私立明翠女学園の理事長でもある摩耶さんのお屋敷は学校の敷地内にあって、今の私はそこに泊まらせていただいています。
 南雲さんに校舎などを案内していただき、またあの不思議な女の子に出会った翌日、その摩耶さんたちと朝食を取って、ご一緒に高等部へと向かいました。
「では、少し待っていてくれ。今日、学園を案内させる教師を呼んでくるのでな」
 昨日と同じ応接室へ通された後、摩耶さんはそうおっしゃりその場を後にいたしましたけれど、そのお言葉どおり今日は先生に授業風景を案内させていただくことになっているのでした。
 昨日の南雲さんの案内でも十分満足なのですけれども、ここはご厚意に甘えさせていただきましょう。
「待たせたな。今日はこの教師に案内をお願いしようと思っている」
 しばらくして応接室へ戻っていらしてそうおっしゃる摩耶さんに続いてもうお一人どなたかが入っていらっしゃいました…けれど。
「…えっ? 貴女、は…」「んぅ? あっ、昨日の子だぁ」
 顔を合わせた私たち、思わずお互いに声をあげてしまいました。
「何だ? 二人とも、顔見知りだったのか?」
 首をかしげる摩耶さんに対し私は驚きで少し固まってしまっていましたけれど、それもそのはず、私の前に現れたのは、昨日温室やプールで出会ったあの女の子だったのです。
 またお会いしたいとは思っていましたけれど、まさかこんなにはやくに…というよりも、ここにいらしたということは…?
「と、そろそろ朝のホームルームがはじまるな。では、私は自分の授業があるので失礼するが、永折先生、今日は一日彼女の案内をよろしく頼む」
 戸惑いが収まらないうちに摩耶さんはそうおっしゃって応接室を後にしてしまわれ、この場にいるのは私とあの子の二人きりになってしまいました。
「う〜ん、まさか昨日会った子を案内することになるなんて、思ってなかったよぅ。学園の生徒さんじゃなかったんだね」
 それは私の台詞でもあるのですけれども…。
「えっと、今日私にこの学校を案内してくださるのは、貴女なのですか…?」
「うん、永折美紗っていうんだよぅ。よろしくねっ」
「は、はい、では、永折さんはもちろん教師、なのですよね…?」
 そういえば、今のその子…永折さんの服装は制服ではなくって、昨日の温室で見かけたときと同様に裾の長めな、そして少し汚れている白衣姿です。
「うん、みしゃは主に技術系を担当してるけど…あっ、みしゃのこと、子供だって思っちゃった?」
「えっと…ごめんなさい。永折さんがあまりにかわいらしかったので…」
 自分の年齢を間違えられることには慣れておりますけれど、人の年齢を大きく間違えてしまったのはこれがはじめて…申し訳のない気持ちになって、深々と頭を下げました。
「あっ、ううん、気にしなくっても大丈夫だよぅ? 小学生とかと間違えられちゃうのは慣れてるし、かわいいなんて言われて嬉しかったもん」
 私もまさに小学生と思ってしまったのですけれども…それほどまでに、永折さんは見た目も声もかわいらしいのです。
「でも、ほんとの年齢はあなたよりみしゃのほうが上なんだよぅ?」
「まぁ、そうなのでしょうか…永折さんは、実際にはおいくつなのですか?」
 女性に年齢を聞くのは失礼、とこの国ではされているそうですけれど、でもどう見てもかわいらしい少女にしか見えない彼女がおいくつなのか、ああ言われるとさらに気になってしまいます。
「うん、みしゃは二十三歳なんだよぅ?」
「なるほど、そうでしたか…でしたら、先生でもおかしくありませんよね。それに、先日の発明品の様なもののことも…いずれにしましても、やっぱりすごいです」
「えへへ、えっへん…って、あれっ? あんまり驚かないんだね?」
「う〜ん、その、私も永折さんと似た境遇ですし…それに、私のほうが年上ですから」
「んぅ? みしゃと似た境遇…って、えっ、みしゃより年上って、ほんとなの?」
 ものすごく驚かれてしまいましたけれど、お互いに年齢を間違えてしまっていたみたいです…仕方ありませんよね。
「はい、申し遅れましたけれど、私はアヤフィール・シェリーウェル公爵・ヴァルアーニャといって、三十一歳になります」
「…え、えぇ〜っ?」
 色々と驚かせてしまったみたいで、応接室に永折さんの叫び声が響いてしまったのでした。

