入学式は学園の敷地の中心に建つ立派な講堂にて、初等部から高等部までの生徒が一堂に会して行われる…それだけの人数に加えて父兄などもいるのだから、相当な広さだ。
 ちなみに、ボクの両親は遠方ということもあるしさらに高校の、っていうこともあるからきていない…父兄の人も初等部の生徒に対する人が多いみたいだけど、それは中等部以上の新入生がほとんど下からそのまま上がっているから、ということがあるからかな。
 で、ぎりぎりで時間に間に合って、一番最後に講堂前の受付にまでやってきたボクとあの子はそこで生徒証を見せた後、受付の人に会場内へ案内された。
 会場は思わず声が出ちゃいそうになるくらい広くって、それに人もいっぱい…その中を歩いていくわけだけど、変にみんなの注目を浴びてきつい。
 さらには後ろにいるあの子がまだボクの服をつかんできたままだし、これもちょっと恥ずかしい。
 でも、さすがに席についたら、席も離れてるだろうし…と思ったら、ボクたちは入学生のうち高等部の生徒の最前列、隣り合った席につかされちゃった。
 結局席についても服をつかまれたままだったんだけど、これってどうなってるの?

 入学式を何とか無事終えて、講堂から出て高等部の校舎へと歩いて向かう間も、後ろをついてくるあの子はずっとボクの服の端をつかんでた。
 他のみんなの視線を感じちゃうんだけど、そこはさすがお嬢さま学校、私語とかはないみたい。
 高等部の校舎は講堂から北方向、つまり正門とは反対側に建っていた。
 やはり桜の木々に囲まれたその校舎の一階が一年生の教室、クラスは一学年につき三クラスあってボクは一組になるみたいだ。
 入った教室の黒板に席順が貼り出されていて、ボクは窓際の一番前…どうやら五十音順みたいだから「浅井」のボクがはじめにきても何もおかしくなくって、そして入学式のときにあの子が隣の席だった理由も解った。
 やっとボクの服から手を離した彼女が座ったのはボクのすぐ後ろの席で、黒板にある席順を見ると「朝倉」って書かれてた…それならボクの隣でおかしくなかったわけだ。
「皆さん、私がこの一年間このクラスの担任です。よろしくお願いします」
 みんなが席についたところで教壇に立った先生は、結構若く見える女の人。
「さて、だいたいの皆さんは中等部からの顔なじみかと思いますけれど、少しのかたがたはこの高等部からの入学かと思います」
 一クラス四十人だけど、ここにいる子のうち何人が外部からの入学生なんだろう。
 入試のときは結構たくさんの人がきてた気がするんだけど…。
「ということで、まずは一人ずつ自己紹介をしてもらおうと思います」
 まぁ、まずはそういう流れになるのが普通だと思うし、そうなったらだいたいは…。
「では、出席番号の順に、浅井さんからお願いできますか?」
 …うん、やっぱりそうなるよね。
 昔からこういうのは慣れてるけど、今日は今までとはちょっと違う世界だから緊張するな…。
「…浅井智です、よろしくお願いします」
 席から立ち上がって一礼…ものすごく簡単な自己紹介になっちゃったけど、別にいいよね。
 で、みんなを見渡すと、何ともいえない微妙な視線…そそくさと席につく。
 …ボクでこんな緊張したんだから、あがりやすそうな彼女は大丈夫かな…?
「あ、あの…朝倉あゆみ、です…」
 心配になって後ろを見てみると、あの子は席を立って一応自己紹介できてた…けど、その表情は明らかに不安げで、声のほうも消えちゃいそうだった。
 でも、泣いちゃいそうにも見えたけど一応できてたし一安心…って、何でこんなに心配してるんだろう、ボクは。

