それからボクとあゆちゃんはいつもどおりに彼女のお家まで一緒に向かったんだけど、そこで受けた夕食の誘いは遠慮して、そこで別れたんだ。
ボクは学生寮に帰ることもなく、一人歩きながら考えごと…あゆちゃんのこと、それにボクのこと…。
ボクのことを「王子さま」って呼ぶあゆちゃんは、多分ボクのことを…好き、って思ってくれてるんだよね。
そう思ってくれているから、ボクが部活に入るのはボクを他人に取られるみたいで、そして一緒にいられる時間が短くなるから嫌だったんだよね。
でも、ボクは…そんな彼女の想いに、応えることはできるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、いつしかボクは住宅地を抜けて町外れにまでやってきてしまっていた。
もちろんはじめてそんなところにまでやってきたわけで、まだ田植え前で雑草が生える田んぼが広がっていてその先には山々が連なる、人家もないところ。
う〜ん、いつの間にこんなところにまできちゃったんだろう…こんなのんびりした風景はいいものだけど、さすがに帰れなくなる気もするし引き返そう。
そう思ったんだけど、木々に覆われた山の中にあるものが見えたんだ。
…あれは、鳥居に石段?
木々の中に目立たない様にひっそりとあった鳥居の先には、上へ続く石段がのびていた。
木々が空を覆い隠して薄暗く、また石段もずいぶん古い感じで少し怖い感じもあったけど、ボクの足は自然と先に進んでいた。
どうしてなのかな…何か、惹きつけられる感じがしたんだ。
ずいぶんと長い石段だったけど、それを抜けた先は…ぱっと視界が開けた。
「わぁ…」
そこに広がる光景に、思わず足を止めて感嘆の声を上げてしまった。
石段の先は、森の中に開けた小さな空間…石の敷き詰められた道の先には、やや古そうな、あまり大きくはない社殿が建っていた。
感じる空気もどこか冷たくて、静かで厳かな空間がそこには広がっていたんだ。
学園なんかも森に包まれたって感じはあるけど、やっぱり神社はそういうところとはまた違った独特の雰囲気があるな。
偶然見つけたとはいえせっかくきたんだし、お参りをしていこう…静かなこの場所で気持ちを落ち着けていくのも、今のボクには必要なことだと思うし…。
ゆっくり参道を歩きはじめる…けど、数歩歩いたところでまた足を止めてしまった。
それは、社殿の陰から境内へと姿を見せた人が目に入ったから…そしてさらにその人と目が合ったから。
現れたのは、すらりとした長身ながら出るところはしっかりと出てて、膝あたりまでのびた黒髪をした女の人だった。
その人と目が合った瞬間、ボクの身体は固まってしまった。
あまりに凛として美しく、完璧な容姿…いや、それだけじゃなくって、この神社以上に思える神秘的な雰囲気に、圧倒されてしまって…。
「…こんにちは。参拝のかた、かしら」
「あっ、は、はいっ」
うっ、あまりに緊張して声が裏返っちゃったよ。
でも、あんな鋭い視線で、さらに澄んだ声だけどやっぱり鋭かった口調で声をかけられたら、そうなってもしょうがないよね。
「そう…では、ごゆっくりどうぞ」
ふぅ…って危ない危ない、視線を外されて張り詰めた空気も少しは薄まったから、安心してため息が出そうになっちゃったよ。
とにかく、その人は参道の脇にある小屋みたいなところに行っちゃったから、ボクはお参りをしよう。
ゆっくり歩きながらちらりとその人のほうを見るけど、長い黒髪を白い紙で束ねてて、それに白い衣に紅い袴…この神社の巫女さんなんだよね。
あんな巫女さんらしい巫女さん、はじめて見たかも…何ていうか、やっぱり神秘的な雰囲気だなぁ。
それに、あんなきれいで凛々しい人もこれまで見たことないし、別にこっち見たりしてないって思うけど、やっぱり緊張する。
下手なことをすると怒られそうだし、まず手水舎でしっかり手を洗って…かなり冷たいな。
それから社殿の前に立って、お賽銭…ここはやっぱり五円かな。
あゆちゃんとの縁が、これからも続きますように…。
目を閉じて、そう強く願うんだ。
静寂に包まれた神社で目を閉じてボクが願うことは、ただ一つ。
でも、同時に色々な不安がよぎってしまう…あぁ、いっそボクが男に生まれてればよかったかもだけど、それじゃ彼女と出会うきっかけすら得られなかったのか。
なら、本当にボクはどうしたらいいんだろう…こんな雑念だらけの願いごとじゃ、神さまだって答えはくれないか…。
「はぁ…」
思わずため息をついてしまいながら目を開けて、社殿に背を向ける…って、参道脇の小屋のそばに立ってるあの巫女さんが、こっちに鋭い視線を向けていた。
うっ、もしかしてため息を怒ってるのかな…ここは何事もなかったかのようにそっとここを立ち去ろう…。
「…貴女、少しお待ちなさい」
「は、はいっ?」
すぐそばまで差しかかったときに鋭い声をかけられて、ただでさえびくびくしていたボクは変な声を上げて足を止めちゃう…情けないな。
「これを、お持ちなさい」
てっきりさっきのことで怒られるかと思って、また情けない姿を見せて呆れられるかとも思ったんだけど、その人は表情一つ崩さずにお守りを差し出してきた…っと?
「あれっ、どうして二つ…」
「よいから、受け取りなさい」
威圧されるかの様な雰囲気に、有無を言うことなく二つのお守りを受け取った。
「それと、貴女…人の想いを想像するのも悪いとは言わないけれど、まずは自分自身の想いはどうなのか、それを考えなさい」
「…えっ?」
「そうして、自分のその想いを信じて行動をすれば、自ずと結果はついてくるでしょう」
な、ずいぶん唐突なことを言われたけど…えっ?
「あ、あの、それって…」
「…では、失礼する」
問いただそうとしたボクの言葉をさえぎって、その人はすっと社殿のほうへ歩き去ってしまった。
あ…まだこのお守りのお金は払ってないのに、いいのかな?
でも、ボクの心を見透かされたみたいなことを言われてしまった…ボク自身の想い、か…。
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