃあ、あゆちゃんははじめからボクを女の子だって解ってたの?
なのに、ボクが勝手に男だと勘違いされてるって、勘違いしてたのか。
普通に考えたら、そうだよね…女子校に通ってるのに男と思われているんじゃないかなんて、いくらあゆちゃんが天然そうに見えるとしても、失礼すぎる思い違いだよね。
「そ、そうだったんだ…」
勘違いをしていたのが彼女じゃなくって自分だって解って、情けなくもなったけど同時にほっとしちゃった。
だって、これでもう不安に思うことなんて、何もないんだから…いや、女の子同士っていうのも不安要素ではあるけど、そんなことは想いが一緒なら大丈夫なはずだよ。
「王子さまは、あゆみのこと…好き?」
不安そうにしてるあゆちゃんも、はやく安心させてあげなきゃ。
先日のあの人の言葉どおり、ボクは…この気持ちに正直になるよ。
「うん…あゆちゃんのこと、これからもボクが護っていくよ」
「…王子さまっ」
涙をあふれさせ、でも笑顔で抱きついてくる彼女を、やさしく抱きとめる。
愛しいこの笑顔、これからもボクが護るから…だから、これからもそばでその笑顔を見せて、ね?
―二人の想いが重なったパーティの日から、一週間ほどが過ぎて。
今でもボクの隣にいる、入学式の日に舞い散る桜の花びらの中で出会った子…本当に、あれは運命の出会いだったんだなぁ。
そんな彼女と過ごす、普段と変わらぬ学園へ通う毎日…だけど、あの日を境に少し変化が起きた。
「よし、それじゃ、お買い物をしてから帰ろうか、あゆちゃん」
「うん」
放課後を迎えて、ボクと彼女は手をつないで教室、それに校舎を後にするけど、そこから向かう場所はあゆちゃんのお家じゃない。
まずは学生寮の近くにある、つまり学園の敷地内にあるお店で食材などを買っていく。
そこには結構色んなお店があって、学園の生徒が利用できる様になってる…こんな小さな街みたいなのが敷地内にあるんだから、やっぱりすごいな。
「…あゆみも、持つよ?」
「あっ、うん、ありがと。じゃ、これをお願いするね?」
軽い荷物を持ってもらって、一緒に向かうのは学生寮。
「あら、智さんにあゆみさん、相変わらず仲がよろしいですわね」「本当、新婚さんみたい」
「あ、あはは、そうかな」
すれ違う人に冷やかしの言葉をかけられてボクは笑って誤魔化すけど、あゆちゃんは真っ赤になっちゃう…かわいいなぁ。
それに、その人たちの言葉、間違ってるわけでもない…実際、今のボクの気持ちはそれに近いから。
「ただいま」「…ただいま」
二人で学生寮の一室、つまりボクの部屋に帰ってきた。
つい先週まではちょっと殺風景な感じもした部屋なんだけど、今はたくさんのぬいぐるみがあったり、ずいぶんかわいらしい雰囲気になってる。
「それじゃ、さっそく夕ごはんを作るから…」
この高等部学生寮には、お風呂やトイレはもちろん、キッチンも一部屋一部屋についてるんだ。
それは将来自分で料理など身の回りのことができる女性になるために、ということらしい…食材を売るお店が敷地内にあるのもそのため。
ま、ボクは普通に料理できるから大丈夫…と、制服の上に直接エプロンをつけようとしてたら服の端が引っ張られた。
「…ん、どうしたの?」
「あゆみも、手伝うよ…智ちゃん」
そんなかわいらしく見つめられちゃったらどきどきするけど…彼女がボクのことを名前で呼ぶ様になった、これが第一の変化。
そしてもう一つの変化は、彼女が今この部屋にいること…そう、数日前に彼女は学生寮の、この部屋でボクと一緒に生活をすることになったんだ。
本来相部屋のところがたまたま相手がいなくて一人でいた、って偶然はあったんだけど、まさかあゆちゃんが入ってくれるなんて…。
この学園に入学した理由が理由だったし、こんな幸せな毎日になるなんて想像してなかったけど…この幸せ、これからもずっと続いたらいいな。
(第2章・完)
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