 入学初日はさすがにホームルームだけで終わって、放課後を迎えた。
 やっぱりクラスメイトのほとんどは中等部の頃からの知り合いらしく声をかけ合ったりする姿が見られるけど、ボクは知り合いもいないし話の輪に入る勇気もないから大人しく帰ろうかな…と、席を立つボクの制服に何か引っかかりを感じた。
「えっ?」
 後ろを振り向くと、そこにはあの子…朝倉あゆみさんの姿があった。
 これって、やっぱり不安ってことなのかな?
「えっと…よかったら、一緒に帰る?」
 ボクの問いかけに彼女は少し赤くなりながらこくんとうなずいてきたから、一緒に教室を出るんだ。
 すでに下校をはじめた生徒たちの歩く廊下をボクたちも歩いていくんだけど…う〜ん。
「えっと、後ろじゃなくって、隣を歩いてもいいよ?」
 なぜかあの子はずっと後ろをついてきてたから、気になっちゃって思わずそう言っちゃった。
 それで彼女は隣にきてくれたんだけど、やっぱりボクの服の端をつかんだまま…う〜ん、まぁいいか。
 そんな調子で校舎の外に出たけど、そういえばこの子はどこに住んでるのかな?
 敷地内でお花見をしてたしやっぱり学生寮なのかなって思って、そっちに続く並木道に向かおうとしたんだけど、服の端をくいくい引っ張られちゃった。
「えっ、どうしたの?」
 と、あの子はそれとは違う道…講堂から正門へ続く道を指差してた。
「あ、ごめんね、学生寮の子じゃなかったんだ」
 ここの生徒は全体の約半数が学生寮で生活してるけど、全寮制ってわけじゃないから自宅とかから通ってるって子ももちろんいる。
 う〜ん、ボクは学生寮だから正門のほうはほとんど逆方向なんだけど、特に予定もないし、いいかな。

 講堂から正門へのびる並木道は、相変わらず舞い散る桜でいっぱい。
 朝倉さんは無口らしくって特に会話のないままに、かわいらしい初等部や中等部の生徒たちも歩くそこを抜けて正門にたどり着いたけど、その前には何台かの高級そうな車が停まってたんだ。
 さすがはお嬢さま学校、ああいうので送り迎えしてもらう子もいるんだね。
 しかも、車のドアの前にメイドさんが立ってるところもあるし…って、そのメイドさんがこっちに歩み寄ってきた?
「お嬢さま、お疲れさまでした。お迎えに上がりました」
 しかもボクたちに深々と頭を下げてきたけど、もちろんボクには身に覚えがないし、とすると…朝倉さん?
 雰囲気からしてお嬢さまって感じはあったけど、本当にそうだったんだ…。
「ではお嬢さま、あちらにお車を用意しておりますので、そちらに…」
 じゃあボクはここまででいいのかな…と思ったんだけど、当の朝倉さんはボクの服をぎゅっとつかんで首を横に振ってきた。
「えっ、どうしたの?」「お嬢さま…?」
「…歩いて、いくから…」
「えっ、歩いて、って…車は使わないの?」
「うん、一緒に…いい…?」
 じっとボクのことを見つめてきちゃった…。
「あら、お嬢さま、さっそくお友達ができたのですね、おめでとうございます。では、わたくしどもはお屋敷のほうでお待ちいたします…そちらのかた、お嬢さまのことをよろしくお願いいたします」
 メイドさんはボクの返事も聞かずに、そう言うと車のほうに戻っててそのまま車に乗って走り去ってしまった。
 まぁ、いいんだけど…元々家まで一緒に行ってあげようかな、って思ってたし。
「…じゃあ行こうか、朝倉さん。あ、道のほうは教えてね」
 ボクの言葉に彼女はこくんとうなずいた。

 昼前の小さな町を、ボクと朝倉さんは歩いてく。
 よく考えたらボクって駅から学園までの道くらいしか歩いたことなかったから、こうやってゆっくりこの町を歩くのってはじめて。
 この町はまず何もないところに学園ができて、それからその周囲に市街地ができていったらしい。
 そのためか、道沿いの建物など、ずいぶん落ち着いた景観をしてる気がする…閑静な町だよね。
 で、そんなわけだからボクはこのあたりの地理についてさっぱり解らないわけで、頼りは朝倉さんの道案内。
「えと…こっち…」
 相変わらず口数は少ないけど、交差点とかに差しかかったら指を差して方向を教えてくれる。
 もちろんもう片方の手はボクの服をつかんでるんだけど…と、まわりに交差点とかのない歩道で突然服が引っ張られちゃった。
「えっ、どうしたの?」
「いいにおい…これ、何…?」
 ん、そう言われると確かにちょっと甘い香りがどこからかしてくる?
 何だろう…と、車道の向こう側にその元を発見した。
「あぁ、あんなとこに甘味やさんがあるね。あそこからしてきてるんだよ」
 ボクが目を向けた方向にあったお店を彼女も見るけど、首を傾げたりしてちょっとはっきりしない様子。
 においに反応したんだし、朝倉さんは甘いもの好きだよね、きっと…ボクも好きだし、そうとなったら、ね。
「それじゃ、今から行ってみよっか」


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