 私は今年で三十一歳になったのですけれども、どうしても実年齢よりも若く見えるみたいで、十六、七歳くらいと間違われてしまいます。
「う〜ん、みしゃも勘違いしてたんだね、ごめんなさいだよぅ」
「いえ、そんな、お気になさらないでください…私も、慣れておりますから」
 日本人に見えてしまうことと合わせて、初対面の人にはまず間違えられてしまいますから…。
「でも、そうすると確かにみしゃに似てるねっ」
「うふふっ、はい」
 お互いに微笑み合います…けれど。
「あっ、ううん、みしゃとはちょっと違うかなぁ? だって、みしゃは子供っぽいだけだもん…」
 そうおっしゃってしゅんとしてしまわれました。
 確かに、私の場合は身長が低いというわけではありませんから、そうした理由で間違えられているわけではないみたいですけれども…それでも。
「そういうところも含めて、それが永折さんの魅力ではないかと、私は思います」
「そうかなぁ? すっごく素敵な美人さんに言われても、そうは思えないよぅ」
「まぁ、それは私のことでしょうか…ありがとうございます。けれど、永折さんを見ていますと、何だか思わず抱きしめたくなってしまいますから…そのくらい、かわいらしいんですよ?」
「わ、わわっ、何だか恥ずかしいよぅ」
 私が微笑みかけると顔を赤くしてしまわれましたけれど、それがやっぱりとってもかわいらしくって…いえいえ、さすがに抱きしめてはいけませんよね。
「あっ、でも、あやちゃん…」
「…えっ、あやちゃん?」
 彼女の口から自然と出てきた言葉に、思わず聞き返してしまいました。
「わっ、ご、ごめんなさい、つい自然に呼んじゃったけど、失礼だったよね…!」
「いえ、そんなことはありませんし、むしろ嬉しかったです。そうした感じで親しげに呼んでいただけたこと、あまりありませんでしたし…」
「わぁ、よかったよぅ。じゃあ、えっと、もしよかったら、みしゃのこともみしゃって呼んでほしいよぅ」
「まぁ、そんな…よろしいのですか? では、みしゃさん、今日はよろしくお願いいたします」
「うんっ、あやちゃん、任せておいてよぅ」
 お互いに微笑み合いますけれど、本当にかわいいです…ぎゅっとしたくなるのを何とかこらえました。
 何だか、少しどきどきしちゃいますし、心があたたかくなってまいりました。

 みしゃさんに案内していただいて、高等部校舎の廊下を歩いていきます。
 授業中の時間ですので教室の中から声が漏れてきますけれど、廊下には私たち以外はどなたもいらっしゃいません。
「案内するっていっても、摩耶さんの話だと昨日もう校舎の案内ってしてもらっちゃってるんだよね?」
「はい、生徒会副会長の南雲さんに……部活動の見学もいたしました」
「う〜ん、じゃあみしゃが案内することってあんまりなさそうだけど、とりあえずみんなの授業風景を見て回ろっか」
 授業の邪魔にならない様に小さめの声で会話をして、廊下から窓越しに教室の様子をのぞいてみます。
「どうかな、みんなちゃんと授業受けてる?」
「はい、皆さんきちんと受けていらっしゃいます」
 私語などをされている様子もありませんし、とてもよい雰囲気です。
「うんうん、感心感心、それならよかったよぅ」
 笑顔でうなずくみしゃさんですけれど、とあることに気づきました。
「あっ、えっと、みしゃさんは教室の中が見えないのですね…」
 そう、教室の窓は上半分は透明なものの下半分は曇りガラスになっていて、私の目線からでしたら大丈夫なものの、みしゃさんの目線からではのぞけなかったのです。
「ううん、そんな、気にしなくっても大丈夫だよぅ?」
 そうはおっしゃられても、やっぱり少し申し訳なくなってしまいます。
「いえ、授業風景はもう十分ですから、他のところを見に行きませんか?」
「んぅ? あやちゃんがそう言うなら…じゃあ、お外で体育とかしてるって思うし、そっち見に行く?」
「はい…あっ、けれど、寒さのほうは大丈夫ですか?」
「…はぅ、あやちゃんはそんなにみしゃのことを気遣ってくれて、嬉しいよぅ」
「そんな、私はただ普通のことを言っただけなのですけれども…それでも、みしゃさんが嬉しいと、私も嬉しくなってきてしまいます」
「わぁ、そうなんだっ」
 やっぱり、みしゃさんの笑顔を見ていますと幸せな気持ちになるのと同時に、ちょっとどきどきします。
 こんな感覚ははじめてかもしれませんけれど、もしかして…。
「…永折先生? 廊下ではお静かに願います」
 いつの間にか私たちの声が大きくなってしまっていたみたいで、教室から姿を見せた教師のかたに注意をされてしまいました。
「わわっ、ごめんなさいだよぅ…あやちゃん、行こっ」「あっ、みしゃさん…は、はい、それでは、ごめんなさいまし」
 私の手を取って、足早にその場を立ち去るみしゃさん…私もそれに引かれていきますけれど、つないだ手がとってもあたたかかったです。


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