―私が私立明翠女学園の見学をしたのは、娘をその学校へ留学生として入れようと思っていたから。
では、どうして娘を日本の学校へ留学させようとしたのかというと、娘が日本に興味を持っていたということもありますけれど、私自身の事情もありました。
私の公爵としての身分、それに語学力なども見込まれて、近いうちに日本大使の任につくことが決まっていたのです…それはすぐにというわけではなかったのですけれど、慣れるためにも少しはやめに日本で生活をはじめましょう、と思ったのです。
その際はもちろん娘も連れていきますから学校を探さなければいけませんでしたけれど、かつてお会いした摩耶さんのことを思い出し、その学校を訪れた…。
摩耶さんがおっしゃられていらしたとおりとてもよい学校で娘を通わせるのにふさわしいと思えましたけれど、それだけではありませんでした。
そう、私自身もそこにいたいと感じる様な場所…ですから、私は…。
「もう、春が間近なのですね…」
―以前目にしたときには何もついていなくってさみしい状態でした桜の木々に、もうすぐ花を咲かせそうなつぼみが見られる様になった頃、私は再びあの学校の門をくぐりました。
いえ、まだ三月ですから、ちょうど高等部一年生で新規入学というかたちで通うことになった娘の入学式にはまだはやいです。
「ほぅ、アヤフィール殿、きてくれたか」
「はい、お久し振りです、摩耶さん」
高等部校舎の応接室に入った私を出迎えたのは、変わらずお元気そうな摩耶さんです。
「もう引越しの片付けなども終わったのか?」
「はい、娘も手伝ってくださいましたし、大丈夫です」
「そうか、それは何よりだな」
軽く近況を話しますけれど、私は娘とともに先日日本へやってきて、新しく用意したお家で生活をはじめたばかりでした。
異国での生活となりますけれど、不安よりも期待や楽しみのほうが大きいです。
だって…こうして今日ここを訪れたのも、ただ娘が入学するので事前に挨拶へきた、というだけではありませんから。
「ではさっそくだが、皆待っているからな、行くとしようか。心の準備はいいか?」
「はい、私はいつでも大丈夫です」
微笑みかける私に摩耶さんはうなずき返し応接室を後にいたしますので、その後についていきます。
ゆっくり廊下を歩く私の胸は、年甲斐もなくどきどきしておりました。
だって、もうすぐ…あのかたに、再会できるのですから。
私が日本大使の任につくまで、まだ数年の猶予があります。
それまでの間、こちらでの生活に慣れる…当初はそのためだけに日本で生活をしようと考えていて、それ以上の何かをしようとは考えておりませんでした。
けれど、私はあの日あのかたに出会ってしまいました…そして、あのかたにふさわしい、そしてそばにいられる存在になろうと決めました。
そうなるための、最良と思われる方法、それは…。
「では、紹介しよう。新年度より新たに教職についてもらうことになった、アヤフィール・シェリーウェル・ヴァルアーニャ殿だ」
高等部の職員室…摩耶さんの言葉に合わせて、私が中へとゆっくりと入ります。
入った先には、こちらを注目するたくさんの先生たちの姿…。
そう、私はこの私立明翠女学園の高等部の教師として赴任をすることになったのです。
もちろん国からの許可もいただきましたし、摩耶さんも快く受けてくださいました…私のわがままを聞いてくださって、本当にありがとうございます。
私が、この学校の教師になった理由…もちろんこの国のことをよりよく知るため、たくさんのかたがたとの交流をするためという理由もありますけれど、一番の理由はそれだけではありません。
「えっ、あ…あや、ちゃん…?」
たくさんの先生たちの中、驚いた声を上げてしまったのは白衣を着た小さな女の子に見えるかた…。
「…永折先生、どうかしたのか?」
「あっ、う、ううん…!」
摩耶さんに注意されてあたふたされてしまわれるかた…そう、みしゃさん。
…よかったです、また、お会いできました。
私は、みしゃさんのそばにいるために、ここへやってきたのです。
「皆さま、はじめまして…アヤフィールと申します。色々不勉強なところもありご迷惑をおかけするかもしれませんけれども、よろしくお願いいたします」
皆さんへ頭を下げますけれど、やっぱり自然とみしゃさんと目が合ってしまって、胸があつくなってきてしまいます。
…ごめんなさい、長い間お待たせしてしまって。
けれど、これからは毎日一緒の職場にいられますから、私の想い…受け取って、いただけますか…?
あふれる想いを微笑みにして伝えると…みしゃさんも、涙ぐみながら微笑み返してくださったのでした。
―こうして、私の新天地での生活がはじまりました。
「それではラティーナ、私は教師として入学式に出席しますけれど、ラティーナも今日からここでの学校生活を楽しんでくださいね」
「ハイデース、それじゃお母さん、いってきマース」
桜の花びらの舞い散る中、学園の中心にあります行動の前でここまで一緒に登校をしてきた子と手を振って別れます。
長くてきれいな金色の髪をポニーテールに束ね、そしてもちろんここの高等部の制服を着たその子はラティーナといって、私の娘です。
まだまだ日本語は片言ですけれど、元気があってとってもいい子です…今日からのここでの学校生活、よきものになることを願ってやみません。
「…あれっ、そこにいるのってあの日の…アヤフィールさん?」
と、娘を見送ったところで後ろから声をかけられてしまいましたので、振り向くとそこには見覚えのある少女の姿がありました。
「あっ、南雲さん、おはようございます。また、お会いできましたね」
「うん、アヤフィールさんもやっぱりきてたんだ。また会えて嬉しいけど、どうして制服姿じゃないの?」
かつて私にここの案内をしてくださった少女、南雲優子さんですけれど、私の姿を見て首を傾げられてしまわれました。
「あっ、はい、私はここに教師として赴任してまいりましたから。二年生の担任をすることになっております」
「…へっ? そ、そうなんだ…わ、私はてっきり生徒かと思ってたんだけど、あはは…」
そういえば、あの日には私の年齢などを特に伝えていなかった気がいたします…。
「いえ、どうかお気になさらないでくださいね」
「う、うん、でも二年生の担任かぁ…もしかしたら私のクラスの担任になるかもだね。楽しみにしてますねっ」
お互いに微笑み合って別れますけれど、私はすでに名簿などを見て結果を知っております…また、教室でお会いいたしましょう。
「…アヤフィールさん」
南雲さんが立ち去ったところでまた後ろから声をかけられましたけれど、この声にも聞き覚えがありました。
「おはようございます、由貴さん。今日から、よろしくお願いいたしますね」
「はい、アヤフィールさん、あの…」
現れたのはみしゃさんの妹さんの由貴さんでしたけれど、そこでなぜか言葉を詰まらせてしまわれました。
「…どうか、なさいましたか?」
「あの日、アヤフィールさんがおっしゃっていた、姉さんにふさわしい存在っていうのは…こういうことだったんですか?」
「あっ、はい、こうすれば、みしゃさんのおそばにできるだけいられますから…。数年後には学園を去らないといけなくなるとは思いますけれど、そのときまでにはみしゃさんを今よりももっと幸せにして、ずっと一緒にいられる様にいたしますから…」
「そう、ですか…姉さんのこと、よろしくお願いいたしますね」
深々と頭を下げられましたので、こちらも深々と頭を下げます。
…私は、由貴さんに認めていただけたのでしょうか。
いえ、まだまだこれからですよね…由貴さんのためにも、私はみしゃさんのことを幸せにいたします。
でも、そのみしゃさんはどこにいらっしゃるのでしょう…由貴さんと別れた後、ゆっくり高等部の校舎へ向かいながらあたりを見回してみますけれど、なかなかお会いできません。
もう、職員室にいらっしゃるのでしょうか…。
「…あら?」
そんな私の目に入ってきたのは、並木道から少し外れた、桜の花びらの舞い散る芝生の上で寝転がっている小さな女の子の姿。
いえ、小さいとはいっても、年齢はもう二十歳を越えていらっしゃり、この学校の先生もしていらっしゃるかた…。
「…うふふっ、みしゃさん、こんなところでどうなされたのですか?」
私はゆっくりそのそばに歩み寄って、そばにしゃがみ込んで声をかけてみます。
「…んぅ? あっ、あやちゃんだ…うん、今日があやちゃんにとってもこの学園への入学式になるし、くるのを待ってたんだけど、気持ちよくって思わず寝ちゃったよぅ」
「うふふっ、そうだったのですか…待っていてくださって、ありがとうございます」
私に気づいてゆっくりと起き上がり、微笑みを浮かべるのは、あの日以来私がずっと想い続けてきたかた…そして、ずっと待たせ続けてしまったかたです。
「本当に、お待たせいたしました…その、これからは、毎日一緒にいられます。ですから、一緒にいてくださいますか…?」
私がこの学校へ赴任をした、一番の理由…この、天使の微笑みを浮かべる素敵なかたのそばにいたいと思ったから。
みしゃさんが私に抱きついてきて…その思いが叶ったことが、実感できました。
「うん、あやちゃん…もちろんだよっ。みしゃね、あやちゃんのこと…大好きなんだからっ」
「はい、私も…みしゃさんのこと、大好きです」
美しい桜の花びらが舞い散る中、私とみしゃさんはぎゅっと抱き合いました。
これからこの場所で一緒に過ごして、そして幸せになりましょう、みしゃさん…。
(第1章・完/第2章へ)
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